8.王女と五人の異世界人
やっと異世界です。
「こ、ここは……」
翔琉は目を覚ますと辺りを見回す。
そこは先ほどまでいた図書館ではなかった。
どこかの倉庫だろうか。
石畳ではあるが、鬱蒼とした雰囲気がある。
一緒にいた芹菜はまだ目覚めていなかった。
芹菜の姿を見て安堵し、翔琉は冷静に今までの事を思い返していた。
召喚陣の文様が描かれた本。
突如、放たれた光。
そして今、足元には召喚陣が敷かれている。
「(うん、これはあれですね。異世界召喚ですね)」
もしこれが素人参加型のドッキリ番組だったらと思うが、そんな採算度外視な企画は通らないはずだ。
だとすると、ここは異世界。
先ほどの芹菜との会話からセレナーデ王国。
その城の地下室の部屋といったところか。
「う、んぅ……」
「おっ、気付いたか」
まるで少女のようなあどけなさと無防備さに翔琉に電流が走る。
しかし、それを隠すのは慣れたもの。
至って、冷静に対処してみせる。
「こ、ここは……もしかして王城の!」
「どうやら異世界召喚されたらしい」
翔琉の言葉に芹菜は喜びを露わにする。
だが、この場に翔琉がいるのを見て険しい顔になった。
巻き込んでしまったという申し訳なさがあるのだろう。
「あの、ごめんなさい……」
「あぁ、別に構わないよ。異世界には興味あったし」
「それでも巻き込んでしまいました」
「じゃあ、魔王を倒して元に戻ったら、僕を王様にしてよ」
あまり責任を感じさせないようにと出た軽口であった。
翔琉は笑いながら、芹菜を見る。
芹菜は顔を真っ赤にして俯いていた。
慣れないことは言うものじゃない。
翔琉はそのことを身に染みて理解していた。
「あっ! また光が!」
「今度はなんだ?!」
気まずさがあったので、丁度良いタイミングではあった。
だが、召喚陣に光が灯る光景は不安を掻き立てる。
翔琉は芹菜を抱き寄せ、召喚陣の外側に移動した。
すると、光の中から見慣れた制服を着た人間が現れる。
恐らく翔琉達の学校の生徒だ。
あの時、近くにいた生徒が巻き込まれたのかもしれない。
光が弱まると一人の生徒が立ち上がり、奇声を発していた。
「アイ シャル リターン!」
「恭子~、それ言うならアイルビーバックでしょ」
「どっちも違いますよ」
「おめぇら、もっと緊張感持てよ」
見た目が金髪な不良である信治が一番まともであるという事実。
恭子は相変わらずの変人ぶりであるが、晴香や由美はそれに慣れつつある。
「ん? むほぉ~! 駿河君! 手塚君! その姿勢のままキープ!!」
恭子は翔琉と芹菜が抱き合っているのを発見し、おもむろに携帯を取り出した。
パシャシャシャシャシャシャシャシャ。
聞き慣れない連射音と荒い息遣いが響いていた。
撮られている翔琉と芹菜は呆気に取られている。
「あの灰原さん! 人には肖像権というものがありまして」
「委員長。こういうときは、こう!」
「ぐべっ!」
晴香の腕が恭子の首を圧迫する。
上手くキマったのか、恭子は静かに意識を手放した。
「えげつねぇな」
「長い付き合いになると、どうしても必要になるし~」
「あの、離してあげてください」
晴香のキマっていた腕がゆっくりとほどかれる。
恭子の表情はとても幸せそうだった。
「えっと、あなたたちは?」
ひと段落ついたところで、翔琉は四人に尋ねていた。
制服から同じ学校の生徒だとは思うが、確認は必要だった。
「あ~しは 成宮 晴香。で、こっちで倒れてるのが 灰原 恭子。あとは委員長に金髪君」
「えっとご紹介に預かりました委員長こと 平林 由美です」
「適当に紹介されました 真田 信治です」
