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6 魔女と王子


 広場には常に誰かが見張りとして立っています。

 悪名高い、いばらの魔女がいるからです。

 手足に縄をかけ、大きな木の幹に縛りつけます。まわりには柵をこしらえ、そこにも縄を張り、おいそれと近づけないようにしてありました。

 それでも人々は、怖いものみたさにシスティーナの姿を見にきては、ひどい言葉を投げつけるのです。

 時々、土くれや石も飛んできますので、彼女の足もとは埋もれてしまっていました。

 顔も髪も服も、土ですっかりよごれていましたが、美しいみどり色の瞳だけは、そのままです。システィーナはその瞳を彷徨さまよわせ、目当ての人をさがしますが、姿を見せません。


 お忙しいのかしら。薬の作り方を、さいごにきちんと伝えておきたかったのに……。


 もっとも、魔女たる自分のいうことなど、聞いてはくれないかもしれません。

 会えないのであれば、書きつけだけでも残しておきたいともおもうのですが、手をしばられているのでそれもかないませんでした。

 薬が尽きてしまえば、病はまた広がってしまうかもしれません。

 そうすると、呪いがとけていないということで、ふたたび王子が国を滅ぼすとおもわれてしまうかもしれないのです。

 そんなことになっては駄目です。

 千年の呪いは自分が引き受けて、ここで消えるのです。

 王子はこれより先、幸せになるべきなのです。


 王子はシスティーナの友達でした。

 だいじなだいじな友達でした。


 今ならば、シェンナの気持ちがわかります。

 魔女はだいじな王さまを助けるために、みずからを差し出したのです。

 エセルを呪いから解放するために、わるい魔女として消える。

 すこしも怖いことではありません。どうせさいごの魔女なのです。

 エセルのために、千年の魔女としての役目を果たす。

 それが、今のシスティーナの願いでした。




 空が晴れわたり、風がそよぐなか、町に王子がやってきました。

 たくさんの兵士を率いて歩く姿は、国を救う勇者そのものです。

 町の人々は手を叩いてよろこびます。


「さあ、王子。早くあの魔女を退治してくださいませ」

「魔女を殺して我々を救ってくださいませ」


 王子は広場に案内され、その中央にある大木の下にしばられているむすめを見つけました。

 張り巡らされた柵の外側から観察します。

 年のころは自分とおなじぐらいでしょうか。足もとには土が盛りあがり、大小さまざまな石がたくさん落ちています。赤黒い血がこびりついているのを見て、顔をしかめました。


「むすめの姿を模していますが、なかなか本当の姿を現さないのです」

「魔女の髪はまっしろで、血のような瞳をしているはずなのに、あの魔女は金色の髪にみどりの瞳をしております」

「とても美しいむすめですが、あれは魔女が化けているのです」



 そのとき、誰かが投げた石が魔女の顔を打ちました。ごとりと転がった石には、今出たばかりの赤い血がついています。

 魔女が顔をあげました。

 ゆっくりとまばたきをした瞳は、あざやかなみどり色です。

 ずいぶんと痩せていました。

 たくさんたくさんよごれていました。

 こめかみから流れる一筋の血は、まるで魔女が泣いているように見えました。


 エセルグウェンはがくがくと震えました。

 そこにいたのは、ティーでした。

 背が伸びて、顔つきもすっかり女らしくなってはいますが、間違えるはずがありません。

 ふわふわと揺れるやわらかい金色の髪も、森の木々を映したような美しい瞳も。そのすべてがシスティーナそのものでした。

 唾をのんだエセルグウェンは、おそるおそる柵を越えて、一歩ずつ近づきます。

 背後からは、人々の歓声が聞こえました。


「魔女を殺せ」

「魔女め、思い知れ」


 殺せ! 殺せ!


 呪詛のように声が聞こえます。

 広場中にあつまった人たちが、いっせいに声をあげて叫びます。


 殺せ! 魔女を殺せ!


 兵士たちも叫びます。


 千年の呪いを断ち切る王子! 正しい心で魔女の呪いをはねのけた王子!

 国を救う我らが王子、今こそ千年の恨みを、我らにかわってはらしてください。

 魔女を殺して、我らをお救いください!


 王子、万歳!

 王子、万歳!



 エセルグウェンは、その場で叫びだしたくなるのを、なんとかこらえました。


 魔女を殺す? ぼくにティーを殺せというのか?


