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1.5

 昼食後の運動がてらぶらついていたところ、人気のない学舎の裏庭から声が聞こえた。不穏な空気を感じて声のする方に向かう。

 そして、人間が数人集っているのを見付けた。何をしているのか、さらに近付くと同じ獣人の生徒が囲われていたぶられていた。

 その獣人は自分とは違い、大人しい部類の兎の獣人だった。逆らうこともできず、縮こまって怯えている。それを見て嘲笑する奴らに腹が立って、後先考えず声を発した。


「おい、何やってる!」


 一瞬肩を強張らせて振り向いた奴らは一目して分かるほど、上品そうな身なりだった。それにしまった、と舌打ちする。相手は胸元に貴族の印である記章を付けていた。彼らは獣人を殊更見下している。

 奴らは俺の姿を目に留めると、安堵した後さらに嘲る笑みを深めた。


「おいおい、驚かせないでくれよ。俺たちのお楽しみを邪魔しないでほしいな」

「そんなことがあんたらの楽しみか。つくづくお前たちは腐ってるな」

「なんだと?不吉な黒猫風情が、俺達に歯向かうつもりか!」

 

 イライラとした心に合わせて、尻尾がゆらゆらと揺れる。

(俺は黒猫じゃない、黒豹だ!)

 という言葉を必死で呑み込んだ。今こいつらに言うべきことじゃない。

 わざと挑発して煽って、もっとこちらに気をとられるよう仕向ける。


「ふん。俺ひとりに敵わないくせに、弱いものいじめだけは一丁前なのか。人族の貴族なんて高が知れてるな」

「この!黙っていればいい気になりやがって!」

「魔法も使えない劣等種が!」


 そう言い捨てると同時に、奴らは校則を無視していきなり魔法を放ってきた。それをかわしながら駆け出す。目論見通り、奴らはあの兎のことは忘れてこちらに意識が集中しているようで、逃げる俺を全員追ってきた。

 次々と放たれる魔法攻撃の、かわしきれなかった一打が胸を掠める。それでも構わず走り続けた。


(しつこい奴らだ!)


 身を隠す場所を探しながら駆けていると、四阿が見えて勢いのまま飛び込んだ。

 四阿の中にはすでに先客がいるのに気づいて、驚きで着地に失敗した。彼女の足下に転がり落ちる。痛みで悶えていると、来た方向から俺を追ってきた奴らの声が聞こえた。


(この人間に告げ口されでもしたら、奴らに捕まる!)


 そう思い動こうとしたところ、ダンッと勢いよく彼女の足が自分の近くに降り下ろされた。思わず見上げた彼女の瞳は凪いでいて、「大人しくしていろ」という彼女の言葉に気づけば従っていた。


 奴らが去った後の彼女の行動にも驚かされた。彼女は奴らと同じく貴族の記章を付けていたにも関わらず、俺の傷を治した。それも猫派だから、とかいう奇妙な理由で。

 しかも、混乱していた隙をつかれて頭を撫でられた。優しく手慣れた様子で触れてくる彼女の手が、不本意にも気持ちよくて、思わずされるがままになってしまった。我にかえり、慌てて彼女から身を離す。

 初対面の相手に気安く触らせて、それに気持ちよく感じたなんて羞恥以外の何物でもない。火照った顔を隠すように、俺はその場から駆け去った。



「なあ、アウローラって誰か知ってるか」

「"アウローラ"?……ああ、もしかして()()()のことか?」

()()()?」


 後日、友人に彼女のことについて訪ねてみると、意外にもあっさりと彼女のことを知っていた。


「『麗氷の乙女』だよ。この学院じゃ有名人だぞ」

「麗氷……?なんだそれは」

「なんでも大層麗しい美貌だが、表情が氷のように冷たいからついたとか。加えて公爵家のご令嬢で、世が世ならお姫様って立場だから尚更だな」


 彼女のことを思い返す。確かに"麗しい"という形容の仕方が相応しいと思えるほどの容姿をしていた。銀糸のような白金色(プラチナブロンド)の髪は輝いていて、瞳は冴え渡った冬の湖のように蒼く透き通っていた。立ち居振舞いも奴らとは違い、気品があったように思う。

 だが、そこまで表情が冷たかっただろうか。少なくとも、俺に触れていたときの彼女は柔らかい表情を浮かべていた。


「俺は一度見かけたことがあるが、確かに雰囲気も表情も冷めてたな。けど、俺らに対して嫌な視線を向けてこなかったのが印象的でさ」


 友人は少し嬉しそうに羽を小さくばたつかせた。

 俺達は基本的には魔力を魔法として扱えない。代わりに五感が優れている。相手の感情まで分かるほどには優秀だ。だから友人が感じたように彼女が俺達に対して悪感情を抱いていなかったことは事実だろう。実際側で感じた彼女は俺に躊躇いなく触れるほどだった。


(…………!)


 彼女が触れてきたときのことが思い出されてまた顔が熱くなった。尻尾の先が揺れる。誤魔化すように頭をぶんぶんと降った。


「それで、そんなこといきなり聞いてどうしたんだよ。昨日のことと関係でもあるのか?」

「別に」

「……まあ、いいけど。あんまり人間と揉め事を起こすなよ」


 そんなこと分かっている。奴らが優れているのは何も魔法だけではない。あらゆる分野を探究して便利にしていく頭の良さと、圧倒的数の優位性を持っている。人族に刃向かおうなんてのは無駄なことだと皆思っている。


「ほんと、気を付けろよ。特にお前は"奇色"なんだからな」


 友人の言葉が耳に痛くて顔を背けた。

 俺は豹の獣人だ。だが体毛は一般的な黄色に黒の斑模様ではなく、ほぼ黒一色だ。よく見ればうっすら斑もあるのだが一見では分からない。

 家族は皆普通の豹だった。俺のような、種本来の色とは違うものは稀に産まれてくるらしい。そういう獣人は"奇色"と呼ばれる。奇色の獣人は他の獣人と違い、魔法が扱えたり常の倍以上の怪力持ちだったりという特徴がある。

 俺も、本当なら魔法を使える。

 友人の説教がまだ続きそうなので背を向けた。一度話始めると、彼の話は長いのだ。


「……ああ、そうだ。女子どもが喜びそうなものってなんだ?」

「おまえ……、本当にどうした」


 そういえば、と思い尋ねたのだが、友人に本当に心配気な顔をされた。らしくないことをしようとしているのは自分でも分かっている。

 だが、このままでは後味が悪い。俺は猫ではないが、受けた恩はしっかり返す。そう、今胸に巣くっているこの気持ちはただそれだけなのだ。




彼視点でした。

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