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2 出会いの森


 王子はその日、お城のひろい庭を歩きまわっていました。

 わざとはぐれて心配させようとおもったわけではありませんが、自分がいなくなった時にまわりがいったいどうおもうのか、知りたかったというのもうそではありません。

 隠れて様子を見るだけのつもりでしたが、いつのまにか本当に迷ってしまいました。そうしているうちに彼は、木々のずっと奥深くにぽっかりと開いた穴を見つけます。それは先がまったく見えないぐらいにまっ暗で、手を入れたところからなにも見えなくなってしまうような穴でした。


 これはどこに通じているんだろう。

 こんなに暗いのだから、きっとずっと遠く長くつづいているにちがいない。


 すこしかんがえましたが、穴のなかに足を踏み入れました。

 今年で七つになる彼でも、這いつくばって進まなければ通ることができない狭い道です。


 おとなが通る道ではないな。森に住む獣かなにかが通る道にちがいない。


 目をこらしながら、そのまま進んでいきます。

 身体が痛くなってきたころ、進む先に光が見えはじめました。


 やっと出口だ。

 光の先に顔をだすと、そこは森の中でした。

 高くのびた木々の隙間から、ちらりと青空が見えます。もうずっとながく時間が経っているとおもっていましたが、そうではなかったようです。


 ここはどこなんだろう。

 王子はかんがえます。こんなにきれいな森は見たことがありませんでしたので、あの穴はべつの世界につながっている、ふしぎの入口かもしれないともかんがえました。

 そんなとき、草をふみしめる音がきこえて振りかえりました。

 そこにいたのは、女の子でした。

 キラキラひかる金色の髪をして、どんな草木よりもきれいなみどり色の瞳をしています。それは絵本で見た妖精そのものでした。

 それではきっとここは、よい魔女が住んでいたという森なのだろう。よい魔女はもういないけれど、妖精はまだ住んでいたのだ。



  *



 システィーナがその日、森の中にでかけたのはほんの偶然でした。

 いつもは行かない道をとおり、まだ行ったことのない場所へ足を向けたのも、とくになにをおもったわけでもなかったので、そんな場所に見知らぬ誰かがいるだなんて、夢にもおもいませんでした。


 誰だろう、あれ。

 空色の瞳をおおきくひらいて、こちらを見つめています。

 どこからきたのか、せっかくのきれいな銀糸の髪は土でよごれてしまっていました。ほっぺたにも土よごれがついているし、着ている服だっておんなじです。

 はたしてこれは、人間なのでしょうか。

 いばらの森は、魔女以外の人は通れません。

 魔女の血を引く者でなければ、いばらに刺されてしまうはずなのです。

 森の木々がささやきました。


 システィーナ、小さな魔女。彼は穴を通って外からやってきた。

 ああ、何百年ぶりだろう。穴を通ったお客さまだ。


 ざわざわと森が喜びました。

 風もないのにゆれる木々に、男の子は上を見あげます。そうしてつぎにこちらを見て、声をかけてきました。


「きみは誰? 妖精?」


 問われシスティーナは驚きました。

 魔女とよばれるならまだしも、妖精ですって?

 期待に満ちた目をした彼を、システィーナは気まずそうに受けとめます。


「ちがうわ。わたしは妖精じゃない」

「本当に? 絵本でみた妖精にそっくりなのに」

「そんなの知らないわ。妖精になんて会ったことないもの」


 いばらの森に住む精霊は、声を届けてはくれるけれど、人の形をとったことはありませんし、そんな話をきいたこともありません。それとも、むかしむかしの精霊は人の姿をしていたのでしょうか。


「じゃあ、君は誰?」

「わたしはシスティーナ。では、あなたは誰?」

「僕は……。エセルグウェンだよ」

「エセルグウェン、あなたはなにしにきたの?」

「なにも。ただ穴をみつけたから、入ってみただけなんだ」

「そう。なら仕方ないね」

「そうおもうの?」

「わたしだって、知らないところに行きたくなるもの」


 どこかちがう場所へつづく道があるのなら、それもいいとおもうのです。


「またここへきてもいいだろうか」

「かまわないわ。森が喜んでいるし」


 そう答えると、エセルグウェンもうれしそうにわらいました。システィーナは彼の近くに寄り、よごれてしまった服をはらいます。


「泉で顔をあらいましょう。髪もぐちゃぐちゃだわ」



  □■□



 草をかきわけて、ぽっかりとひろがった穴に身体を滑りこませます。もうだいぶきつくなって、奥へ進んでいくのもむずかしくなってきましたが、彼はそれでも穴の先へ向かうのをやめることができませんでした。

