117.ゾウ……?
「あ、憐れみとかいらないですからね?」
名前を聞いた瞬間に、ヒビキの全身が硬直した事に気付いたウサ耳女子が、先手を打ってくれた。
確かに、助けられもしない癖に、変に気を回すのは逆に失礼になるのかもしれないけれど……。
理屈じゃない所で、心が全否定している。
「何か……俺に……」
出来る事は無いか、と尋ねようとしたのだろう。
途中で言葉を途切らせたヒビキが口をつぐんだ。
わかっているのだ。何も出来る事なんかないって。
この世界に飛ばされてから、まだひと月もたっていない異世界人が出来る事なんて、たかがしれているのだと。
小さい妖精達から、沢山の硬貨を貰ってはいるが、奴隷全員を買い受けするには足りないだろう。
よしんば全員を買い受けられたとしても、衣食住をどうやって提供すれば良いのかもわからないのだ。
自己満足だ。判ってる。これは私のエゴだ。
ヒビキとそう大差なく見える年頃の女の子を、”何もしてあげられる事がないから”と、言い訳を並べてみて見ぬふりをする大人には……なりたくないんだ。
「あっ。オカン?」
ヒビキのチュニックからスルリと抜け出して、ウサギさんのそばに歩み寄る。
「羽……生えてる……」
切れ長の赤い瞳を真ん丸にして、私を凝視するウサギさんの服の裾を、前足で挟み込んでイメージ開始。
魔法で土と木が操れるのだ。布も似たような物だろう……。
表面を変えて、この子の雇い主に、四の五の言われると面倒だから。
服の裏側に、小さ目のポケットを作っていく。
布地の表側に縫い目が出ないように、細心の注意をして……。うん。いける。
ヒビキが幼稚園の頃から、手提げカバンや給食袋などすべてお手製だった母ちゃんスキルに、魔法の力が加われば作れない小物はないッ!
……大物はまだ無理だけどもー。
服の内側の腰回りに、グルリと小さいポケットを付けようかとも思ったけれど……着替えがあるとも思えない。
寝る時には、背中側になにかあると邪魔だろう。
お腹側に6つ程、縦二列・横三列でポケットを作る事にする。
表側にも、腰ひもで隠れそうな部分に、横に6つ程小さいポケットを作った。
ヒビキの元へと戻り、チュニックの中に入れてもらってから、ピーちゃんに言付けを頼む。
(ピーちゃん、妖精のキノコ6つと、キプロスの町で買った、花とかの蜜で作った飴を6つ、ウサギさんに渡してって伝えてくれる?)
ピーちゃんの伝言を受け取ったヒビキが、カイ君の持つカバンから出すフリをして、空間収納から用意してくれた。
「オカンが、服の内側と外側に作ったポケットに、コレを入れてって云ってるんだ。嫌じゃなかったら受け取って……?」
「え? ポケット……ホントにできてる! え? 猫が魔法? オカ……?」
ウサギさんが、突然できたポケットと、差し出されている食べ物に混乱している。
「助けてあげられなくて……ごめんね」
混乱しているウサギさんの手に、キノコと飴を持たせたヒビキが、
「君の名前……むっちゃんって呼んでも良いかな?」
と聞いた。
「番号で呼ぶのは、どうしても出来そうにないから……」
と、眉を八の字に歪ませて、悲しそうな声で続けるヒビキに、コクコクと頷いたウサギさんの体が――輝き出した。
閉じた瞼の向こう側で、光り輝くむっちゃんを確認しながら、「やっちゃったわねー」と、楽しそうに呟くピーちゃんの声が聞こえた。
私のように羽が生えたり、ワニ兵衛のようにたてがみが生えてたらどうしよう……と心配したけれど。
幸いにも、むっちゃんの見た目の変化は、白くて長い耳の先がほんのりピンクになっただけで済んでいた。
……これなら、よくよく気を付けて見ないと気が付かれないだろう。
「はー! よかった! 見た目がすごく変わっちゃったら、どうしようかと思ったよ!」
ヒビキも同じ心配をしていたらしい。
「なンか……。足太くなってないか……?」
腕組みをしたカイ君が、むっちゃんのふくらはぎを見ながら、首を傾げている。
「ホントだわ!」
「え? そうなの?」
戸惑うヒビキに、満面の笑みで頷くむっちゃん。
何度か足踏みした後、受け取った食べ物をポケットにしまうと、「見てて下さいね」と云って、その場でジャンプした。
「おー! すげえ! 靴はいた俺ぐらい飛んでるぞ」
「すごいです! この体なら、今までより速く走れます!!」
なんどもジャンプしながら、嬉しそうな声を上げるむっちゃん。
「よ……よかった……ね?」
「はい!!」
よかったと云ってよいものか、悩んだんだろう。
疑問形で云うヒビキに、長い耳をぴょこぴょこ揺らして返事をしてくれた。
◆
「何もお礼できなくてすみませン……」
ヒビキの隣を歩くむっちゃんが、しょんぼりと呟いている。
「気にしてくて良いよ……」
「でも……」
気の利いた言葉を探しているらしきヒビキの視線が、空を見たり足元を見たりと落ち着かなくなっている。
二人を交互に見ていたカイ君が、ポツリと話しだした。
「賭博の街でさー。情報売ってるおっちゃんいたぞ。お前、なンか情報ないンかー?」
「情報……ですか?」
「カイ、たまには良いこと云うじゃない! むっちゃん、お姫様の事詳しく教えてよ」
すかさず合いの手を入れてくれたピーちゃん。
「それなら、たくさンお話できます!」
しょんぼりと垂れていた耳を、ピンと立てたむっちゃんが、話し始めてくれた。
「姫様の上半身は、ゾウなンです!」




