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ロリータコンプレックス

「男ってのは所詮ロリコンとマザコンの二種類に分けられると思うんだ。」

「なるほど、興味深い。」


 彼の暴論に、僕は即座に課題を進めていた手を止め、顔を上げた。女子には理解出来ないだろうが、彼の言う事も一理あると男なら思う事もあるのではないだろうか。だが、特に日本においては、その両方共に忌避される傾向が強い。それを当然彼も理解している筈。それなのにわざわざこのテーマを持ち出した事に、僕は言い様の無い興奮を覚えていた。


「俺は学生だ。だから学生らしく大真面目に語るぞ。例え世間を敵に回してもだ。」

「安心しろ。コペルニクスやガリレオガリレイだって同じ心持ちだったはずだ。」


 天動説に意を唱え、自身を信じた。かの偉大な学者達のお陰で現在の科学がある。いつだって先駆者はイコール異端者だ。オナジジャネーヨと左側から聞こえるが、そうやって切り捨てる奴が魔女裁判だのノリノリでやっていたんだきっと。ソースは僕の妄想。


「まずマザコン。これは産まれて初めて、そしてそれからしばらく接する異性だ、男にとってはな。乳児期は特に母親から離れる事など無い。だから異性のイメージの根幹として根付きやすいというのは否定できないだろう?」

「それは間違いない。続けてくれ。」

「次いでロリコン。これは第二次性徴期と呼ばれる、所謂思春期にかけてだな、その時期に男は自身の性や性欲に敏感になり始めるが、その時に周囲にいるのが同世代の少女達だ。だから初めて性を意識したその感覚が、成長してもやはり男の意識の根底に残る。」

「なるほど…。」


 思いの外ちゃんとした理屈に僕は唸る。言われてみれば僕がショートカットに弱いのは、初恋の子の髪が短めだったからだとも思う。男は過去を引き摺りがちなのだ。左側からはホエーと間抜けな音が聞こえる。誰か大前君の口を目一杯のカレーで塞いでくれ。大前君の好物だ。


「マザコンに関しては例がパッと思い浮かばないが、ロリコンに関しては戦国時代を見れば良い。元服と同時に年下の嫁さん貰って子作りに励んでいるんだ。生殖対象として見なせる年齢である以上、ヒトという生物として考えればなんら不思議な事じゃない。」

「だが、人間という社会生物である以上…。」

「あぁその通りだ。欲求を抱くのと実行に移すのとでは意味が違う。近親相姦も未成年との淫行も社会に生きる以上、それは理性で抑えるべきだ。そして大多数がちゃんとそれを実現出来ている。だが、ちゃんとその理性が働き社会のルールを守っているなら、そういった趣味嗜好がそこまで嫌悪感を抱かれる必要は無いんじゃないだろうか、と俺は思う。」


 改めて成程と納得する。巨乳好きがマザコンで貧乳好きがロリコンなどと暴論も飛び出した。だがそう熱く語る彼の趣味嗜好は明らかに綺麗なお姉さま好きだ。何が彼を突き動かした?疑問に思い彼を見ると、彼の表情が僅かに曇っている。


「矢田、何があった?」

「千堂、聞いてくれるか?」


 僕が力強く頷くと、彼は懺悔するかのように語り出した。


「今日通学途中でさ、すっげぇタイプな子が前から歩いて来るのが見えたんだ。背もスラッと高くてさ、顔立ちも綺麗で。思わず声を掛けようとして、でも出来なくてさ。そうこうしている間にすれ違って、やべえこの辺に住んでるOLとかかなって振りかえったんだ。」

「あぁ。それで?」

「振りかえってみたらさ、ランドセル背負ってたんだ。」


 そう吐き捨てた彼はそのまま項垂れる。僕は絶句したまま動けない。左からはアチャーとふざけた声が聞こえる。あちょーと大前君の喉を突いてやりたい気分だ。


「俺、ロリコンなのかな…。」

「そんな事は無い、そんな事ねーぞ矢田っ!」


 僕は慌てて彼の両肩を叩いた。


「お前はそこで踏みとどまったんだろっ?相手が小学生だと知って、ちゃんと理性で抑えられたんだろ?」

「だけど…ランドセル見る前だったら声を掛けてたかもしれない。完全に事案だろ?」

「いや、掛けていないっ!そしたら今ここにお前はいないっ!!」


 熱くなった僕の言葉は止まらない。


「安心しろっ!お前は大前じゃない!去年女子高生に手を出していた大前君なんかじゃないっ!!淫行青年とは大違いだっ!!!」

「ふざけんなっ!まだ手ぇ出してねぇっ!!」

「「えっ?」」


 今は大学生だが去年女子高生だった彼女持ちの大前順平君が吠えた。そして僕と矢田の声が重なった。


「いや、えっと。お嬢様だしさ、高校卒業するまでは清い交際をって向こうの両親にもさ…。それで…。」

「今五月だぞ?まだってヘタレか。」

「あの天使ちゃんだぞ?まだって童貞か。」


 大前君がサークルに連れて来た美少女を思い浮かべながら僕が毒づく。そのままサークルへ入会した彼女は、その愛らしい見た目に加え大前君の彼女なんかをやっているという事で、目出度く『天使ちゃん』という愛称が付いた。否、愛でたいけど目出度くねぇ。


「どっ・・ていとかじゃね…し。」

「「なんだ童貞か。」」


 顔を背けるように小さく反論する大前君に対し、僕と矢田の声が再び重なった。


「おいロリコン童貞、天使ちゃんに女の子を紹介させろ。」

「おいロリコン童貞、天使ちゃんに友達をサークルへ連れてこさせろ。」

「うるっせぇえーっっっ!!」


 童貞君の叫び声が学生ラウンジに響き渡った。僕と矢田は耳を塞ぎ他人の振りをしながら再びレポートへと向き直った。

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