1.どうしてこうなった
初めまして『ひるね』です。
お越し頂きありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けると幸いです。
暑くもなく、肌寒くもない、心地良い気温。
からりと晴れ渡る空は雲一つなく、休日のピクニック中であれば、さぞ羽を伸ばしてのんびりできただろう。
仰向けになっている私の頭上で、樹齢千年は越していそうな樹が、どっしりとした枝を広げ、生い茂る葉が、大きな日陰を作っている。
小高い丘になっているらしく、時々吹き抜ける風が心地良い。
真上に差し掛かっている太陽からすこし離れた所に、土星のような形をした惑星が浮かび、淡いオレンジ色の光を放っている。
元居た世界ではありえない景色のすべてから、『ここは地球では無いのだ』と告げられているように感じた。
(どうしてこうなった……)
木漏れ日の隙間から差し込む陽の光を眺めながら、目が覚める前の出来事を思い返して、ギクリとする。
(息子は?! どこ?!)
慌てて周囲を見渡すと、樹の根元で、のんきに寝息を立てている息子の姿があった。
(……よかった。一緒にいられた)
ホッとしながら起き上がると、丘を下った先に、煉瓦造りの壁に囲まれた町が小さく見えた。
(ヒビキが起きたら、あの町に行ってみようかな……。元いた世界ではのんびり旅行も出来なかったし、親子でぶらりと異世界を旅するってのもアリかもなぁ……)
ふと、視線を感じて見上げると、翼をもったトカゲのような飛行生物が、悠々と旋回していた。
(ぎぃやぁぁぁあああ! あれって、竜? 竜じゃないの?! え、まって。竜って肉食? まさかいきなりの捕食エンド?!)
慌てて息子を起こそうと手を伸ばし……
……指がない?!
短めの白い毛に覆われた手には、出し入れ自由な爪と、桃色の肉球がついていた。
慌てて自分の体を確認する。
ブチもなく、縞もない、艶やかで真っ白な毛皮が私の体を覆っていた。
震える手でそっと頭を触ってみる。うん。耳だ。頭頂部に三角の耳がふたつ。
(ヒビキ! ヒビキ起きて! 母ちゃんなんか変!!)
必死に息子に呼びかけるも、口をついて出てくるのはニャアニャアと擬声語のみ。
(猫になってるぅぅぅぅぅう?!)
◆
息子が2歳の時に、一緒にお留守番してくれていた筈の夫が、突然失踪した。
息子と夫の好物が入った買い物袋をひっさげて、上機嫌で玄関を開けたら、大泣きしている息子がいた。
あわてて駆け寄り、抱きしめてあやしながら夫の行方を尋ねるも、まだ片言でしか話せない幼子から、聞き出せるはずもなく。
携帯・財布・衣類など、すべてそのままで、突然居なくなった夫。
書置きも無く、思い当たる事も無く、訳もわからぬまま残された状態だったけれど。
幼子を抱えて頼りになる親戚も無い状態では、悲しみにどっぷりと浸って茫然とする事もできず。
そこから先はもう、まさに必死だった。
息子の心の傷になっていない事を祈りながら、過保護気味に育ててしまった自覚はある。
学校の行事ごとには欠かさず出席したし、職場の集まりもほぼ断って、全ての時間を息子に注いできた。
いつのまにか覚えてくれた家事も、仕事に行ってる間にこっそりとやってくれる、息子。
ゲームや漫画、WEB小説が好きなオタク家族なので、やれ『主人公が繰り出す必殺技で、自分が使えるとしたら何がいいか』とか、『なりたい役職は剣士がいいか魔法使いがいいか』とか、『いっそ村人になって、最初の村で、延々と一文繰り返してるほうが楽でいいでしょ』とか、おバカな妄想話で盛り上がったり。
学生の頃に、居眠り運転の車にはねられた時に負った後遺症で、すこし左足を引きずる私を気遣って、面倒そうなそぶりを見せるも事なく、あたりまえのように”荷物持ち”として食材のまとめ買いなどにもついてきてくれる。
すこし単純な所があるのが難点だけど、親思いの優しい息子に育ってくれたと思っている。
そんなある日の日曜日。
息子はといえば、夕食が出来るのを待ちながら、リビングで携帯小説を読んでいる。
(荷物持ちのお礼に、ちょっと奮発して肉多めの焼肉丼にでもしようか)
薄切りにした玉ねぎを、時々プライパンをゆすりながら炒めていると、突然リビングから眩い光が放たれた。
慌てて振り返ると……。
息子の足元に、曼荼羅のような模様が、細い光で描かれて広がっていく。
まぁ、綺麗。
……なんて悠長なこと思えるかっっ!
「おぉ! これって魔法陣?! 俺もついに異世界転生?!」
呑気な息子は、ものすごく嬉しそうに、足元の魔法陣を見ながら興奮している。
ちょっと、おまいさん、まちたまえ。
そこ、喜んでる場合じゃないでしょう!!
少しずつ弱まっていく魔法陣の光。
おぼろげになり始めた息子の姿に慌てて駆け寄り、小さくガッツポーズをしているその腕を掴む。
途端に目の前が暗くなり、意識が遠のいていく。
絶対に、離さない。
掴んだ息子の腕の感触を確かめながら、私は意識を手放した。