 最初の頃は、永遠につづいているかのようにおもえた道筋も、いまではほんのすこしの時間におもえます。それはたぶん、穴の先にはシスティーナがいることを知っているからなのでしょう。


 森に住んでいる少女、システィーナ。あの少女と出会ってから、エセルグウェンは毎日がたのしくなりました。

 おいしいものを食べたとき、おもしろい本をよんだとき、ぜんぶシスティーナに教えようとおもいました。呪いの王子とよばれる自分に初めてできた、友達です。だいじなだいじな友達です。

 システィーナのことをかんがえると、胸がわくわくしました。

 まわりに見張られる日々も、システィーナのことをおもうとがまんできるのです。

 毎日脱け出すことは困難なので、森で会うのは三日おきです。次の約束をして別れます。

 そうすると、もう次が楽しみになります。

 たくさんの楽しいことをみつけておいて、そうしてまた森であってはなしをするのです。


 システィーナと一緒にいると、森の中でもちっとも怖くありません。

 食べられるものを見つけて、そのままで食べたり、一緒に料理をしたりもします。

 城でつくられたおいしいお菓子をおみやげにもっていくと、システィーナはとても喜んでくれました。

 おいしいお菓子は、一緒に食べるとさらにおいしくおもえました。


 王子はエセルグウェンという名前があまり好きではありませんでしたが、少女に名前をよばれるのはとてもうれしいことでした。

 この国では誰もよばない名前を、システィーナだけがよんでくれました。

 それはとても特別なことでした。

 呪われた名前も、呪われた自分も、いばらの魔女のことも、システィーナといるときは忘れられたのです。


 呪いのことを忘れられたのは、システィーナもおなじでした。

 はるかむかしの魔女シェンナのことも、王さまを殺したたよい魔女のことも、わるい魔女でありつづけることをえらんだ魔女たちのことも、自分がいばらの最後の魔女であることも、ぜんぶどこかに追いやって、システィーナはただのシスティーナである時間を楽しみました。

 エセルグウェンに出会ったことで、システィーナは森の外へ出ることが怖くなくなりました。

 彼のためになにかをすることは、とてもたのしくうれしいことでした。そのために、外の町で買い物をするときも、ビクビクすることがなくなりました。

 エセルグウェンはシスティーナの友達でした。

 だいじなだいじな友達でした。



 こんにちは、エセル


 こんにちは、ティー



 いつしかふたりは、そんなふうにお互いをよぶようになりました。

 おなじぐらいの高さだった背も、いまではエセルグウェンのほうが上になってしまいました。システィーナが届かない場所にある木の実や果実を、エセルグウェンが取って渡してくれるぐらいになりました。

 はじめてみたときは汚れていた銀色の髪は、木漏れ日に光ってとてもきれいにかがやきます。さらさらとして、とてもきれいです。自分のうねった髪とはぜんぜんちがいます。

 それをいうと、エセルグウェンはかぶりをふってこたえました。


「ティーのふわふわした髪は、やわらかくて、とってもきれいじゃないか」

「ぜったいにエセルの方がきれいだわ。取りかえっこしたいぐらいよ」

「だめだよ。ぼくはいまのティーがいいんだ」

「こういうの、ないものねだりというんだわ」

「ちがいない。人はいつも欲深いんだ」


 木の実のケーキを分け合いながら、ふたりはお茶をのみました。



 こんなふうにずっといられたら、どんなにすばらしいことだろう。


 呪いの王子は胸のなかでつぶやきます。


 こんなふうにずっといられたら、どんなにすばらしいことでしょう。


 いばらの魔女も胸のなかでつぶやきます。


 国を滅ぼすというのならば、みずから滅んで消えてしまいたいとねがった王子と、呪いを終わらせるために、さいごの魔女になることをねがった魔女は、同じ場所で同じものを食べて同じものを飲み、そうして同じ景色の中で、同じことを願っていました。


 どうかすこしでも、この時間が長くつづきますように。




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