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2.5

 麗らかに晴れ渡った空の下、そんな陽気な天気に似つかわしくない思い詰めた表情を浮かべて、一人の獣人が回廊を歩いている。

 意識は手にある包みに向けられ、全ての神経を集中させていた。万が一崩れて不恰好なものになってしまっては元も子もないからだ。緊張と不安とで自然と早足になりながら、目的の場所へと真っ直ぐに向かっていた。


 あのあと、友人の「女の子なら甘いものが好きなんじゃねえの」という助言に従い、先日街で人気があるという菓子店でクッキーを買ってきた。友人曰く、クッキーあたりが一番無難、らしい。普段、自分では甘いものなど食べないが、彼女が喜んでくれるといい。だが、もし口に合わなくて、いや受け取ってさえももらえなかったら……。そうぐるぐると考え込んでいるうちに、あの四阿に着いてしまった。


 まだ彼女はいないようだ。さわ、と柔らかい風が頬を撫でる。

 学園の中庭の奥、ひっそりとした場所だ。あのときは無我夢中で駆けてきたので周りを見る余裕もなかったが、この四阿には柱に植物が絡まり年月の流れを感じさせる。ここに辿り着いたのは偶然だったが、そうでもなければこんなところに一般の生徒は来ないだろうと思われるほど、見つかりづらい場所だと思った。

 視線を手元に落とす。手の中の包みがなんだか重くなってきたように感じてきた。


 ふいにサク、と草を踏む音が聞こえて、耳がピクリと反応する。ついで、ふわと彼女の涼やかな匂いが鼻に届いた。


「あら。あなた、また来たの」


 俺の姿を見つけたアウローラは、驚いたように少しだけ目を見開いていた。陽光の中にいる彼女の白銀の髪は、日の光を受けて一層輝いている。そんな彼女をいざ目の前にすると、何から話すべきか言葉が見つからず惑う。

 すると、彼女はそんな俺にお構いなしに、四阿に入ってきて椅子に腰を下ろした。こちらにまるで関心の無さそうな彼女の態度に焦る。いや、少なくとも彼女は俺を覚えていた。

 緊張で渇いた口を無理やり開いて、意を決して言葉を吐き出した。


「これ……やる。この前の礼だ」


 言葉とともに、持っていた包みを彼女の方へと突き出す。


「ありがとう。気が利くのね」


 少し驚いたのか、彼女はゆっくりと瞬きをしたあとにゆるりとその目元を緩めた。

 

(……!)


 ───ふわりと、花が綻んだようだった。

 彼女の表情に内心どぎまぎとしながらも、ひとまずこれは喜ばれたようだ。

 食べてもいいかと聞かれて答えながらも、照れ臭くなって顔を背ける。それでも気になって何度も彼女を窺ってしまう。

 綺麗に整えられたすらりとした指が、クッキーを摘まむ。そのまま小さく開かれた口が、さくりとクッキーを噛む。やがて喉がこくりと嚥下する。そんな彼女の様子に、知らず目が惹かれてしまう。


「おいしいわ」

「……!そ、そうか」


 彼女の口に合ったようで安心する。

 そのままクッキーを食べ進める彼女を横目で見る。クッキーがなくなっていくごとに気持ちが浮いて、そわそわと落ち着かない。

 彼女を見ていると、先日彼女に撫でられたことを思い出した。獣人の間では、スキンシップは親愛を示すためによくある行為だ。ただ、彼女に触れられたことが頭の中にこびりついて離れない。

 ついに彼女が食べ終わってしまっても、どうにも離れがたくてその場にまだ佇んでいた。それを彼女はどう思ったのか、少し考え込むような素振りをした後こちらに視線を向けた。

 凪いだ湖面のような蒼の瞳に心が騒ぐ。


「この前のことなら気にしなくていいのよ」


 しかし、告げられた彼女の言葉に、浮いていた気持ちは叩き落とされた。


(気にしなくていいとは、なんだ。俺は、おまえのことが気になってしまうというのに……)


 何故だかその言葉に、彼女から突き放されたように思われて───。

 気づけば、俺はすとんと彼女の足下に座っていた。


「……今日は、撫でないのか?」


 半ば自棄になったような気持ちで彼女を見上げる。下から見る彼女は少し驚いたように、微かに目を見開いていた。

 それも一瞬のことで、彼女の手がこちらに伸ばされるのを、俺はただ受け入れていた。

 彼女の指が優しく髪をすいていく。触れられたところから熱が伝わったように、じんわりしたあたたかさが胸のうちに広がっていった。

 荒んだ気持ちが凪いでいく。気付けば体が弛緩し、椅子の縁に背中を預けていた。自然と喉が鳴っていたのを止める気力はもうなかった。


 しばらく彼女の気の向くまま撫でられていたが、ふと見上げた彼女の顔が、はっきりとした笑みを形作っていて……。どうしようもなく顔に熱が上り俯く。しかし、どうにも耐えられなくなって立ち上がった。

 驚いているであろう彼女の方を振り返ることもできず、俺はまた四阿を飛び出し走った。



「遅ぇぞーネロ。一体どこで道草食ってやがった、完全に遅刻だぞ」


 その日の午後一番の授業は魔法学だった。遅れて着いた魔法訓練場に入ると、担当教師のウーゴが待ち構えていた。

 今日の魔法学の授業は実技のため、この魔法訓練場で行うということをすっかり忘れていた。また、この魔法訓練場というのがあの四阿から大分離れていたのだ。そのことに気がついたのがつい先ほどのことで、これでもかなりとばしてきたのだが……。まあ、この通り間に合わなかった。


