107.砂の国の王様登場
「あ~、びっくりした!」
ヒビキと手を繋いで降りてきたカイ君が、ホッと息を吐きながらぶんぶんと尻尾を振っている。
……全然反省してないでしょ。
むしろ、面白かったと云ってるように見えるよ~。
「だから気を付けてって言ったのにー」
安全第一なヒビキがプリプリと怒っているけれど、カイ君は悪びれる事なく笑顔で見つめ返していた。
【お礼になっタか?】
「うン!」
「なったよ。ありがとう」
砂豚父ちゃんの真ん丸な目が、嬉しそうに細まった。
「そろそろここを出たいんだけど、出口を教えてくれるかな?」
ヒビキの問いに、細まっていた目を申し訳無さそうに歪めた砂豚父ちゃんが云う。
【出口タある。……案内タする。だが……その前にもう一つお願いがあるんタ】
しおらしくなった砂豚の姿に、「どうする?」とピーちゃんに相談するヒビキ。
「どうせ受けるつもりなんでしょ?」
即座に見破ったピーちゃんに、「あ、ばれてた?」と照れ笑いをしてから。
「俺に出来る事であれば、聞くよ。何かな?」
【気休めにしかならないのは判ってるんタが……。回復魔法をかけて欲しいお方がいるんタ】
「……回復……」
肩でくつろいでいた私をチラリとみてきたヒビキに、小さく頷いて了承を伝える。
「良いよ。誰を回復して欲しいのかな?」
私の意志を正しく理解してくれたヒビキが、砂豚に返事をした。
【砂漠の王様タ】
「その内来るって云ってた人だよね?」
【……すまんタ。嘘をついタ。王様はこの下の階に居るタ】
「この下……って、砂だよね?」
【砂の国は、地下へと伸びているんタ】
「王様、怪我してるの?」
【……。……案内していいか?】
王様の容体を聞いた事に対しては、視線を逸らして濁された。
……よほどお悪いのかな。
私の回復魔法で治らなかったとしても、妖精の王様の粉もあるし、なにより『世界樹のしずく』もある。
事切れてさえなければ、絶対に助けられる筈だ。
「いいよ」と伝えたヒビキの言葉の後、【ついて来て……】と云った砂豚が、”お礼の品”を取りに行ったのとは反対側の砂の道を先導してゆく。
緩やかに下っている砂の道を、10分程歩いたところで、岩で作られた大きな扉に辿り着いた。
岩の扉には、ワニのような頭と四肢に蛇のような尻尾がついた生き物が、大きく口を開けている装飾が施されている。
縦横3メートルはありそうな、大きな扉いっぱいに施された浮彫は……なかなか……威圧感がある。
きっと、これが王様だよねぇ……。
回復魔法をかける時は、かなり近づかないといけないわけで。
……怖いなぁ……。
王様との対面にドキドキしつつ、こんな大きな扉をどうやって開けるのかしらと訝しんだ矢先。
【怖タらずに、私に続いてくれ】
と云った砂豚が、岩の扉にそのまま突っ込んで行った。
岩の扉は砂豚を阻む事なく、その姿を呑み込んでいく。
どうやら、許可された者だけ通す仕掛けになっているようだ。
おそるおそる扉に付けたヒビキの手が、するりと呑み込まれ、そのまま進んでいく。
妖精の国の、何重にも張られた結界を通り抜けた時のような、ねっとりと纏わりつく感覚はしない。
薄いレースのカーテンで、肌を撫でられるような感じが一瞬だけした後、岩の扉を通り抜けたようだ。
「この臭い……」
扉を抜けた途端に漂ってきた、嗅ぎ覚えのある臭気。
――腐りかけた魔物の臭いだ。
円形の闘技場のような造りの大広間の中央に、岩の扉に描かれていた魔物が、苦しそうに横たわっている。
6両編成の電車程はある体躯の下半分――蛇の部位のほとんど――が腐り落ちていた。
【王様……。回復魔法が使える者タ連れてきタ】
小さく弾みながら王様に近付きつつ、砂豚が報告を入れている。
【無駄だ。コレは回復魔法では効かぬよ】
「知ってます。口を開けて下さい」
小走りで、王様に駆け寄ったヒビキが、手慣れた動作で空間収納から『世界樹のしずく』を取り出して蓋を開ける。
【おまえっ!! ソレはっ!!】
砂豚父ちゃんが紫色に変色して叫ぶ。
びっくりしたら、紫になるのかぁ……。
なんだか、何をしたら何色になるのか、実験してみたくなってきたな。
薄目を開けてヒビキの手に持つ物を確認した王様が、少しだけ開けてくれた口の中に、しずくを垂らし入れると、すぐにほんのりとした金色に輝き始めた。




