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4 はやり病


「やれ、王子や。いかがなされたか」

「ただの散歩だ」

「さようでございましたか」


 そういってにたりと笑う老人は、王子が子どもの時分からちっともかわりません。あれこそが魔女ではないかと噂されるのも仕方のないことでしょうが、そうすると老人は「わしなぞはただのじじいだ」と、にたりと笑うのです。


「さて、王子や。なにがききたいのかね」

「……ききたいことなぞ、ありはしないさ」


 本当は、ずっときいてみたいことがありました。

 庭のことはなんでも知っている老人が、あの穴のことを知らないわけがないからです。

 黙ったままの王子に対して、老人は口の端をあげて笑います。


「ところで、この国の成り立ちは知っておいでかね」

「エルフェンバインは、よい魔女と王によってつくられたという話か。そうして千年の呪いをわるい魔女が振りまいた」

「それは正解であって正解ではない」

「どういう意味だ」

「魔女は魔女。よいもわるいもありはしない。魔女はいつもたったひとりだ」

「ならば、わるい魔女は悪魔ということか」


 どちらでも変わらない。呪いの元凶であることはおなじでしょう。


「ぼくは呪いに打ち勝ってみせる。そのために、ずっと励んでいるのだから」

「王子は魔女を憎いかね」

「もちろんだ。魔女の呪いさえなければ、ぼくはもっとうまくやれたんだ」

「魔女を殺しなさるか」

「それが必要なことならば」

「ならば、そうなさるがよい、王子や」


 老人がそんなことをいいだしたのは、町ではやり病が蔓延(まんえん)しているせいだろうと、王子はかんがえました。

 お城にもたくさんの声がとどきます。お医者の数が間に合わず、たくさんの人が亡くなっているのです。

 そうなると聞こえてくるのが、呪いのうわさです。

 千年の呪いではないかと、そんなふうにいう人が出てきます。

 王さまは、そんなわるい噂を止めるため、隣の国に助けを求めたり、よい薬をつくる人を探したり、手をつくしているのです。


 ぼくはなにができるだろう。

 エセルグウェンはかんがえます。

 国を守るため、なにをすればいいのかをかんがえました。



  □■□



 はやり病。

 それはかつて、魔女シェンナの時代に国に蔓延した病とおなじものでした。


 たくさんの人が死んで、人々のこころは荒れました。

 国を安定させるため、シェンナは人々のこころをあつめる「悪者」をつくりだしました。

 そこに力を貸したのが、魔女の友達です。

 わるい魔女と対立する存在として、誰かいたほうが安心できるとおもった王さまとシェンナは、彼女も仲間に引きいれました。

 けれどそれは、シェンナを森に封じこめるための、罠だったのです。

 魔女は国にたったひとりです。ひとりしかいられないのです。

 シェンナの友達は、自分がエルフェンバインの魔女になるために、シェンナのことが邪魔でした。

 こうしてシェンナをいばらの森に閉じこめた彼女は、よい魔女として人々の前に出て話をしました。千年の呪いの話を聞かせました。

 王さまとシェンナがこっそりと会っていることを知り、道をふさぎ、そうして王さまに告げたのです。


 ああ、王さま、エクトールさま。

 シェンナはすべてをせおい、森のなかで祈りをささげることを選びました。わたしに魔女の座をゆずり、すべてを託したのです。


 決して外から入ることができない森に、王さまは立ち入ることができません。

 抜け道のなくなった今、彼はシェンナに会うことができなくなりました。


 シェンナは王さまの友達でした。

 だいじなだいじな友達でした。


 哀しむ王さまに、よい魔女はささやきます。


 ああ、王さま、エクトールさま。

 あなたが望むのならば、あなたをシェンナの元へと送ってさしあげましょう。



 そうしてよい魔女は、王さまを殺してしまいます。

 シェンナは森のささやきでそのことを知り、なげき哀しみました。


 エクトール。

 あなたが命をして守ろうとしたこの国を、きっとわたしが守りましょう。

 だからどうか安らかに。



 グウェンタール・グウェントール

