106.砂豚からのお礼の品
「オカン、頼めるかな?」
頷いた私を、やっとチュニックから出してくれた。
……ふぃ~。
危険から守ってくれてるのは判るけど、全身毛皮に覆われているからか、服の中に押し込められたまんまだと、なんとなく蒸れてかゆくなるのよね……。
ぐいーっと腰をそらして伸びてから、乗用車サイズの砂豚の体表に掌球を当てて集中する。
私の掌から発生した淡い緑色の光が、砂豚の全身を覆うと、焼けただれていた触手の切断部分が回復してゆく。
【お、おおお、おまえ……ソレ……】
ヒビキのチュニックから出てきた時から、真ん丸な眼球を飛び出さんばかりに見開いて、私を凝視していた砂豚が、どもりながら話かけてくる。
「にゃう?」
【その首輪タ! 世界樹の根で作られてルぞ】
「「えええええぇぇぇええ」」
【……知らなかっタみたいタな……】
絶句しているヒビキとピーちゃんの様子を見て、【まぁ……いいか】と呟いた砂豚が。
【お礼の品タ持ってくる。少し待っタってて】
と云い、薄い紺色の柱が並ぶ砂の洞窟の奥の方へと、ぽいんぽいんと跳ねながら離席して行った。
子供たちを連れて行かなかった所を見ると、私達の事を信用してくれてるのかな?
◆
「アベルさん、アレがそんな凄い素材で出来てるなんて……云ってなかったよね……」
「うん。職業『鑑定』の人が吃驚してた、ってミアが云ってたぐらいだったわよね」
「みぎゃ! うな!」
ヒビキとピーちゃんが、私の首にはまっている『回復の腕輪』について話し合っている。
「んーな! うが!」
……ちょっと、カイ君やめて! 猫だけど! 羽生えてるけど! 中身は反射神経をどこかに置き忘れてきたおばちゃんなの!
ミニ砂豚達に”遊び仲間”と定められたらしいカイ君が、私の両脇を持ち上げてはミニ砂豚の上に乗せて、玉乗りよろしく歩けとけし掛けてくる。
並んで順番を待つミニ砂豚達は、私を乗っけられると、転がったり飛び跳ねたするものだから、あわあわと落ちないようにバランスを取ろうとしてみるけど。
ミニ砂豚達の、きゃっきゃと喜ぶ声は可愛いけれど、可愛らしさを堪能している余裕は皆無っ。
(ピーちゃあああああん! カイ君にヤメロって伝えてー!!)
私の叫びに、こちらをみたピーちゃんが、親指を立ててニカリと白い歯を見せただけで、再びヒビキと話し込みだした。
ひどい!
「難しい話は俺にわかンないもんなー。遊んでる方が楽しいよなー? なー? オカン?」
「んにゃ! んなにゃ!」
私は楽しく無いってば!
ミニ砂豚からずり落ちそうになる度に、手を伸ばしてくれるので、落っこちる事は無いんだけど!
不恰好に慌てふためく私を見て、いたずらっ子の顔をしながら同じ動作を繰り返すカイ君に、そろそろ天誅を落とす事にする。
電撃にするか、水球にするか……。と、割と本気で考え始めた矢先。
【おーまーターせー】
”お礼の品を取ってくる”といって砂の洞窟の奥へ行っていた、お父さん砂豚が戻ってきた。
2本だけ伸ばした触手の先に、何かを持っている。
ミニ砂豚の回転が止まったので、急いで飛び降りて、ヒビキのそばへ避難する。
そっと持ち上げて、お気に入りの左肩に乗せてくれた。
……ふぅ。やっぱりこの場所は落ち着くわぁ……。
ぽいんぽいんと跳ねながら戻ってきた砂豚が、私達のそばまで来ると。
【使える者を選ぶタが……】
と云って、なにかの革で出来たハーフブーツを、ヒビキの前に差し出した。
ソラちゃん達の履いていた靴と素材は似ているみたいだけど……。
娘っこ達の靴には、左右に羽のような飾りと、白い宝石が付いていた。
砂豚から差し出されたこの靴に羽はついておらず、丁度くるぶしのあたりに黒い宝石があしらわれている。
「砂豚さん、これは……?」
【『吸着のブーツ』タ。高く飛び上ったり、くっついタりできるらしいゾ】
「なんかすごいね。カイ、履いてみてくれる?」
「お! いいのか?」
「うん。たぶんコボルト族達専用のアイテムだと思う」
【よく知ってるタな。その通りタ】
「似たような靴を見たことがあるんだ」
【なるほど……】
いそいそと『吸着のブーツ』を装備したカイ君が、試しにと跳ねると。
もともと筋力が発達しているカイ君は、3メートルぐらいは余裕でジャンプする事ができるのだが。
軽くその倍は飛び上がっている。
『吸着のブーツ』にあしらわれていた、黒い宝石が淡く輝いているので、無事に適合したようだ。
「うっわお! これ面白い!」
びよ~んびよんと飛び跳ねながら、柱のそばまで行くと、おもむろに右足を柱に掛けた。
「すげえ! ホントにくっ付いてる」
そのまま左足も柱に着けると、まるで床を歩くように、垂直に立つ柱を歩いて登り始めた。
「ヒビキー! この靴面白い!」
「よかったねー! でも気を付けてね!!」
どんどんと柱を登り、砂の天井までたどり着いたカイ君が。
「これ、天井も歩けるのかなー?」
と云いながら、天井に足を着けた……けど、そこって砂だよ!
危ないと声を掛ける間もなく……。
「ここ砂だったああああああ~~~!!!」
間抜けな叫び声と共に、カイ君が落っこちてくる。
「だから気を付けてねって言ったのにー!」
大急ぎで飛び上がったヒビキが、空中でカイ君をキャッチした。