 そんなばかなはなしがあるでしょうか。

 魔女を殺して自由になって、そうして探しに行くはずだった女の子を、今ここで、自分の手で殺すだなんて。



  *



 なかば朦朧もうろうとしていたシスティーナは、顔を打った痛みで我にかえり、そうして誰かが近づいてくるのに気づきました。

 これまでは遠巻きに見るだけで、誰もこちらに来ようとはしなかったのに、いったいどうしたことでしょう。

 のろのろと顔をあげると、銀色にかがやく人がいました。

 腰に剣をたずさえた背の高い男が立っていました。晴れた日の空を映したような瞳は、おどろきに見開いています。


 ああ、エセル。エセルグウェン。わたしを殺す王子さま。


 ずっとずっと会いたかった人がそこにいました。

 システィーナは知らず笑顔になりました。すると王子は、顔をくしゃりと苦しげに歪めます。噛みしめたくちびるが動いて、システィーナの名前を形づくりました。


 とうとう知ってしまったのだと、システィーナは悟りました。

 ティーが魔女であることを、王子が知ったことを悟りました。

 そして同時に、王子が自分を覚えていてくれたことを知り、うれしくなりました。

 もうずっと前のことなのに、システィーナが忘れていないように、エセルグウェンも忘れていなかったのです。

 それだけでもうじゅうぶんでした。

 じゅうぶんに幸せでした。

 だからシスティーナは、広場中に聞こえるよう、大きく声をはりあげたのです。



「よくぞ来た、千年の呪いを背負いし王子よ。さあ、呪いを解きたくば、我を殺してみるがよい」

「……わたしにそなたを殺せと申すか」

「なにを迷う王子よ。このまま滅びを望むのならばそれもよいであろうが、それではそなたは死ぬまで呪われたままであろうぞ」


 立ち尽くすエセルグウェンに、人々は声をあげます。


「王子、呪いを解く王子。さあ、早く魔女を殺してくださいませ」

「その剣で一突きにして、魔女など串刺しておしまいなさい。王子ならば可能です」

「魔女の生き血は不老不死の妙薬というではないか。血をぜんぶしぼりとってみてはどうだろう」

「それはすばらしい。ならば、その肉はどうであろう」

「あの金色の髪は、整えればたいそう高く売れそうだ」

「宝石のような瞳も、そうであろうよ」

「わたしは細い指がほしい」

「すらりとした足もよい」

「ああ、王子。早く魔女を殺して我らに恵みをお与えください」

「魔女の生き血は一番に捧げましょう」



 エセルグウェンはついに、叫び声をあげるのを抑えることができなくなりました。

 荒れ狂うこころのまま、人々を斬りつけてしまいたくなりましたが、正しくあろうとするこころが、それをなんとか押しとどめます。

 けれど、正しいこころとは何なのでしょう。

 魔女とよばれるむすめを殺すことでしょうか。

 魔女の血肉をよこせと叫ぶ人々に賛同することなのでしょうか。


 わからなくて、王子はこぶしを握りしめます。

 魔女は王子にちいさくささやきます。


「王子、あなたの望むままになさればよいのです」

「望むままに?」

「憎い魔女を殺せば、この国に巣食う呪いは人々のこころから消えるでしょう。だから王子――」

「ちがう、ぼくの名前は王子じゃない」

「……エセルグウェン、あなたは魔女を殺した英雄になるのだわ」

「そんなものになりたくはない! ぼくの望みというのであれば、ぼくの望みはひとつだ。システィーナ、君と一緒にいることが、それだけがぼくにとっての幸せだ」


 動かない王子に、人々は焦れたように声をかけます。


「王子、我らの王子。魔女の甘言にまどわされないでください」

「魔女が口を開けぬよう、喉を焼いてしまえばよいのではないか」

「なにも見えぬよう、さきに目玉をくりぬいてしまえばよいかもしれぬ」


 そういいながらも人々は、柵のこちら側に入ろうとはしません。魔女に触れれば、呪われてしまうとおもっているからです。

 一人の男が狙いをさだめて石を放ります。

 石は魔女の頭上を越えて、大木の枝に当たりました。茂った葉がはらはらと舞い降ります。別の男も石を投げましたが、やはり大木の枝を揺らします。

 やがて風もないのに、枝葉がざわざわと音を立てはじめました。


「魔女の呪いだ! 魔女がいかり、天罰を起こそうとしてる!」

「なにをもたもたしているのだ、早く殺してしまえ」


 恐れた人々はいっせいに石を投げはじめました。

 石だけではなく、そのあたりに落ちている木の枝や鉄くずまでもが飛んでいきます。


「やめろ! やめてくれ!」


 王子の叫び声は、周囲の大声にまぎれて届きません。

 顔の横をかすめた大きな石が魔女の身体を打ったとき、たまらず傍に駆け寄りました。


「ティー!」

「……エセル、だいすきよ」

「そんなの、ぼくだっておんなじだ」


 王子と魔女は友達でした。

 だいじなだいじな友達でした。

 たいせつなたいせつな、誰よりも大切な、世界で一番大事な人でした。




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