111.王様の襲撃
砂で出来た長い滑り台は、どこまでも続いているように見える。
東側に、うっすらと見える川の手前で降りられるらしいけれど……。
砂漠を渡って架かっているからか、途中で霞がかかっているかのように、おぼろげだ。
なんとなく……ここを滑って行くのは気乗りしないなぁ……。
「なぁ……。ヒビキ、ここ滑るンか?」
カイ君のしっぽが、少し膨らんでいるように見える。
……緊張……してるのかな?
「カイ、俺にしっかり掴まっててね」
小声で話された内容に、無言でうなずいたカイ君が、ヒビキのチュニックの裾をぎゅっと掴んだ。
「んじゃ、小さい砂豚達と、王様によろしく伝えてね」
【世話になっタ。色々……すまん……】
申し訳無さそうに呟いた砂豚父ちゃんに、軽く手を上げて挨拶の替わりにしたヒビキが、立ったまま砂の滑り台に踏み出した。
”滑りやすくなっている”の説明通り、しゃああああっと小気味の良い音と共に、砂の道を滑り進むヒビキと、チュニックの裾をしっかりと掴んだままのカイ君。
二人とも、眉間に皺がよっている。
私とピーちゃんは、ヒビキのチュニックの中だ。
「なぁ、ヒビキぃ」
「ん?」
「俺、さっきから背中がぞわぞわしてるンだけど」
「俺もだよ。……たぶんどこかで襲われると思うよ」
「「えええ!!」」
素っ頓狂な声を出すピーちゃんとカイ君に、ヒビキが推論を話し始めた。
「アベルさんがね。修行の合間に教えてくれたんだ。魔物は、強い魔物や珍しい生き物を食べる事で、強くなっていくって。そして、どこまでも強さを求め続けるって。」
「ちょっと待って。じゃあ、まだオカンが狙われてるって事?」
「妖精のキノコ置いてきたから、大丈夫じゃないンか?」
「二人とも、黙って! 飛ぶよ!」
二人の疑問を遮ったヒビキが飛びあがったのとほぼ同時に、数秒先に到達したであろう地点が、ぼこりと盛り上がる。
「「王様?!」」
「やっぱり来た!!」
驚き続ける二人とは対照的に、すでに空中で剣を構えて臨戦態勢に入っているヒビキ。
【ぬう! 気付いておったか!】
ぼこりと形を変えたのは、砂の国の王様の、大きく開いた巨大なワニ状の口だった。
「アベルさんと修行してて本当によかった!」
「戦い方を教えて貰ってただけじゃないの?」
「ヒビキ、なンで判ったんだ?!」
「殺気をね。なんとなく感じられるようになったんだ」
「「さっきいぃぃぃ?!」」
うねりを上げて何十本も襲ってくる砂の触手を、慌てるそぶりもなく、風魔法で崩しながら答えている。
【人間の癖に、すばしこいヤツだな!】
業を煮やした王様が砂の津波を巻き起こし、一気に覆いかぶさろうとしてきた。
「……使いたくなかったのに!」
吐き捨てるように叫んだヒビキが、砂の津波を突っ切って、まっすぐ王様の顔面めがけて飛んで行く。
「「ぎゃああああ!! ヒビキ! なンでそっち行くの?!」」
パニック状態で叫ぶ二人を無視して、王様の目の前で停止したヒビキが叫んだ。
「お前の名前は”ワニ兵衛”だ!」
【ぬあ! お主『生き物使い』だったのか!?】
悔しそうに叫んだ王様の体が、輝き始める。
まばゆい光に、目を瞑っていると、「まさかのワニ兵衛!」と云いながら、爆笑しているピーちゃんの声が聞こえた。
「え? 良い名前じゃない?!」
ひびきは、本気で憤慨しているようだけど。
なにゆえソレを選んだのか……。
ヒビキの名付けセンスの無さに、笑いが込み上げてきた所で、砂の国の王様から出ていた光が消えた。
二回り程胴体が太くなった体躯に
、頭頂部から背中にかけて、白くてふさふさの毛が生えた王様が居た。
なんだか……。厳つさが増しているような気がする……。
【…………】
ふて腐れてうつむいたままの王様に、ヒビキが怒りを隠そうともせずに話しかける。
「俺の仲間と、人間を襲うな。命令はそれだけだよ」
【…………了承した……】
ものすごく嫌そうに返事をする王様。
「破ったら……」
【判っている……。名付けの”誓約”に逆らうと、命を落とす事ぐらい知っておる。我はそこまで愚かではない】
えええええ。
”名付けによる使役”って、そんなに恐ろしい事だったの?
妖精のお姉ちゃんが、『使いどころをよくよく見極めろ』って云った理由って、コレだったのかな。
「ここから先は飛んで行くから、砂の道は消して良いよ」
【承った……】
王様の後ろから川縁まで続いているように見えていた砂の道が、煙のようにおぼろげになって消え去り。
砂の塔からここまで伸びていた道は、轟音と共に崩れ落ちた。
「やっぱり、もともと途中までしか作ってなかったんだね」
【……その通りだ……】
「だからゾワゾワしてたンかなぁ……」
「野生のカン的なものなのかしらね?」
チュニックの中から、ヒビキの左肩へ移動したピーちゃんと、カイ君がボソボソと話している。
「オカンも、ゾワゾワしてた?」
何と無くこの道へ行きたくない気はしたけど、ゾワゾワはしなかったなぁ……。
カイ君に、首を左右に振って見せた。
「のんびり屋のオカンが、そんなのに気付く訳ないでしょ」
肩から戻ってきたピーちゃんが、私の首の下のひと際柔らかい毛に顔をうずめながら、意地悪な事を云う。
口先では意地悪だけど、ピーちゃんの小さい手は、優しく撫で続けてくれている。
先ほどから震えが止まらない私を、励ましてくれているのだろう。
「じゃあ、今度こそ本当にお暇するよ。王様も戻っていいよ」
【……さらばだ……】
砂の国の王様は、少し目を細めてこちらを凝視した後、砂の中に潜り戻って行った。
「カイ、ぞわぞわしなくなった?」
「うン。もう大丈夫だ」
「じゃあ、一旦街道まで戻って、ちょっと寝てから進もうか」
「おう。俺もあンま寝れなかったから、ちょっと寝たい」
そういえば、寝ずの番をしてくれてたんだったよね……。
カイ君も、眠りが浅かったみたいだし。
昨夜からぞわぞわしてたのかな?
歴代の『世界樹のしずく』持ちの人って、みんなこんなに大変だったのかなぁ……。
いつもお読み頂きありがとうございます。
お仕事が通常業務に戻った途端、今までこんなにしんどかったっけ? と泣き言を吐きたくなるぐらい、平日はいっぱいいっぱいな感じになっております……。
しばらくは偶数日投稿に切り替えて、体力温存する方向で投稿いたします。
普段以上にぼんやりが激しくなっているので、誤字報告すごくありがたいです!
いつもありがとうございます。
皆さまも、どうぞご自愛くださいね。