「ご丁寧にありがとうございます。僕は 駿河 翔琉です」
「僕は 手塚 芹菜です」
芹菜がどっちの名前を言うのかが気になったが、元の世界の名前を名乗った。
この部屋を見ただけで異世界だという確証がなかったからだろう。
「ってか、同じクラスの奴に自己紹介って今更だな」
「でも、駿河君はあまり学校に来ていなかったから必要だったと思います」
「ぐふっ……なんかすいません」
翔琉が居た堪れない気分になっていると、たくさんの足音が聞こえてくる。
外の住人も異常事態に気付いたようだ。
「鬼が出るか蛇が出るかってか」
「鬼ならマジで笑ってくれそう~」
「ちょっと上手いこと言わないでください」
「出来るだけ穏便にいきましょう」
「僕が話を通しますから!」
ガチャ。
重そうな扉がゆっくり開かれる。
そこには全身を鎧に包まれた男達。
騎士と呼ばれる者達がいた。
その中でリーダーらしき人物が口火を切る。
「お前たち! 一体何者だ! どこから入った!?」
気迫に飲まれそうになる五人(うち一人は気絶)。
だが、一人だけ。
そう、一人だけは気圧されることはなかった。
誰何する騎士の目の前に立ち、悠然とした態度で答えた。
「私はセレナーデ王国 第一王女ルーセリナ・セレナーデと申します」
「お、王女様? 本当に王女様なのですか?!」
周りの騎士達は口々に王女様と声に出している。
中には涙を流している者までいた。
「お父様はいらっしゃいますか? お目通りをお願いしたいのですが」
「はっ! かしこまりました!」
胸に手を当て、礼をするとリーダーらしき騎士は部屋の外へと出て行った。
残った騎士達は翔琉達に訝しげな目を向けていたが、どことなく優しいものに変わっていた。
「んほぉ~異世界召喚で無双チートキタコレー!!」
「灰原さん、目が覚めたんですね」
「どおりで堂に入った自己紹介だったわけだ」
「まぁ、詳しくは後で聞かせて貰えるんでしょ~」
四人は決して慌てることなく、冷静に事実を受け止めていた。
一人はものすごく興奮した様子であったが。
実際に本で見慣れない世界に飛ばされれば、それ以上に驚くことはないようだ。
召喚のインパクトが強いせいで、異世界の王女が近くにいても、そういうものだと思ってしまっているようだ。
今後、魔王だ。魔法だ。などと言われても、特に狼狽えることなく受け止めるだろう。
翔琉達のびっくりセンサーは既に狂ってしまっているのだ。
「勿論、させていただきます。ぼ、私の方から皆様には絶対に手出しはしないように言い聞かせますので、安心してください」
「異世界のリアル王女様と冴えない男子生徒の恋愛劇とかマジ飯ウマ!!」
「あはは、よろしくお願いします手塚く……王女様」
「こういうのは他人行儀なのよろしくないっしょ~。ねぇセリナ~」
「特に変える必要なんてないだろ、面倒だしな」
「皆様、本当にありがとうございます」
特別扱いされるよりも普通に接してくれる方が芹菜には有難かった。
これから先、芹菜は色んな人達に愛されるだろう。
そうなったら、翔琉はお役御免だ。
ドクッ。
翔琉の心臓が脈打つ。
そうだ、今まで信じてもらえなかったことが信じて貰えるのだ。
ということは、現実世界で翔琉のやったことは意味がなかったのではないか。
ドクッ。ドクッ。
またいらない存在になるのか。
ただ生きていくだけの人間になるのか。
ダメだ、笑顔でいないと。
こんな卑しい自分を芹菜に見せるわけにはいかない。
「移動致します。私の後に付いて来てください」
戻ってきた騎士に続いて、六人は移動を開始した。
そのうち一人だけ足取りが重いように見えた。
ここから少しずつ雲行きが怪しくなっていきます。