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正しい解答と正しい回答

「俺達は大学生だ。勉学に励む事が本分であり、正しい知識を身に付けている事は素晴らしい事の筈だ。」

「あぁ間違いない。」


 相変わらず前触れも無く発せられる彼の言葉に、僕の反応が遅れる事も無い。いつものように何かをしていたわけでも無いので、むしろ反射レベルで答えたくらいだ。

テストも無事終わった僕等は素敵な夏休みを迎えている。大学生の休みは本当に長い。計算したら大学に通う日数よりも休日の方が多いという事が判明した。早々に彼の発言が穴だらけだが、何を今更な話だ。ちなみに長期休みにもラウンジにいるのは、サークルの集まりも兼ねているからだ。


「だが、正しい知識が正しく無いなんて事も、このクソッタレな世の中じゃ日常茶飯事だ。」

「あぁそれも間違いない。」

「そうだな、例えば『確信犯』なんて言葉がある。政治的宗教的概念から、それが『正しい事』と信じて疑わず罪を犯す奴の事だ。テロとかに使われる言葉だな。」

「だが、そのつもりで話を聞いていると、恥をかくのは俺達の方だ。『間違っているとわかっていてやる事』とまるで正反対の意味になっているのだからな。」


 全く儘ならない世の中だと僕と彼は揃って溜息を吐く。エッソウナノなどと呆れてしまう声が横から聞こえてきた。大学に入るのに受験勉強したのではないだろうか良く受かったなと、内部進学の僕は心で悪態を付く。うん、多分大前君の方が勉強はずっと出来る事は身に染みてよくわかっている。


「千堂、俺はな。小さい頃から色んな事を調べるのが好きで、親からも教師からもそして同級生からも、『すごい!』って言われるのが気持ちよくて、なお一層勉強を続けた。だから今この大学にいるのだという自負もあるし、間違っていなかったと思っている。」

「あぁ、俺もその口だ。」

「お前は内部生だろうが。」

「それを口にしたら戦争だろうがっ!!」


 まるで内部生が馬鹿であるかのような口振りに僕は激昂する。もちろんポーズだ。それに乗っかった友人達がどうどうと僕を宥める。内部生でも頭の良い奴はたくさんいる。僕みたいな馬鹿もたくさんいるというだけで。

ところで俺を馬扱いしやがった馬堀のヤロウは後でシメる事にしよう。今日の飲みの席で、馬刺しで口を埋め尽くしてやる。なんだか普通に喜びそうだからやめよう。


「まぁ落ち着け。そんな事を思っていた俺だけどな。その自我が揺らぐ事になったんだ。俺の人生、間違っていたのだろうか、と。」

「あぁ落ち着いた。それはおかしいな。矢田程自惚…じゃなくて自信を抱いている男が、一体何があったって言うんだ?」

「今度は俺が落ち着かなくなりそうだが、とりあえず聞いてくれるか?」

「あぁ。その理不尽な怒りは大前君にぶつければ良い。」


 イイワケネーダロッという音声に誰も反応を示さない。だから多分空耳なのだろう。暑さで頭がおかしくなりかけているのかもしれない。後でスポーツドリンクを買おう。

 騒がしい大前君を尻目に僕が頷くと、矢田は情けない顔で話し始めた。




「昨日さ、バイト先の連中と仕事終わりにさ、軽く飲んだんだよ。男二人女三人で。」

「呼べよ。一人足りてねーじゃねーか。」

「呼ばねーよ。ま、女性陣はギャルっちぃ感じで、もう一人の男はイケメンなんだわ。実際女の子達はソイツに普段からキャーキャー言ってはいるけど、イケメン君が本当に良い奴で俺とめちゃ仲良いし、そういう事も含めていつもの仲良しメンツではあるんだ。」

「自慢か。爆ぜろ。汚ぇ花火になりやがれ。」


 彼の話の腰を圧し折るように僕が吐き捨てる。勿論ポーズじゃない。ガチの奴だ。しかし彼は遠い目をして寂しそうに小さく笑った。


「自慢…。いや、自分の恥ずかしさを思い知らされた、辛い話さ。」

「俺が悪かった、続けてくれ。」

「あぁ。そんな飲みの席でさ、クラシックの曲が流れていたんだ。ふとみんな気付いて、ある女の子が『やべ、これ何の曲だっけ?』って言ったんだ。」

「…それで?」


 僕が唾を飲み込み重々しく尋ねる。周囲も静寂に包まれた。


「『アイネクライネナハトムジーク』だろ?って何の気なしに答えたら、『はっ?』ってみんな声を揃えてポカンとするんだ。」

「うわっ…。」

「それだけならまだ良いんだけどさ、その後イケメン君が『あっ!ばーかあーほどじまぬけーの奴じゃね?』って言ったら、みんなして『あーそれだーっ!!』ってめちゃ盛り上がって。その後女性陣がみんなして俺を指差して笑うんだ。『アイネなんとかって何?マジ受けるっ!』とか『矢田っちってやっぱ変だよねー』とか。」

「うわぁ・・・。」


 その光景を目に浮かべた僕は思わず身震いした。確かに彼の答えは問題の解答なら正答だ。だが質問の回答ならば不正解だ。そうか、彼が打ちひしがれているのはそういう事なのだろう。

隣でアイネナントカッテナニとかほざいている野郎の方が、実は勝ち組なのかもしれない。いや、勝ち組だった。大前君こそ爆ぜろ。まて、ギャルっちぃ女の子に『矢田っち』とか呼ばれている彼も汚ぇ花火になりやがれやっぱり。


「俺は勉強の答えなら自信がある。だが、女の子に対する答えにまるで自信が無くなったんだ。」


 子供のように小さく項垂れる彼に、なんと声をかけるべきか。しょうがない。親友の僕が彼の心を救うしか無いじゃないか。絶望から救う手立てならある。


「矢田、俺と一緒にちょっと来てくれ。」


 そう言い彼の腕を掴んだ僕は、近くのテーブルで女子トークに花を咲かせている集団へと歩いて行った。




「真奈、知恵、未来ちゃん、この音楽って何の音楽か順番に隆祐に答えてくれ。」


 そう言って僕はスマホから音楽を流した。


「えっ?ちゃらりー鼻から牛乳―のやつ?」

「それそれ!」


 期待通りの答えだ。因みにその替え歌は偉大なる嘉門○夫さんによるものだ。


「未来ちゃんは?」

「えっと、『トッカータとフーガ ニ短調』ですよね?」

「ほらな。」


 満足の行く答えを得られた僕はニヤリと彼に笑いかける。流石の天使ちゃんクオリティ。育ちの良いお嬢様というのは伊達じゃない。


「女の子だって真奈や知恵みたいな奴ばっかじゃない。希少種だとしても天使ちゃんのような子だっているんだ。絶望するのはまだ早い。お前を受け入れてくれるような女性を探せば良いだけの話だ。」

「千堂っ!!」


 感極まったかのように両手を広げた彼と熱い抱擁を交わす。その茶番に真奈と知恵が「何でいきなりディスられてんの?」とお怒りのようだが、そんな事を気にしている場合では無い。

 僕の目的は絶望から彼を救う事。そして救った彼にさらに絶望を突き付ける事。


「ま、天使ちゃんのような子はまずいないけどな。さらにそれがお前と付き合ってくれるなんて奇跡、起こってたまるか。大前君の分で奇跡は売り切れだ。」

「…ちょっと大前君殺してくる。その次はてめぇだっ!」


 そう宣言した彼は肩を怒らせてずんずんと大前君の方へ歩いて行った。その様子を満足そうに僕は眺めるのだった。

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