100.さようなら、キプロスの町
奥様の快気祝いは、身内だけ……というよりも招かれていたのはヒビキ一行だけだった。
町の方達には、石像を町じゅうに生やしまくってしまったお詫びを兼ねて、後日ささやかなお祭りを催すらしい。
奥様の石像を有難がっていた町の方達は、案の定女神様の幻惑が掛けられていたらしく。
すべての石像が無くなってからは、「今思えば……なんであんなにありがたく思っていたんだろう」とタローさんも云っていた。
王様の角の粉でも幻惑が解除できなかったのは、王様よりも女神様の方が”格が上”だからなのだそうな。
……なんとなく納得してしまった。
まぁ、幻惑があったからこそ、町の視察などで姿が見えない奥様を、不審に思う人が出なかったらしいけれど。
いつの世も、”神”と称号が付いたお方の怒りはすさまじい……って感じかな。
前の世界でも、全てを水に流せーって箱舟作らせたお話もあったぐらいだしねぇ……。
「嬉しい報告があるのだよ!!」
祝いの宴が始まる前から、顔中の筋肉が緩みっぱなしの領主様が、云う。
「妻が! 懐妊していたんだ!」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
領主様と、奥様とを交互に見ながらお祝いを云うヒビキ達に向かって、奥様が恥ずかしそうに微笑んだ。
町に生えていた石像からも――ちょっと怖かったけど――その美しさを伺い知る事は出来ていたけれど。
石化が解けて、実際に動いている姿をみると……。
妖精の王様が、ふらりと誘われるのも無理はないと思ってしまう程に、匂い立つようなような華やかさを漂わせている。
奥様の石化の呪いが解けて、さらにお腹の中にあかちゃんが居る事も判明して。
お二人だけでなく、執事さんやメイドさん達からも、ほわほわとした空気があふれ出ていて。
初めてこの町へ足を踏み入れた日には、一日も早く次の町へ行きたいと思った事が笑い話にできそうなぐらい、キプロスの町が好きになった。
気さくな町の人や、町民想いの領主様と奥様が居るこの町。
ヒビキの、”世界樹のしずくを飲ませる旅”が終わったら、この町に居を構えるのも良いかもしれないな。
「領主様、アベルさんはもう少し滞在しますが、俺達は、明日町を出ます」
「もう行ってしまうのかい?」
「はい」
「そうか……。寂しくなるよ。旅が終わったら、是非この町に住んで欲しい」
「ありがとうございます」
「そういえば、先日の花火はヒビキとアベルさんが上げていたそうだね」
「あ! もしかして申請とか必要でしたか?」
「いやいや。タロー君の結婚式で、”出し物”をするのは聞いていたからね。それは問題ないよ」
ホッと息を吐くヒビキとアベルさん。
「実は、私にあの魔法を教えて貰いたくてね」
「領主様は、火の魔法が得意なんでしたよね?」
「あぁ。騎士の中にも何人か得意なものが居るから、アレを覚えられたら、町の祭りで使えるなと思ってね」
「でしたら、あと数日で良ければ僕がお教えしますよ」
私の中で、もはや特訓マニアの称号を付けたアベルさんが、すかさず申し出ている。
鬼の特訓内容を知るよしもない領主様は、たいそう嬉しそうに願い出ていた。
頑張れー。吐いてもがんばれー。
明日から始まると予測されていた、”篭手で魔法を弾く特訓”の、対象者の娘っ子二人が、テーブルの下で手を握り合って小さく揺らしている。
うん、うん。特訓、領主様達に時間取られて、軽くなると良いね。
しごかれる対象は、一人でも多い方がよかろうて。
早朝に出立するつもりだとヒビキから聞いた領主様が、「実は夜通し祝いをするつもりだったけれど……」とダメな大人発言をしつつ、お開きの時間を設定してくれた。
◆
「お腹いっぱーい。俺しあわせ~」
カイ君が、ベッドの上でうつ伏せに寝ころんで、枕にほおずりしながら、ぶんぶんと尻尾を振っている。
……昨夜もその姿見たような気がするぞ。
「あのフルーツ美味しかったなぁ」
「太陽のタマゴの事?」
「たぶんそれかな? オレンジ色のすごく甘いやつ」
「あれは、王都の南側にある森を抜けた地域でしか採れない果物らしいわよ」
「小さい妖精達も好きかな?」
「きっと好きだわね。っていうか、アンタお土産気にしすぎ! 戻るのはまだまだ先なんだからね」
ガイドなピーちゃんが、あきれたように笑う。
「そうだ。ヒビキさん、大切な事を一つお伝えしますね」
食い倒れてるカイ君と、のんびりした会話をするヒビキ達を、保護者的な瞳で見つめていたアベルさんが、少し真剣な表情に切り替えて話し始める。
慌てて少し背筋を伸ばして聞く体勢になるヒビキ。
「温泉で、魔物が来ましたよね」
「……はい」
ヒビキにとっては、この世界に来て初めての苦い思い出だ。
苦しそうに返答している。
「断定はできないのですが。おそらく僕の血の匂いに誘われてきていました」
頷いて良いのか判断に迷ったのだろう。
ただアベルさんの目をじっと見つめ返すヒビキ。
「魔素で体が腐り始めた魔物は、凶暴さが増します。そして他者を襲う」
「はい」
「襲う対象は、魔力の強い生き物と……」
少し言いよどむアベルさんに、「と?」と先を促すヒビキ。
「珍しい生物に行きやすいと云われています」
……ちょっと、まって。
なんでみんなして私を見るの?
