110.てにをはのひっかけ問題って、気付くとやばい事あるよね
砂豚父ちゃんの声に、カイ君もむくりと体を起こした。
いつもなら、”腹筋パンチ”や”ビリビリ電気目覚まし攻撃”をしないと起きて来ないカイ君が、さほど大きくも無い話声で反応した事にビックリする。
「ヒビキ、そろそろ出発するか?」
大きく伸びをしながら話しかけてくるカイ君に、短く頷くヒビキ。
「そうだね。砂豚さん、もう太陽出始めてるかな?」
尋ねられた砂豚父ちゃんは【ちょっと待つタ】といって目を閉じた。
【もう行っちゃうの?】
【もっと遊ぼう】
【いかないで~】
カイ君につられて起きてきたミニ砂豚達が、ぽよん、ぷよんと飛び跳ねながら騒ぎ始める。
かわいいけど……。
ヒビキとカイ君の様子を見てると、何となく一刻も早くお暇した方が良い気がしてきた。
目を閉じた砂豚父ちゃんの、頭のてっぺんから触手が一本生え出して、天井へと向かっていく。
砂の天井を突っ切って、ぐんぐん伸びているようだ。
私達がひっかかった、疑似餌が付いてた触手かな?
あれで、外の様子がみれるのかしら。
伸び続けていた触手の動きが止ると、【そろそろ日の出の時刻になるタ】と教えてくれた。
「じゃあ、起きて早々で悪いんだけど、外へ抜けられる道を教えてくれるかな?」
即座にヒビキがお願いすると。
【……わかっタ】
目を開けて、伸ばした触手を戻した砂豚父ちゃんが、砂の国の王様に話かけた。
【王様。送って来ますタ】
【うむ。道はすでに開けておる】
いつの間に起きていた王様が、即答してくれる。
みんな、すごく早起きだな……。
早起きは良い事なんだけど、なんとなくモヤモヤしてくるのは何故なんだろう……?
「あ、帰る前に一つ聞きたい事があるんだ」
【なんタ?】
ベッドを片づけ終わったヒビキが、王様の上から飛び降りて着地すると、砂豚父ちゃんに声をかけた。
「みんなって、毎日食事が必要なのかな?」
【いや、ひと月ぐらいなら食べなくても平気タ】
「そっか……。じゃあ、これ、みんなの分。日持ちしないから、一食分だけ置いて行くね」
【良いのか?!】
差し出された人数分の妖精のキノコを、目を見開いて見つめている砂豚さんの向こう側で、王様が驚きの声を上げた。
「また、無くなる頃に遊びに来ますね」
口の端だけで笑ったヒビキが、挑むような視線を王様に向けて云う。
え。なんでヒビキってば王様に喧嘩売ってるの?!
【く、くはははははは。気付いておったか!】
いきなり大笑いし始めた王様の姿に、深く息を吐きつつじっと見つめているヒビキ。
【譲っては貰えぬか?】
「良いですよと云う訳ないでしょう?」
真顔になって問う王様に、ドーム型の結界を発動させたヒビキが、怒気を孕んだ声を出す。
【そう身構えずとも、わかっておるよ。まさか寝ずの番をしてまで、その者を守ろうとするとはな】
……え?
ちょっとまって、何で王様も砂豚父ちゃんも、私を見てるの?
不意に、アベルさんから忠告された言葉を思い出した。
”襲う対象は、魔力の強い生き物や、珍しい生物に行きやすいと云われています”
――え、って事は……。
繰り返し云われた ”人間は食べない”のセリフ。
ニンゲンハタベナイ
もしかして、私だけ、ごはん認定されてたってこと?!
そういえば……!! 私人間じゃなかった!
◆
王様の部屋を出て、元来た道を引き返し、落とされた中央ホールをさらに進んでいくと、砂豚父ちゃんが、お礼の品を取りに行った道になり、途中でYの字型に分岐していた。
【こっちタ】
左側は平たんな道が続いているのだが、砂豚父ちゃんが先導してくれたのは、急こう配な斜面の道だった。
足を踏み入れた途端、扉も無いのにレースのカーテンを抜けるような感覚が来たので、結界に守られた道なのだろう。
かなりの角度で螺旋状に伸びている道を、てくてくとしばらく登ってゆくと……。
不意に、光が差してきた。
休むことなくぐるぐると登り続けていたからか、若干車酔いのような感じで気持ち悪くなってきた所だったので、助かった!
「やっと頂上! 目が回るかと思った~~!!」
カイ君も嬉しそうに飛び跳ねながら話している。
屋上には、南国風の手すりが、ぐるりと円形に囲んでいた。
恐る恐る見下ろして確認すると、ほぼ垂直に伸びている砂の塔のようだ。
かなり遠くまで見渡せるので、結構な高さがあるらしい。
「来る時こんな塔なかったよ?」
【当たり前タ。これは王様の力で出現させているんタ】
「へえええ」
「で、こっからどうやって川に向かうンだ?」
太陽が頭を覗かせている方向に、うっすらと見える川を見ながらカイ君が尋ねる。
【滑って行くんタよ】
砂豚父ちゃんが塔の天井にある突起を押すと。
砂づくりの塔の手すりの一部から、砂の滑り台が伸び始めた。
「すごい! これを滑って行くンか?」
【そうタ。魔法が掛かっているタらな。良く滑るタよ】
砂豚父ちゃんは、にこーっと笑うけれど。
えっと……。
長時間の滑り台って……摩擦でお尻がえらいことになりそな気がするんだけど……。




