104.マンボウ顔の攻撃
「「あ~ぁ」」
空気の抜けた風船のように、ぺたんこになったお魚さんを見ながら、ヒビキとカイ君が溜め息を漏らしている。
「結構な高さから落ちたよね……」
「うン。しかも直撃」
「まぁ……。自業自得だし……。ぺたんこになってるけど、重症って訳ではなさそうよ」
「結界は……まだ切らない方が良いよね」
「そうね。ちょっと小さくして、体の周りを覆う感じで良いんじゃない?」
【う、ううぅうう……】
「大丈夫?」
「ばっか! ヒビキ、こんなヤツの心配なんかしなくていいのよ!」
【こんなヤツとはどういうこっタあああ!!】
「私たちを食べようとしたじゃない! こんなヤツで充分よ!」
【だって、ここんトコ釣れる魔物は腐っタばっかだからー!】
「じゃぁ、普段は人間は食べないの?」
【当たり前タ! 人間は、ふにゃふにゃの身とか脂身ばっかって聞いタ!】
「食べられるのは嫌だけど、失礼だなぁ……」
苦笑いをしながら、空間収納から妖精のキノコを取り出したヒビキが、お魚さんの口に押し込んだ。
【……!! こっっ。これはっ】
ぺたんこ魚さん、もぐもぐ咀嚼し始めたけど……。え? 歯、あるの?
体と同じようにペタンコになっていた触手が、体内へ戻っていくとともに、真っ赤だった肌の部分が、深い青色に変わっていった。
「「うわ。色が変わった!」」
「気持ち悪いわねぇ……」
【気持ち悪い云うなタ! 気分で色が変わらない、お前たちのほーが気持ち悪いタ!】
憤慨しながら、大きく息を吸い込み、徐々にしぼんでいた体が膨らみ始める。
どうやら、単純に空気を取り込んで膨らましているだけらしい。
プックリしたお魚さんが、ちょっと可愛くなってきた。
顔は、マンボウそっくりだしね。
「君は……。魚なの? それとも植物?」
【はぁ~? お前バカタ? 魚は水が無ければ生きられないだタ!】
「いや、まぁそうなんだけど。君の姿が、マンボウとフグを足して2で割った感じだからさ。エラもあるし」
【私は誇り高き砂漠の王者タ!】
「「「えええええぇえぇぇ!!!」」」
【……の、子分タ!】
……でしょうね。
あ、ピンクになってもじもじしてる。自分でボケたのに、みんなが信じちゃったから、慌てて訂正して恥ずかしさにのたうつタイプの子なのね。
ちょっと親近感湧くわ~。
「その、王者さンとやらは、どこにいるンだ?」
【こ、ここにはイナイ! その内来られるから、そっタら時に献上する食事を釣ってタ!】
「なんていう種族なんだろ」
「ヒビキは、妙な所にこだわるわね」
「え。二人とも気にならないの?」
ピーちゃんとカイ君がブンブンと首を振っている。
え。気にならないの? 私めっちゃ気になるんですけど。
「ねぇ、なんの種族か教えてくれたら、妖精のキノコもう一つあげるよ?」
キラキラした瞳になったお魚モドキさんが、【砂豚タ!】と云って、胸ビレを差し出した。
「河豚と一文字違い……。ぶっくくくく」
ヒビキの何処かのツボに入ったらしい。
こらえきれない笑いが漏れている為、すこしプルプルと震えながら、差し出された胸ビレに妖精キノコを乗せた――瞬間!!
【バカめ!】
砂豚が不適な笑み――と云っても間抜けなお顔なので凄みはない――を見せて、引っ込めていた触手を一気に伸ばし、ヒビキを絡め取ろうとした。
ぺちっ
【いっタあああああ!!!】
発動中だったヒビキの結界に阻まれて、振り出しに戻っている。
【おのれぇ~! こしゃくな結界めぇ!】
再び真っ赤になった砂豚が、今度は痛みにひるむ事なく、ヒビキの結界に触手を巻き付け始めた。
緑の触手に包まれて、外が見えなくなっていく。
「やめるんだ! 君にも相当ダメージ入ってるだろう?!」
苦笑いをしているピーちゃんとカイ君をよそに、ヒビキだけが必死に砂豚に呼びかけている。
【うるタい! 私の体なんかどうでも良いのタ! 持ってるキノコ、全部出せ!!】
触手でぐるぐる巻きにされたまま、ぐわっと持ち上げて、振り回される。
「「うわわわわわ!!」」
「きゃあああああ!!」
「あばにゃばにゃばばば!!」
結界って鉄壁かと思ってたけど、こんな弱点があったとは想定外だよ!
体に直接のダメージは無いけれど、ぐるぐる回って目が回るぅ!!
(ヒビキ、触手を切り落とすのじゃ)
ヒビキの親指に嵌っている女神様の指輪の宝石部分に、唇が浮かび上がり声を掛けてくれた。
「でも! そしたら砂豚にダメージが!」
(大丈夫じゃ。この手の生き物は、触手を切ってもその内また生えてくる。トカゲの尻尾と同じじゃ)
「なるほど!」
おもむろに、剣を抜き――上段から振りぬく――と、幾筋もの風の帯が発生し、結界に巻き付いていた触手を細切れにする。
「すっごぃ……」
「ヒビキ、すげえな」
「アベルさんの修行が役にたったね」
ぼたぼたと千切れ落ちる触手を見ながら、嬉しそうにヒビキが云った。
【お~の~れぇええええ】
千切れとんだ触手の先が、驚くほどの速さで成長し、今一度巻き付こうとうねりを上げて迫ってくる。
さらに女神様から何か云われたらしく、素早く頷いているヒビキ。
「カイ、ちょっとどこかに捕まっててくれる?」
「おう」
カイ君が、ヒビキと繋いでいた左手を離し、肩に捕まる。
ヒビキが、右手に握った剣で風魔法を発動し、左手で火魔法を発生させて撃つ。
放たれた風魔法は、触手を根元から断ち切り、炎の弾が傷口を焼いてゆく。
【ぎゃああああああ!!!】
悲鳴とともに、真っ赤だった砂豚が、茶色く変色していく。
「もうやめるんだ!」
【うううぅうぅう】
焼かれた傷口からは、触手が再生される事は無いようだ。
「ヒビキ、結構えげつないわね」
「え? だって、女神様が『焼いたらもう生えない』って教えてくれたから……」
完全に戦意を消失したらしく、その場でプルプルと震え始めた砂豚を見ながら、申し訳無さそうに云った。




