114.運転手さん、ここで降ります
砂の国でお留守番をするという砂豚父ちゃんに別れを告げると、ワニ兵衛がゆっくりと歩を進め始めた。
短い手足で進んでいるからか、電車に乗っている程度の揺れしかない。
リゾートホテル風の特等席も、かなり快適で、ありがたい。
小窓から外を眺めていたヒビキが、ふいに、くくくと笑い始めた。
「なによ、ヒビキ。急に笑い出して気持ち悪いわねぇ」
すかさずピーちゃんが突っ込みを入れている。
「ごめん、ごめん。長距離移動用に手に入れる乗り物ってなんだろうって、密かにワクワクしてたんだけどね……」
「ワニ兵衛だったから笑ってるの?」
「うん。始めて乗ったのが馬の王様ってのも面白かったけど、まさかワニにのって砂漠を移動するとは……くくくくく……」
ヒビキの何かのツボに入っているらしく、一人でウケている。
確かに、RPGゲームで入手できる乗り物って、秘密を抱えた馬が引く馬車だったり、飛行船だったり砂漠を渡る船だったり、不思議アイテムを吹いたら出現する生き物だったり、黄色い鳥が定番だったもんねぇ。
異世界に来たんだし、何か珍しい乗り物に出会えるかもと期待してたら……下半身が蛇の巨大なワニ。
あ、でもオカリナ吹いたら駆けつけるって云ってたし、ちょっとかすってる?
やばい、理想と現実とのギャップに、私まで笑い出しそうになってきた。
ここでヒビキに同調して笑い始めると、不審に思われかねないので必死に耐えていると……。
(やはりヒビキに付いて来て正解じゃったのぅ)
ヒビキが嵌めている指輪の宝石から、頭だけを具現化させた美の女神様が、唐突に話しかけてきた。
「わっ。びっくりした。女神様お久しぶり~!」
ピーちゃんが、驚きながらも挨拶している横で、カイ君が飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになっている。
盛大にむせている背中を慌ててさすりながら、「こんにちは~」と話しかけるヒビキ。
挨拶した二人と、むせながらもぺこりとお辞儀をするカイ君に、ふんわりと微笑んだ女神様。
(砂の国に行った上に、王を僕にするとはな! 愉快じゃったぞ)
「いや、それは……なりゆきで……。え……と、アベルさん達は元気ですか?」
決して行こうとしてた訳じゃなくて、おびき寄せられて、罠に嵌っちゃっただけだもんねぇ……。
ヒビキが、苦笑いで返しつつ、さりげなく話題を変えようと試みたようだ。
(まだキプロスの町におるよ。毎日毎日飽きもせず、むさくるしい領主と騎士どもに、花火を教えておるわ)
「ワオ! 次にあの町に行ったら、また花火が見れるンかぁ!」
「大勢で打ち上げたら、さぞ綺麗でしょうね!」
盛り上がるピーちゃんとカイ君に、小首を傾げた女神様が云う。
(一人も成功しとらんぞ。上空で爆炎祭りなら開催できそうじゃな)
「えっ。ヒビキは二日で成功してたよね?」
火の魔法を使えるようになったあと、花火を打ち上げるまで、さほど苦労しているようには見えなかった。
割と簡単な部類の魔法なんだと思っていたけれど。
『魔法はイメージです』ってアベルさんが云ってたし、大人になると新しく覚えるのが難しくなるのかしら……。
私の風魔法が未だ発動しないのも、その辺りが関係してるのかもなぁ……。
(なんと! さすが妾のヒビキじゃな)
「勝手に私物化しないで……」
(では、これからも楽しいモノを見れる事を期待しておるぞ)
「王様との戦闘は楽しく――」
女神様は、ヒビキが唇を尖らせて反論する言葉を、最後まで聞くことなく指輪の中に戻っていった。
「――なかったですよ、って最後まで聞いてよ! 女神様っ!」
指輪に向かって、激し目の突っ込みをいれているヒビキをみながら、キプロスの町で生活した事があると、人の話を最後まで聞かなくなる病にでも罹るのかしらと、思った。
◆
移動プチリゾート部屋での初日の夜は、念のためヒビキとカイ君が交替で見張りをしてくれていた。
驚いた事に――食事と小休憩は挟みつつではあるが――ワニ兵衛が寝ずに移動を続けてくれている為、かなりの日数短縮ができている。
ワニ兵衛から、敵意を全く感じなくなった事と、名付けの制約もある事だし……と、二日目の夜は完全に警戒を解いていた。
三日目の朝。
口に投入された霜柱で目を覚ましたカイ君が、「もうこんな所まで来たンかー」と、小型の窓から見える外の景色を眺めながら、驚きの声を上げている。
「今どの辺まで来たの?」
「あと数時間で橋が見える所だー」
「そんなに?!」
『賭博の街』までは毎日5時間程度歩いたとして、13~15日程度かかるらしいってカイ君が云ってたよねぇ。
「橋から『賭博の街』までが、船に乗れたら3日で、歩きなら5日ぐらいらしいぜ?」
「船があるの?」
「うン。なンかお貴族様専用らしいけどな」
「そっかぁ。じゃあ乗れないね」
「だなー」
カイ君が、つまらなさそうに返事をしながら、ぼふーんとベッドに体を倒した。
橋までで3分の2って感じかな。大体10日ぐらいって所か。
最初に3日歩いてたから……7日かかる距離を、二昼夜で来れたって事?!
「あ、やばい」
「どうしたの?」
ふいに何かに気付いたらしいヒビキ。
「橋の所までワニ兵衛に運んでもらったら、見た人が吃驚するよね」
「……それもそうね」
「この辺りで降ろして貰おうか」
遠慮せずとも! とか、せめて橋が見える所まで! とか申し出てくれるワニ兵衛を、なんとか説き伏せて、ここで降ろして貰う事になった。
何度も何度も振り返りながら、手の替わりに尻尾を振って、だんだんと小さくなっていくワニ兵衛。
敵意は無いと判っていても、一度でも”ご飯”として認定された事がある身としては、やはり身構えてしまっていた。
だんだんと小さくなっていくワニ兵衛を見ながら、密かに安堵した。
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3章もちょうど折り返しになりました。
これからも、どうぞ宜しくお願い致します。