猫だよ?
背中に意味不明な翼は生えてるけど、只の猫だよ?
「ミアが、最初に勘違いをしたように、コボルト族に伝わる逸話が、間違った形で広まっている可能性もあります。魔物だけではなく、人などからも狙われる可能性があります」
「……オカンが……」
「ヒビキさんも、ですよ? この町では『動物使い』として誤魔化していましたが、『生き物使い』だと知られたら、権力者から取り込もうと画策されると思います。くれぐれも、忍んで下さいね。それから……怪我にも気を付けて」
「判りました。気を付けます」
「何かあれば知らせて下さい。出来うる限り速く駆けつけます」
「ありがとうございます。アベルさんも、ですよ? ダンジョンに籠るんですから。こないだみたいに、体が腐る前に俺を呼んで下さいね?」
「ありがとう。では、何か合図を決めておきましょうか」
「打ち上げる花火の形で、無事とか、来てほしいとか判るようにしますか? 定期的に打ち合う感じで」
元気なら、ハートの形の花火? とか、 来てほしい時は赤い流星型? とか話し始めた矢先。
(お主らに何か異変があったり、緊急で伝えたい事があれば、妾が伝言してやるから心配するでない)
ソラちゃんのピアスに浮かんだ、赤い唇が囁くように割り込んだ。
女神様、その話し方、心臓に悪いー。
有難いけど、登場が唐突過ぎて、毎回ビクッとなるー。
◆
翌朝早朝。
見送りに来てくれたタローさんと宿屋を出ると、顔見知りの町の方々が沢山集まってくれていた。
教会で毎日色々と頑張ったので、顔見知りになった人たちはとても多い。
まるでマラソンの街頭応援のように、第一区画と第四区画の間の道に、ズラリと並んで手を振ってくれている。
照れくさそうに、手を振返しながら歩く私達に、「また来てね」とか「ありがとう」とか声を掛けてくれた。
こうなる事を予測していたらしい領主様が、騎士様達を派遣して下さったので、混乱が起きる事もなく、挨拶を交わしながら北の門へ到着すると。
北の門には、領主様と奥様も見送りに来て下さっていた。
お二人と、固い握手をかわして別れを告げて。
最後に振りかえって町の方達や、タローさんやアベルさん達にお礼を云って。
門を出た。
姿が見えなくなるまで、門の前で手を振ってくれる方達に向けて、何度も振り向いて手を振るヒビキ。
「なンだよー。ヒビキ泣いてるのかー?」
「そりゃ、あんなに沢山の人にお見送りして貰ったら泣くってば」
「ま、俺も泣いてるンだけどさー」
「カイってばもらい泣き? 二人とも情けないわねぇ。永遠の別れでもないんだから! ここから先は、気を引き締めなさい」
ピーちゃんの言葉に、もらい泣きしそうになっていた私も、涙が引っ込んだ。。
さぁ!
目指すは『賭博の街』。
カイ君の、だまし取られたお宝を取り戻して……
……ついでに、ニセ勇者をぎゃふんと云わせたいね!!
それと、道中できるだけ”厄介事”さんと出会いませんように!!
とうとう100話まで来られました!
そして2章完了です。
お読み下さった皆様のお蔭で、ここまで綴る事ができました。
オカンとヒビキの旅は、やっと折り返しを迎えました。
ブックマークやポイントや感想に、毎日すごく励まして頂いております。
誤字報告も、恥ずかしさにのたうちながら、有難くペッタンさせて頂いております。
ありがとうございます!!
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