3.春の予感
ヒロインの登場。
「(これはテンプレか。そうだな、そうに違いない)」
翔琉は自分の教室がどこだったのかを思い出しながら、歩いていた。
そして、見つけた教室。
そこには先ほど言い争っていた金髪と小太り、そして委員長の姿があった。
「(他人に興味がないにしても、いい加減過ぎだな僕)」
あまり登校出来ていないとは言え、二回くらいは登校している。
今日を入れれば三回目か。
……それなら、仕方がない。
翔琉は自分のいい加減さを許した。
教室に入ると、一瞬空気が止まり、また動き出す。
見慣れない生徒に挨拶をする奇特な人間はどうやらいなかったようだ。
むしろ、話し掛けられて困ってしまう翔琉にとって、この状況は有難かった。
「おぉ~し、出席取るぞ~」
翔琉が席に着いたと同時に冴えない中年のおじさんが教室に入ってきた。
出席簿で肩を叩きながら、のろのろと教卓までやってくる。
くたびれたスーツ。
ぼさぼさの髪。
剃り残しが目立つ無精ひげ。
今は若さでどうにかなっている翔琉だが、遠くない未来の自分を見ているようだ。
清潔感って大事だな、そんな当たり前なことを再認識していた。
「駿河~。駿河~」
「あっ、はい……」
いつの間にか自分の名前が呼ばれていた。
中年のおじさんは返事が返ってきたのが意外だったのか。
少し驚きつつも、悟られないように出席を取っていた。
「(とりあえずやることやったし、寝よ)」
翔琉は机に突っ伏すと、寝る姿勢を取る。
睡眠不足というよりは周りとの接触をシャットダウンするのが目的だ。
これでイヤホンでも付ければ完璧なのだが、生憎と持ってない。
教室の喧騒をBGMに翔琉はそっと意識を手放した。
――――――
一人の生徒が教室に入ると一瞬時間が止まった。
彼は挨拶のあの字も口にすることはなかった。
そして、彼に対して誰も挨拶をしなかった。
「(話し掛けるチャンスだったのに……)」
まず、彼が自分のクラスだったこと。
そして、いつも空いている席が彼の席だったこと。
その事実に驚き、声を掛けるタイミングを失った。
灯台下暗し。
近すぎて気付かないことの例え。
それがこんなにも当てはまることがあるなど、全く思ってもみなかった。
恐らく、彼は僕のことなど覚えてはいない。
僕の一方的なものでしかない。
入学式の日。
僕は彼と出会った。
僕は新しい環境に胸を躍らせていた。
満開の桜。
それを見ている人たちは一様にその瞳を輝かせていた。
そんな中、一人の生徒が僕の隣から桜を見ていた。
ここにいる皆と同じように期待と不安に満ちた表情をしているのだろう。
そう思って、僕は隣の生徒の顔を見た。
「(えっ)」
僕は思わず声が出そうになった。
その目には何も映っていなかったからだ。
期待や不安。
そんな甘いものは彼の瞳の中にはなかった。
その目が映していたものを言葉にするなら、そう、きっとこれだ。
諦観。
多分、この言葉が一番合っている。
同い年であるはずなのに、隠居した老人のような目をしている彼。
彼は一体何者なのだろう。
聞きたかった。
何を考えているのか。
何故、そんな目をしているのか。
「面倒だな……帰ろう」
誰に聞かせるわけでもないボリュームで彼は言った。
目の前の桜を見て、どうしてその言葉が出たのか。
僕には理解出来なかった。
そして、言葉通り彼は校門から外へと出て行った。
僕は結局、一言も声を発することが出来なかった。
それから数日経っても、学校で彼の姿を見かけることはなかった。
もう彼と出会うことはないのかもしれない。
諦めかけていた毎日を過ごしていた時、彼は姿を現す。
そして今日、この教室で僕は彼に話し掛ける。
僕の疑問を解決する為に。
彼が起きた時がその時だ。
僕はそう心に決めていた。
――――――
キーンコーンカーンコーン。
授業終了のチャイムが鳴る。
だいぶ眠気が取れたな。
軽く伸びをしながら、時計を見る。
正午を回っていた。
「(そりゃ、眠気が取れるはずだ)」
コンスタントなノリつっこみをこなしながら、翔琉は席を立つ。
寝ていてもお腹は空いているようだ。
「あ、あの」
近くで誰かの声がする。
しかし、それは翔琉に向けたものではない。
目の前の人が手を振っていて、手を振り返したら後ろに人がいた。
そんな恥ずかしかった経験から、たとえ真正面から声を掛けられても反応するわけにはいかない。
悲しい経験から悲しい習性が生まれていた。
「あの!」
その声と同時に翔琉の腕が握られた。
ここまでくると、さすがに人違いではないだろう。
しかし、理由が見当たらない。
まさか美人局?!
道理で可愛い声だと思ったぜ。
そんな声で呼ばれたら、誰だって勘違いしてしまうだろう。
ヤンキーに足を掛けられる転校生のようなテンプレなのか。
幼気な男子生徒で資金集めとはやりおる。
ここはガツンと言ってやらねば。
「え、えっと。にゃにか?」
はい、ドモった上に噛みました。
ごめんなさい、無理でした。
大体、女の子に話し掛けられて平然となんて出来ませんって。
「とりあえず、こっちを向いてください」
そう言われて気付いた。
相手の顔どころか姿すら視界に納めてはいなかった。
その言葉通り、翔琉は腕を掴む相手を見る。
美少女だった。
ビショウジョ!? ビショウジョ、ナンデ!?
「やっと会えました」
その表情にドキッとする。
もしかしたら、これが春というものなのか。
唐突な甘い季節に翔琉は感謝していた。
「そりゃ、よかった」
短い言葉で動揺を隠しながら、相手の全身を盗み見る。
背はかなり低い。
150センチあるかないか。
身体の凹凸はほとんどないようが、それは将来に期待しよう。
ズボンのせいで生足が見えない。
ちくしょう、邪魔だズボン!
ズボン?
美少女は何故か男子の制服を着ていた。
ヒロインは男の娘。
人を選びそうですが、私は好きです。