 あなたが幸せであらんことを――



  □■□



 システィーナは、町で薬師のはなしを聞きました。

 はやり病に効く薬をたくさんたくさん求めているというのです。

 幸いにもその薬は、魔女に伝わる薬のひとつでした。シェンナの時代よりもずっとむかしから伝わっている、万能の薬です。


 呪いの王子のせいではないかという話をきいたシスティーナは、エセルのために薬をつくることを決めました。

 だけど、どうすればこれが万能の薬だと信じてくれるでしょうか。

 システィーナが薬をつくることは、町のお医者は知っていますが、王さまが信じてくれるとはかぎりません。

 ひとまず万能の薬をつくったシスティーナは、お医者のところに薬をもっていきました。


「今日の薬は、いつもとはすこしちがうものです。いろいろな病に効くといわれている薬なのです」

「それは、はやり病にも効くものか」

「おそらくは」

「そんなものを、どうやって知ったのかね」

「わたしの家にむかしから伝わっている薬なのです」


 わらにもすがるおもいでつかった薬は、おどろくほどによく効きました。

 お医者の腕は評判となり、システィーナもたくさんの薬をつくりました。


「ありがとう、おじょうさん」


 そんなふうにいわれたのは初めてでしたので、システィーナはうれしくなりました。

 魔女であることはいやなことばかりでしたが、こんなふうにお礼をいわれることもある。

 魔女はかつて、そんなふうにして生きていたのでしょう。


 さいごになることを選んだシスティーナでしたが、はやり病がおさまるまでは、生きていたいとおもいました。

 いつおさまるかもわからないことだけれど、国中の病が落ちつくまでは、魔女として人々のために薬をつくるのです。

 それはきっと、エセルのためにもなることでしょう。




 お医者の家につとめる産婆はその日、システィーナのうしろ姿を追いかけました。

 さまざまな薬を調合し、そのどれもがまるで魔法のように効く。いったいどこから来てどこに住んでいるのか、さっぱりわからないとくれば、後をつけてみようとおもったのです。


 産婆はもうたいそう腰が曲がっていたものですから、背丈も低く、物陰ものかげに隠れてしまえば、よく目をこらしてみないと姿も見えません。

 システィーナは時折振りかえりはしましたが、誰かがつけているなどとはおもってもみませんでしたので、そのまま森の入口へと行きあたります。

 彼女が手を伸ばすと、からまったつるはするすると左右に割れ、びっしりと生えたとげは引っこんでしまいました。システィーナは気にするふうでもなくそのまま進みますと、通ったあとから蔓がしゅるしゅると伸びてきて、道はもとのとおりに閉じられました。

 そのさまをみていた産婆はおどろいて、システィーナが消えた場所へとむかいます。産婆が手を伸ばしてみたところで蔓は割れず、それどころか突き出した棘が節くれだった手のひらをひどく刺しました。


 面妖な術をつかい、森の中へと消えていった。

 それにこの森は、産婆のおばあさんがさらにおばあさんから聞いたという、あのわるい魔女が住む「いばらの森」なのです。



「たいへんだ。あのむすめは魔女だ。魔女がつくった薬をつかっていたのだ」


 産婆はあわててお医者の家へと駆け戻りました。

 お医者は、薬師のむすめが森に住む魔女だと知ってたいそうおどろきましたが、薬じたいはとてもよく効くものでしたので、どうしたものかと迷いました。

 ですが産婆は、声高にいいます。


 おそろしい。

 魔女が町へやってきたのは、ついに厄災を振りまきにきたのだ。

 ああ、おそろしい。

 魔女が出入りをすると知れたら、この家もおしまいだ。

 今日とりあげた赤子が息絶えてしまったのは、あの魔女のせいだ。

 わたしの腰がひどく痛むのも、魔女がわるさをしたにちがいあるまいよ。

 ああ、おそろしやおそろしや


 お医者をたずねてきた人々が、何事かと様子を見にきましたので、産婆はいっそうおおきな声でいったのです。


「魔女が出たのさ。あの得体のしれないむすめは魔女だったのさ! はやり病は魔女が呪ったせいだったんだよ」




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