105.ミニ砂豚は水玉模様
【お前は甘ちゃんタ。なんでトドメをさタないんタ?】
乗用車一台分ぐらいの大きさまで萎んだ砂豚が、くどくどと悪態をつき始める。
「なんでって云われても……。人間食べた事ないって云ってたし。なにか事情がありそうだから?」
マンボウ顔の砂豚はプルプルと震えながらも、私達に向ける瞳から敵意は消えていない。
「妖精キノコなら、沢山あげられるよ。だから、もう攻撃しないって約束できる?」
【ホントか?】
敵意……っていうか不信感? かな?
真ん丸の目玉を細めて、ヒビキの真意を探るように見つめている。
「ホントだよ」
体を左右に揺さぶって、何かを考えている様子の砂豚。
しばらく、右に~左に~と揺れていたが、ふいにぴたりと停止した。
【そう……タな。どうせお前には勝てないし。約束する】
砂豚の体表が、警戒色の赤色から深みを帯びた紺色に変わったのを見たヒビキが、地上に降り立ち結界を解除した。
「ふ~。ずっと張ってたから疲れたよ」
「ありがとなー。ヒビキ」
ヒビキの肩から手を離したカイ君が、緊張した筋肉を解きほぐすように、ぐるぐると肩を回しながらお礼を云う。
「アンタの結界ってどのぐらい持つんだろうね? 今度一日中張ってみる?」
「それは嫌」
「限界を知っておくのも必要よー!」
プリプリしているピーちゃんを無視して、少しずつ砂豚に近付いて行く。
ちなみに、私はまだヒビキのチュニックの中だ。
さっきから出ようとする度に、「まだ駄目」と小声で窘められて、押し込められている。
……解せぬ。
【いくつ持ってるんタ?】
「沢山あるよ。いくつ欲しいの?」
近付くヒビキをじっと凝視しながら砂豚が云う。
【今呼ぶ】
「呼ぶ?」
私を服の上から拘束しているヒビキの腕が、少し緊張したようにギュッと強張った。
【お前タちー! ご飯タヨー!!】
四方に顔を向けて、砂豚が呼びかけた途端!
【わーい!】
【ご飯ター!】
【ご飯、人間?】
バスケットボールぐらいのサイズのミニ砂豚が、7匹、柱の陰から飛び出してきた。
全員白い水玉模様が付いた、薄水色の体表をしている。
ぽよん、ぽよんと飛び跳ねながら、ヒビキの周りを取り囲む。
「可愛い!」
ヒビキの周りでぽんぽん跳ねているミニ砂豚を見て、カイ君が尻尾をぶんぶんと振りながら云った。
おぉ。カイ君ってば意外と可愛いモノ好き男子だったのね。
「みんな、口を開けて……って開いてるか」
ミニ砂豚たちも、もれなくマンボウ顔の為、もともとぽっかりとお口が開いてる。
ふにゃりと笑ったヒビキは、一匹ずつ口の中に妖精のキノコを入れていった。
【うーまいーター!】
【父ちゃん、うまいヨ!】
もぐもぐしながら喜ぶミニ砂豚達を見て、【よかっタなぁ】と涙を流し始めた砂豚。
……っていうか、お父さんだったの?!
「奥さんにはキノコ渡さなくていいの?」
【……外に食べ物探しに行ったきりタ……】
「そっか……。早く戻ってくると良いね……」
しんみりと呟いた砂豚につられて、しょんぼりしたヒビキに変わって、ピーちゃんが指摘してくれる。
「人間の町を襲いに行ったんじゃないでしょうね?」
【それはナイ。川に住む魔物を釣りに行ったんタ】
「え。川って魔物がいるの?」
【居るに決まってるタろ! お前間抜けな人間タな?!】
知らなかった……と呟いたヒビキが、一匹のミニ砂豚を捕まえて、放り投げては受け止めて遊び始めたカイ君に向かって声を上げる。
「カイー! 『賭博の街』って、川超えていくの?」
「超えるぞー。でっかい川ー」
上空に投げられたミニ砂豚に向かって、羨ましそうに見ていたミニ砂豚が飛び上がって頭突きする。
ぶつかったはずみで、ばらけて着地し、二方向へ弾んで転がっていったのを、慌てて追いかけるカイ君を見ながら、ため息をついたピーちゃんが教えてくれる。
「大丈夫よ。お金払えば橋を渡れるから」
「有料なの?!」
「当たり前じゃない」
高速道路的な感じなのかな?
頑丈な橋だといいなぁ……。
【お礼をするタ。 砂豚一族は受けた恩は返すのタ】
「え? いいの? ありがとう」
「珍しっ! ヒビキの事だから、いらないよ~って云うと思ったわ」
「えー。流石に襲われた相手にまで、そんなお人よしはしないよ」
【背に腹は代えられなかっタからな。……あ! しまっタ!!】
しょんぼりしながら、身じろぎした砂豚が慌てたように叫ぶ。
「どうしたの?」
【触手が出ない……】
……さっき傷口焼いちゃったもんねぇ……。




