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アルファポリスアプリにて投稿している作品をこちらにも載せてみます。

何かが皆さんの琴線に触れることになれば嬉しいです。


 麗らかな陽気の昼下がり。昼休憩の時間、私はいつもこの四阿(あずまや)で休んでいる。ここは学舎から程よく距離があり、背の高い木々が周囲にあるおかげで見つかりづらい。元は白亜色だっただろう柱や屋根には蔦が巻き付き年数を感じさせる。


 今日もいつもと同じように四阿で休んでいた。人間社会の貴族のご令嬢として人から見られる生活は息が詰まる。時々はこうして休まなくては身がもたない。心地よい風が頬をなぜるのを、目を閉じて感じる。


 ダッ───

 瞬間、一際強い風を感じて目を開けた。すると、ちょうど目の前に人が飛び込んで来たところだった。


「───!」


 視線が合い、お互いに目を見開く。驚いた拍子に相手はバランスを崩したらしい。勢いを殺せず、そのまま私の足下に転がり落ちた。

 その様をまじまじと凝視する。どこか傷めたのか、すらりと長い四肢を折り曲げて声にならない様子で悶えている。黒くぼさついた髪からは丸みを帯びた形の良い耳が二つ、ピンと覗いていた。


(獣人……?)


 飛び込んできたのは同じ学園に通う獣人族のようだった。彼らの学舎は別にあるはずなのだが、何故こんなところにいるのだろう。


「おい、どこに行った!」

「大人しく出てこい!」


 考えていたところに、彼の来た方向からいくつかの怒号が聞こえてきた。しかも、それらはだんだんとこちらに近付いてきている。


(今日は、私の憩いを邪魔するやつが多いわね……)


 ダンッと勢いよく足を打ち付ける。動こうとしていた足下の獣人がびくりと静止した。


「……大人しくしていなさい」


 小声で足下に話しかける。聞こえたのか片耳がぴくりと動き、怪訝な顔で見上げられた。

 そこで改めて相手の顔が見られた。精悍な顔付きで、存外整った配置をしている。特徴的なのは金色に輝く鋭い双眸だった。


「隠れても無駄だぞ!さっさと出てこい!」

「……何かしら」


 座ったまま、大声に返答した。ただ声を発しただけであったのに、その声は辺りによく通った。

 やはり、と思う。先ほどまで怒鳴っていた男たちは、同じ人の貴族の子息の同級生たちだった。

 生物は皆魔力を持つが、獣人はある特殊な一族を除いて一般的には魔法を使えない。人族の中にはそれを蔑む者がおり、特に序列社会の貴族には多い。彼らも恐らくそうなのだろう。

 彼らは私の姿を見て暫し呆然としていたが、すぐに我に返ったようで慌てて取り繕いだした。


「アウローラ嬢、このようなところで何をなさっているのです」

「私がどこで何をしようと、あなたたちに関係ないわ」


 ぴしゃりと言い返すと、彼らはぐ、と詰まった。

 彼らが私に強く言えないのも当然だった。私の家は人族の貴族の中でも最高位、公爵家だ。彼らは何よりも序列を重んじているのだ。


「……失礼しました。では、こちらに何か来ませんでしたか?」

「何かって、何かしら」

「……獣人です」


 そう、と気のない素振りをしつつ、わざと大きな動きで足を組んだ。ついでに足下の相手に睨みをきかせる。


(動こうとしたのはわかっているのよ。いいから諦めてじっとしていなさい)


 という気持ちを眼差しに込める。逃げ出そうと構えていた彼は私と目が合うと動きを止めた。

 

「何か黒いものなら凄い速度であちらの方へ行ったのを見たわ」

「……!そうですか、失礼しました。おい!行くぞ!」


 そう言い残して彼らは私が示した方向へと駆け去っていった。仮にも貴族の子息だというのに品がない。


「もう行ったわ。動いて良いわよ」


 彼らがいなくなったことを確認して、足下に話しかけた。

 もぞもぞと身動ぎしてからその場にすっくと立ち上がった彼は、思ったよりも背が高くて見上げる首が少し痛い。少し視線を下げると、白いシャツに赤黒い染みが付いているのが目に入った。


