116.ウサ耳女子登場
ヒビキが、カイ君と手を繋いでいない方の手で、チュニックの上から、私とピーちゃんを抱き留めてくれる力が強くなる。
「耳、ながい。背、低い。色、白い」
私達よりも視力の良いカイ君が、人影の情報を細かく教えてくれている。
「強そう?」
「ンー。女の子っぽいぞ。たぶンそンなに強くないンじゃないかー?」
走って近づいて来る人影が、だんだんと視認できるようになってきた。
カイ君の情報通りの、白くて長い耳。
獣の耳は付いているけれど、ミアちゃんやソラちゃんのように、顔や服から出ている肌の部分に毛は生えていない。
ウサ耳カチューシャを付けた、活発そうな女の子……という雰囲気だ。
……纏っている衣服が、穴を開けた毛布を頭から被って、腰ひもで縛っただけのような、簡素というにはあまりに粗末なモノという部分が、かなり気になるけれど。
「あの子、コボルト族の……奴隷かな」
「きっとそうね」
ピーちゃんが、舌打ちしながら溜め息をつく。
「そこの旅のお方ー!!」
完全に姿が確認できる距離まで来たウサ耳少女が、声を掛けてきた。
「俺達の事だよね」
「だなー」
少しだけ、橋からキプロスの町へ急いで行く商人さんとか……旅人さん……だと良いなぁ、なんて思っていた希望的観測は、もろくも崩れ去る。
目の前に立ち止まって、荒い息を鎮めようとしている切れ長の赤い瞳のウサギ女子に、なんと声を掛けて良いのかわからず、戸惑いながら見つめるヒビキ達。
「はぁ……はぁ……。突然すみませン」
「どうかしましたか?」
両膝に手を付いて、前かがみになっていたウサギさんが、数回大きく深呼吸すると、荒い息が落ち着いたようだった。
コボルト族の身体能力すごい……。
あんな距離を走り続けて、もう息が整ってるなんて……!
私だったら、今頃貧血起こして倒れてるよ?!
「姫が、美味しそうな匂いがする、とおっしゃったンです。食べ物、分けて頂けませンか?」
「え? ここから橋までって、かなり距離あるよね?」
「ホットドックって何キロも先でも匂いで判るものなの……?」
ヒビキに問われたカイ君が、首を振りながら「俺無理ー」と返事をしている。
カイ君が、犬と同じような嗅覚なら、近くの匂いを辿って行って、目的の物を探し当てられるのだろう。
数キロ先の匂いを嗅ぎつけられるって、姫さますごいな……。
「食べ物を分けるぐらいなら良いよ」
「本当ですか?! よかったぁ!」
ホットドックなら、まだ私の空間収納にもたっぷりと入っている。
お裾分けするぐらいなら問題ないだろう。
姫様がどのくらいの大食漢か不明だから、その点だけは不安だけど……。
「姫様は、橋にいるのかな?」
「そうです」
「じゃあ、橋まで一緒に行こうか」
「はい!!」
一歩先を歩き始めたウサギさんを先頭に、橋に向かって歩きだす。
「姫様の水晶占いはとても良く当たるンです」
「へええ」
姫様は、普段お屋敷から出る事はあまりないのだけれど、「占いに出た」と云って、昨夜から橋の見張り小屋に来ていたらしい。
おしゃべり好きらしいウサギ女子が、矢継早に話しかけてくれている。
薄い結界を張ったままのヒビキが、返事をする係だ。
カイ君は、時折ブルリと体を震わせているので、ぞわぞわが強くなっているのかもしれない。
「姫様ってどんな人――」
ヒビキが、姫様の情報を引き出そうとした矢先、
ぐううううう
と、可愛らしい腹の虫が響き渡り、ウサギ女子が頬を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「……。君も食べる?」
「え?! いえいえいえいえ!! めっそうもない!」
はっと、何かに気付いた顔をしたヒビキが、ウサギ女子に申し出たが、ずさささと後ずさりをしながら遠慮されている。
「遠慮しなくていいよ」
ヒビキが、カイ君が肩から提げているバックを広げて、中からモノをだすフリをしながら、小さく空間収納を開けた。
数個のホットドックをカバンに移すと、その内の一つを、さもカバンから取り出した風を装いながら、なおも後ずさろうとするウサギ女子に渡す。
「?」
半ば強引に手渡されたホットドックを見つめて、首を傾げるウサギさん。
「……これは……?」
「ホットドックだよ。キプロスの町の人気商品。あ、食べられない食材あるのかな?」
「い、いえ! なンでも食べられます! 初めて見たからびっくりして……!」
お礼を云ったウサギさんが、ホットドックにかぶりつくと、切れ長の瞳をさらに細めて、きゅーっと背伸びをした。
「……美味しい……!」
「まだ沢山あるから、おかわりして良いよ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと咀嚼して、名残惜しそうに呑み込む姿を見ていると、悲しくなってきた。
粗末な衣服に、細い首に嵌められている水色の首輪。
何日も櫛を通していないと思われる、肩下まである毛先が絡まった藁色の髪。
二番目の勇者の負の遺産の、王都で奴隷扱いされているコボルト族……で間違いないんだろうな。
猫耳娘達も、アベルさんに救われるまで、衣食住もまともに与えられていなかったって云ってたし……。
「名前を聞いても良いかな?」
三本目のホットドックを、遠慮がちに受け取ったウサギさんに、ヒビキが尋ねた。
「68番です」
はい。姫様、私の中で悪人決定。
奴隷といえども、人を番号で呼ぶ人間に、ろくな人種は居ないだろう。