「悪かったよ」

「敬語な。一応俺おまえの担当教師だからな」


 この教師らしからぬ口調のウーゴ=グリージャという男はまだ若いくせに髪も髭も、ついでに服装もだらしがない。しかし、俺たち獣人の希色の魔法学の担当教師を務めるだけあって、獣人に対しての差別を彼から感じたことは今までに一度もない。人間の教師の中ではまともなやつだ。


「はあ……。たく、おまえは魔法を使える力はあるにしてもまだまだド下手なんだからな。もっと性根いれろ」


 彼の言葉はこちらを思っての言葉であるため、一層耳に痛い。

 つん、とウーゴから顔を背けると、奥にいた大柄な男と視線が合った。ウーゴの小言から逃げるように彼の方へと駆け寄る。


「ヴェオ先輩、遅れてしまってすみません。今日は先輩と一緒なんですね!」

「ああ、この程度構わない。……よろしく頼むな、ネロ」


 そう言って、彼は威圧感のある鋭い青灰色の奥の瞳を柔らかく細めた。

 彼は獣人の中でも特に大きい。見事に引き締まった筋肉質の屈強な体躯に、長く伸ばされたボリュームのある白い(たてがみ)が彼をより一層大きく見せていた。

 獣人の奇色の人数は少ない。そのため毎回魔法学の授業のメンバーが異なる。彼も俺と同じ"奇色"で、白い獅子の獣人だった。彼は泰然とした性格とそのポテンシャルで多くの獣人の生徒に慕われていた。俺も同じ奇色の先輩として彼を尊敬している。


「おいおいニーヴェオ、待たされたんだからもっと怒ってもいいんだぞ」

「この程度、怒るほどのことでもないだろう」


  呆れた口調のウーゴとは違い、ニーヴェオは悠然と構えている。ゆうらりと揺れる尻尾が、彼の気持ちが本当に凪いでいるということを物語っていた。


「そうかい。んじゃまあ、ネロも来たことだし授業を始めるか。とりあえず、教えた通りに自分の属性の魔法を発動させてみな」

「…………」


 その言葉を合図に、俺は魔力に意識を集中させた。横ではすでにニーヴェオが、地面の形を変えている。

 適性では、俺は火属性だと言われた。燃える炎を頭に描いて放出させようとしたそのとき、ちり、とした違和感が首裏に走った。その瞬間、身の内の魔力が暴れ出したことを感じたのを最後に、俺の意識はぷっつりと途切れた───。


「……おまえ、今日の放課後補習な」


 気が付いた俺に、なぜか先程より疲れた様子のウーゴに覗きこまれながら一番に放たれた言葉がそれであった。

 いつの間にか俺は地面に仰向けに倒れていた。状況が分からず半身を起こして見回すと、俺の周囲は焼けたり抉れたりと酷い有り様だった。


「ニーヴェオに感謝しろよ。俺一人じゃ止められなかったからな」

「……俺は、何を……?」

「どうやら、おまえの魔力が暴走したようだ」

「先輩!」


 目を向けた先にいたニーヴェオの白い鬣が所々焼けているのが見えて驚愕する。まさか、あれは自分のせいなのか。ようやく事の次第の大きさが見えてきて茫然自失とする。


「大したことはない。若いうちの失敗は恥じることではないぞ」

「……おまえ、器がでかいのを通り越してちょっと老成しすぎじゃない?」


 いつもならニーヴェオに対してふざけた発言をしたウーゴに怒っているところだが、そんな会話も耳に入らない。

 しゅんとした気持ちのまま、放課後を迎えた。



 その放課後、思いも寄らないことがあってそんな気持ちは吹っ飛んだ。それは今日二度目となる彼女との邂逅であった。

 ウーゴが連れてきたのは、なぜかアウローラだった。驚きに思考も体も固まる。

 しかし、そんな俺に構わずのんきなウーゴは勝手に俺の紹介を済ませ、授業に取りかかり始めた。俺が彼女と話す時間もない。


「おい!なんであいつを連れてきたんだよ!」


 ウーゴと二人になったところで、彼に多少の苛立ちを交えて言葉をぶつける。彼女は少し離れたところからこちらを見ていた。彼女のところまではこちらの声は届かないだろう。


「なんだ、何か不都合でもあるのか?……はっ、もしかしておまえ、アウローラに格好悪いところ見られたくなかったとかか?」

「……っ!」


 にやついたウーゴに図星をつかれて言葉に詰まる。


「いやー思わぬ収穫だったわ。まさかおまえたちが知り合いだったなんてな。何で知り合ったんだ?ん?」

「うるさい!だまれ!」


 ウーゴは明らかにこちらをからかう口調だ。

(こいつ!いつか沈めてやる……!)

 俺の決意も知らず、ウーゴは構わず続ける。


「ま、元気が出たなら良かったよ。気にし過ぎも良くないからな。……ほれ、気持ち切り替えて、魔法発動させてみようか」

「……」


 ウーゴの作戦にうまくのってしまったような気がしないでもなかったが、今度こそ成功させようと集中して挑む。

 体に巡る魔力を炎の意識で呼び起こしたとき、再び違和感を覚えた。瞬間、魔力が暴れだした。抑えようと意識するも、それさえすり抜けて体から魔力が溢れ出していく。


 途切れかけの意識の中でフッと思ったのは、彼女を傷つけたくない、というものだった───。





現在はアルファポリスの方でもここまでの連載です。

気長にお待ちいただけると幸いです。

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