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可愛い

「言葉を省略すると意味が取り違えられる事って多々あると思うんだ。」

「あぁ、違いない。」


 いつもの彼のぼやきに僕も付き合う。彼が掲げたテーマだが、日常生活で往々にしてある事だ。だから言葉とは大切だ。言わなくても分かってくれる、伝わるはずなどと言うのはエゴであり、正確に伝えたいならこちらも正確に言葉を選ぶ必要がある。

 もちろん阿吽の呼吸と呼べる程の僕と彼との付き合いの仲でも、僕等が言葉を省略する事は少ない。僕達の会話が理屈っぽくなるのも仕方が無い、というのは言い訳だろうか。


「そうだな。かの有名な『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』なんてのが良い例だ。それだけ切り取れば人々の平等を謳っているようだが。」

「後に続く言葉を考えればまるで違うわな。要約すれば『だけど実際は違うよね?なんでだと思う?それは学が有るか無いかだよ。だからみんな勉強しようぜ』だもんな。平等じゃないから勉強しろよっていう『学問のすすめ』。まるで意味が正反対になってらぁ。」


 我が意を得たりと彼が深く頷く。対照的に隣からはホエーシランカッターなどと呆けた声が聞こえる。お前みたいなやつにこそ必要な言葉だというのに。勉強しやがれ大前君。…僕よりも圧倒的に成績が良い事は取りあえず捨て置く。クソッタレめ。


「またな。省略するどころか逆に意味を補足して、こっちの意図している事とまるで違う捉え方をされる事さえある。特に男と女の間ではさ。」

「言われるとそんな気もするが、すまん、パッと思いつかねーや。」


 彼の言葉に久しぶりに返せなかった事を、すこしもどかしく思う僕が居る。そう、これだけ彼と思考回路が似通っていても、分からない事は分からない。改めて言葉の大切さが身に染みる。

 そんな僕に対し、彼はやれやれと肩を竦め、溜息を吐きだした。期待に添えなかった僕が悪いとはいえ、その仕草にイラッとするのも仕方が無い。怒りをぶつけるには対面にいる彼では遠いので、僕は左隣に居る大前君の足を軽く蹴った。オイナンデダヨという声は僕には聞こえない。

 このままでは僕と大前君のバトルが始まってしまう。それを察した彼が、大前君を宥めるように言葉を発した。


「なぁ、大前君。天使ちゃんは可愛いよな?」

「ふへぇっ?なんだよいきなり。いや、可愛いけどさぁ。」


 彼の唐突な問いかけに大前君の声が裏返る。『ふへぇっ』だって。今度モノマネしよう。


「その可愛いってどういう意味だ?」

「どういうって…仕草も可愛いし、性格も、声も…」

「「うるせぇ黙れリア充っ!!」」

「ひっ!」


 いきなり惚気出した大前君を、僕と彼は声を揃えて罵倒する。二人のあまりの剣幕にさすがの大前君も怯えている。だが今のやり取りで彼の言いたい事は分かった。


「何カマトトぶってやがる、可愛いっつったら『顔が可愛い』だろボケが。」

「お前は女子か。男同士で可愛いっつったら『顔が可愛い』に決まってんだろカスが。」


 そう、男同士で『あの子可愛いよね』というのはイコール『あの子顔が可愛いよね』となる。そんな常識を斜め上から切り裂いてきた大前君の感性には、心の広い僕と彼でも耐えきれない。


「分かったか、千堂?大前君のような常識外れはさて置き、可愛いというのはそういう意味だ。」

「あぁ、まさか質問に惚気で返すとは、常識だけじゃなく人に対する思いやりも欠如しているらしいな大前君は。」


 イヤオマエライイスギダロとかほざいている大前君は無視する。視線を対面に固定し、続きを僕は促した。




「まぁ、例外があってしまったが。俺の言いたいのはな。『可愛い子紹介して』とか女子に頼むとな、大抵首を傾げたくなるような子を連れてくると思うんだ。で、聞くとさ。」

「仕草とか、性格とか、声とか…そう言うんだよなぁ。」


 僕と彼は揃って溜息を吐く。じゃあ『顔の可愛い子連れて来て』などと言おうものなら、汚物を見るような視線を返されるだけだ。儘ならない事だが、これに関しては男側に落ち度がある。その事を彼に話して宥めるしかない。


「ところで、矢田。ちょいと『可愛い』という単語を調べてみてくれ。」


 そう話しつつ僕は、彼のパソコンを指差した。小さく頷いた彼は小気味良くキーボードを叩く。そして表示された画面を見た彼が顔を強張らせた。彼に調べさせた『可愛い』の意味は以下の通りだ。


1.(小さくて)愛らしい。小さい。

2.同情を誘うばかりに(痛々しく)かわいそうだ。


「千堂、これはっ…」

「あぁ。そもそも男が悪い。『可愛い女の子』をその通りに訳せば『小さくて愛らしい女の子』。幼女なんかに使う言葉だ。そんなん連れて来られたら事案だ。」


 良い意味で使う場合は、小さい事が前提だ。そこに僕等が日常的に使っているような意味、つまり『美人』とか『魅力的な女性』というような意味を含んではいない。だから『可愛い』の定義は曖昧で個人差が大きな物なのだ。そう説明すると彼は黙ったまま頷いた。


「それにだ。例えば、真奈は美人だろ?」

「あぁ、美人だな。」

「じゃ、可愛いか?」

「いや、いやどうだろう…可愛いんじゃないか?」

「嘘を付くな嘘を。疑問形が本心を隠し切れてないぞ。安心しろ、俺だって『可愛い女の子紹介して』でアレが来たら発狂する。」


 僕と彼は二人して笑い合う。結局男の言う『可愛い』ってのは男側の身勝手な表現なんだよと纏めると、突然背筋を悪寒が駆け抜けた。


「何が可笑しいの?」


 濁っていないのに、妙にドスの利いた声が耳元で響く。背筋を正し立ち上がりかけた所で、それを押さえつけるように頭の上に掌が置かれた。

か弱いはずの女性の力で、男の僕が立ち上がる事が出来ないのは何故なのだろう。その事実に妙な恐怖を覚えた僕の声が震える。


「いや、ね。真奈って美人だよなって話してただけだよ。」

「あら、ありがとう。で、何が可笑しいの?」

「いやいや、美人の話してたらテンションあがるじゃん?」


 それなりに上手な言い訳をしたつもりの僕は、恐る恐る振り返る。そこには獰猛な笑みを浮かべた真奈が居た。笑顔の女の子が可愛いっていうのは嘘だと思う。いや嘘だっ!!そう叫びたくなるくらいにはホラーだと感じた。


「可愛くなくて悪かったですねぇ。」

「痛い痛い痛い痛いっっっ!!!」


 強烈なアイアンクローを頭部に喰らった僕は思わず叫ぶ。その様子を見た彼の笑い声がより一層大きくなった。

猛烈な痛みの中で彼が先程答えを濁した理由に思い当る。ふざけんなちくしょう。『いや』で終わるはずの答えに、上手い事付け足して意味を変えやがった。だから言葉は面倒臭いのだと改めて僕は学習するのだった。


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