「あなた、怪我してるの」


 思わず伸ばした手を、半歩後ろに下がって避けられる。グルルルル、と彼の喉からこちらを警戒する音が漏れ聞こえてきた。

 顔を上げて彼と目を合わせる。よく見ると、黒い前髪に隠れて見えづらいが、額にも赤黒いものを擦った痕があるのにも気付いた。それに柳眉をしかめる。事情は分からないが、どうせ先ほどの彼らにちょっかいをかけられたのだろう。


「悪いようにはしないから、触らせなさい」


 そう言って無理に腕を伸ばして彼に触れた。シャツ越しに感じる彼の体は少し火照っているようで熱い。

 相変わらず警戒音が耳に入るが、無視して掌に魔力を込める。青白い光が掌から溢れ始めた。同時に彼の体がびくりと強張ったが、構わず力を込める。光はそのまま彼の全身に広がり、そして体にすっと溶け込んでいった。それを見届けて手を離す。


「どう?痛みは消えたかしら」


 自身の体を不思議そうに見下ろしている相手に確認のため声をかける。すると、ハッと我にかえったように瞳を大きく見開くと、突然自身のシャツを開いた。


「ちょっ……!」


 心構えが間に合わず顔が熱を持つ。それに気取られぬよう、すっと彼から視線を外した。

 彼は茫然と体を眺めた後、ぺたぺたと両手で体に触れていた。傷は浅かったのか、残っているようには見えないのを横目で確認する。


「なんで……」


「助けた……」と、後半はよく聞こえなかったが、続く言葉はこうだろう。

 だが、聞かれても困る。なので、正直なところを口にした。


「別に。特に意味なんてないわ」

「嘘をつくな!」


 あっさりとした私の答えが不満だったのか、顔をキッと上げて睨み付けられる。尻尾の毛が逆立ち、膨らんでいる。金色の瞳の奥には、警戒と怒りと、不安の光がちらついていた。

 その様子に以前庭に迷いこんできた野良猫を思い出した。あの子は出会ったばかりのころ、私の姿を見付けただけで毛を逆立てて威嚇してきていた。


(懐かしいわね……。あの子、元気にしているかしら)


 意識を別に飛ばしていると、「おい、本当のことを言え」と急かされた。

 そろそろ首が疲れてきたので、頬杖をついて彼を見上げる。もう彼らは去ったのに、私がしたことの理由がそんなに気になることだろうか。


「じゃあ、そうね……。私が猫派だから、かしら?」

「ね、こは……?」


 面倒になって適当に答える。まあ、嘘ではないし。

 それを聞いた彼はしばらく固まったあと、頭を抱えてその場に蹲った。「ねこは……?ねこはって猫派のことか?そんな?そんな理由で俺を助けたのか……?」などと、ぶつぶつ呟く様を見下ろす。彼の頭上では両耳が伏せられてぴくぴくと動いている。

 その様子を見ていると、私の右手がふいに疼いた。その衝動に導かれるまま、彼に手を伸ばす。


「…………!!」


 触れた黒い耳は短い毛がすべすべと滑らかで気持ちいい。手の中で微かに動くあたたかさに頬が緩む。久しぶりの感触に手が止まらない。彼の乱れていた髪にもすくように指を差し入れたところで、バッと手から離れていってしまった。


「なっ、なっ、なっ……!!!」


 奇声の先を見上げると、彼は片腕で顔を隠していた。しかし、それでは隠しきれないほど彼の顔は真っ赤に染まっていた。ぼんっと音がして、彼はそのまま私に背を向けて駆け去っていってしまった。


 伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。ようやくいつもの静寂な時間が戻ってきたのだが、なんとなく物寂しい気持ちになった。

 嘆息して立ち上がる。そろそろ午後の授業が始まる時間になる。いつも戻る時間よりも早いが、私は教室へと足を向けた。

 



 

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