20.冒険者ギルド
やっと定番の冒険者に。
「困った困った」
例の如く翔琉は困っていた。
それもこれも翔琉の浅慮さ故なのだが、それを指摘できる者はここにはいない。
翔琉君は絶賛ボッチ中なのである。
「こんなことなら、さっきの冒険者にお願いするんだった......」
翔琉は洞窟から見えた街にまで辿り着いた。
しかし、その街の入り口には関所が設けられていたのである。
身分を証明するものを全く持っていない。
それどころか、自分のことすら録にわかっていない。
有り体に言うと怪しい。
怪しすぎて、牢屋直送コースだ。
「もし街に入れたらギルドにでも入って身分の確保だな」
翔琉は今後の目標をしっかりと口に出す。
そうすることで行き当たりばったりの展開に終止符を打つのだ、と言い聞かせるように。
「ん? これは......」
馬の蹄の音が聞こえる。
翔琉は音のする方に目をやると、一台の荷馬車が走っていた。
進行方向を考えると、街に入るのは間違いない。
翔琉はタイミングを見計らって荷馬車に乗り込んだ。
なんとかなるだろう。
軽い気持ちだった。
「なんとかなるもんだなぁ」
翔琉は見事に街に侵入した。
関所にいた騎士達のずさんな検問のお陰である。
どこの世界もお役所仕事は適当なのだ。
「どこの世界もって、俺は何言ってるんだか」
翔琉には残念ながら、この違和感は払拭できない。
異世界から召喚されたことを覚えていないからだ。
だが、不意に出る自分の言葉から自分がこの世界の人間ではないのではないかと感じていた。
実際、異世界から召喚されているのだから当然である。
翔琉は首を傾げるが、答えが出ないので考えるのをやめた。
「そんなことより、冒険者ギルドだ。身分証くらい持っとかないとポイントカードすら作れないからな」
発言の意味はわからない。
だが、それでいい。
いや、それがいい。
翔琉はそれっぽい建物に向かった。
翔琉の中の知識は本人が意図しなくても発揮されるのである。
ガランガラン。
西部劇に出てきそうな扉を押すと、来客を告げる音が鳴った。
テーブルやバーでお酒を飲んでいた屈強な男達が一斉に入ってきた男を見る。
黒。
全身が黒い少年だった。
身綺麗な格好をしているから、どこかの貴族か。
修道服のような服を来ているから、僧侶かもしれない。
回復魔法を使えるのならば、冒険者としてもやっていける。
男達はそう納得していた。
「あのぉ、冒険者登録をしたいんですけど」
少年は受付嬢に話しかける。
「どなたからの紹介になりますか?」
「えっ? 紹介?」
受付嬢は困った表情を浮かべたていた。
「冒険者ギルドに登録するためにはBランク以上の冒険者からの紹介が必要になるんです。もちろん中には登録証だけが必要な方もいますから、戦闘力だけでなく人との関係が大事になるのですが」
「なるほど、身の保証をしてくれる人が必要なんですね」
少年には初耳だったようだが、そのシステムの意図は理解出来たようだ。
受付嬢は少年の評価を上げた。
「ステータスに自信があれば、ここにいる方と腕試しをすることも出来ます。そうすればBランク以上の冒険者、親に紹介してもらえるはずですよ」
「いやぁ、お恥ずかしながらステータスには自信がなくてですね。剣も魔法もからっきしなんですよ」
「えっと、その格好で、ですか」
受付嬢だけでなく、酒場でたむろしている冒険者達も驚いた。
僧侶の格好から回復魔法の使い手だと思っていたからだ。
それが何も出来ないと言うのだ。
少年に対する興味は既になく、受付嬢も評価を下げた。
そう考えると、少年が世間知らずというよりも冒険者を舐めていると思われるのも無理からぬことであった。
ガタン。
椅子から立ち上がった男が少年に詰め寄っていた。
「おい、てめぇ。調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「別に調子になんて乗っていませんが」
「身綺麗な格好でやってきて、紹介もねぇ。力もねぇ。それで冒険者になろうなんて片腹痛いぜ」
「そうですね。確かに無知が過ぎました。今回は諦めることにします」
そう言って帰ろうとする少年を男が止める。
「今回じゃねぇ、今後ここには来るな」
少年が振り返る。
その目を見て冒険者達は怯んだ。
人が人に向ける視線ではなかったからだ。
「それは困ります」
「じゃあ、腕っぷしで掴んでみろってんだ。それが冒険者だろう」
男が拳を構える。
少年も諦めたように相対した。
だが、少年は自然体のまま構えない。
「おい、とっとと構えねぇか」
「その必要はありません」
「そうかい、後悔すんなよ!」
男は少年に近づき、その拳で顔を殴る。
完璧に決まったパンチだったが、少年は口から血を流しているだけで全く怯んでいなかった。
「っ! ぐわああああああああああああ!! ゆ、ゆびがああああああああああああああああああああ!!!!」
逆に男は殴った拳を手で押さえ、叫んでいる。
男の小指の先がなくなっていた。
「えっと、もう帰っていいですか」
まるで、つまらないものを見たかのような冷めた言葉だった。
その言葉を聞いて冒険者達は少年の異常さを垣間見た気がした。
ガランガラン。
そこに一人の男が店に入ってきた。
酒場にたむろしていた冒険者とは明らかに異質の空気。
きっと彼からすれば、この場にいる冒険者は取るに足らない存在だろう。
それは目の前の少年に対しても同じなはずだ。
「すまんな、少年。うちの者が迷惑を掛けたようだ」
「いえ、冒険者なのですから多少血の気が多いのはむしろ喜ばしいことだと思います」
「そう言ってくれると有り難い。だが、迷惑を掛けたのも事実。ここはこれで治めてくれ」
男は少年に金貨を一枚握らせた。
「わかりました。有り難く頂きます。では、私はこれで」
少年は酒場を後にした。
屈強な男に冒険者達が集まる。
「バッカスさん! いいんですか! あんな大金......」
「それにこっちは怪我をさせられたんですよ」
バッカスと呼ばれた男がどうやらここでたむろしていた冒険者の親らしい。
それは彼がBランク以上の冒険者であることを示す。
「お前達にはわからなかったのか?」
バッカスは問う。
だが、それに答えたのは一人だけだった。
「あ、あいつ。普通じゃねぇ。俺の指を......食いやがった」
未だ立ち上がれない男はバッカスに言った。
その言葉にバッカスは頷く。
「あれは人ではない。獣だ。敵に回せば食い殺される。その手切れ金が金貨一枚なら安いものだ」
バッカスが冗談を言う人間でないことはこの場にいる誰もが知っている。
男に治癒のポーションを渡すバッカスに、聞かずにはいられなかった。
「でも、バッカスさんなら簡単に倒せるんですよね?」
バッカスはその言葉に振り返らずに答えた。
「無傷では済むまい。あれは命が尽きるまで向かってくるだろう」
バッカスの言葉に冒険者は息を飲む。
Aランクに到達したバッカスに傷をつけられる人間などこの場にはいない。
それだけで少年に対する評価は否応なく上がった。
同時にバッカスを親とする冒険者達にルールが追加された。
黒い少年には手を出さないこと。
後にこのルールは国を上げて守られることになるのだが、それはまだ先の話であった。
冒険者になれませんでした。