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2.男の名は

主人公の登場です。

「本日のお勤め終了~」


 その言葉と共にキーボードを叩いていた音が止んだ。

 椅子を引き、両手を上げて、軽く伸びをする。

 男は今しがた仕事を終えたようだった。


「くぅ~と言っても、所詮はマネーゲームなんだけどね……」


 男は悪態にも似た溜息を吐く。

 その様子は何度も言い慣れた言葉のように口から洩れ出ていた。


 この男の名前は 駿河するが 翔琉かける

 今年から高校生になったにしては随分と若さが感じられない少年である。

 日本人の平均身長に届かない168センチメートル。

 体重は献血が出来ない48キログラム。

 その痩躯からは残念ながら不健康さを禁じ得ない。


「……久しぶりに学校に行くか」


 やることもなくなった翔琉は制服に手を掛ける。

 まだまだ真新しい制服は翔琉の心を憂鬱にさせていた。


 あと三年近くこんな生活をするのか、と。

 変わらない日常に退屈しながらも、変化を求めない。

 そんな矛盾に辟易としながらも、それでいいと感じている。

 

 窓から差し込む陽光は眩しい。

 小鳥たちはまるで祝福するかのように囀っている。

 

 翔琉の心は憂鬱だった。





 学校は毅然とした佇まいでそこにある。

 徒歩で通学が出来る、翔琉はその一点のみでこの高校を選んだ。

 そして、その判断が間違いじゃなかったことを痛感していた。


 桜はすでに散り始め、清掃員が花びらを集めている。

 集めては散る花びらに何を思うのか。

 それは多分、今の翔琉と似たような心境だろうと勝手に想像していた。


「おはよう~」

「おはよ~、昨日のドラマ見た?」

「見た見た~、あの俳優さんやっぱり格好いいよね~」


 朝の挨拶を交わした女子生徒が楽しそうに校舎へと向かって行く。

 目の前で人生を謳歌している女子生徒。

 いや、女子に限らず生徒達は楽しげに校舎へと向かっていた。


「おはよう……ね」


 朝の挨拶を口にして、翔琉は考えていた。

 自分は一体いつから人と関わらずに生きているのだろう、と。

 そういうのを世間では何と言うのだったか。

 たしか、縛りプレイというやつだ。


 翔琉は自分が亀甲縛りや駿河問いされている姿を想像する。

 憂鬱さが更に増した。

 駿河の駿河問い。

 意図せずだじゃれのようになってしまい、憂鬱さは殊更に増した。


「早く行って、惰眠を貪りましょう」


 翔琉は己を鼓舞し、校舎へと歩き出した。


「おい、待てよ! こら!」


 歩き出した。


「ひぃ~、やめてください。勘弁してください」


 出した。


「ここは目立つから、こっちにこい!」

「ひぃ~」


 見てはいけないと思いつつも、声のする方向へ顔を向ける。

 校舎から少し離れた場所で二人の男子生徒が言い争っていた。

 金髪オールバックの三白眼の不良と小太りでステレオタイプのオタク。

 金髪が小太りの首根っこを掴んで、人気のない場所へと引きずって行く。


 野次馬心で二人の後を追ってみる。

 これはあれですね。

 “きょうかつ”言うやつですね。

 スライスされた牛肉にパン粉で衣をつけ、油で揚げる。

 カラっと揚がった衣に、牛肉の旨味である肉汁がぶわ~っと口の中に広がる。



 ……



 それは“ぎゅうかつ”!



 はっ、いかんいかん。

 生まれて初めて見る恐喝にテンションが上がってしまった。

 これで小太りを助ければ、攻略対象に……。


「(とっとと教室へ行こう)」


 同性愛で色物とかハードル高過ぎであった。

 せめて、男の娘とかイケメンじゃないとまだ無理だよ。

 というか、最初は女の子だよ。

 なに分析してるんだ、僕は。


 翔琉はノンケだった。


「てめぇ、あのことバラしやがったな! 絶対に他言するなと念を押していたはずだったよな! あぁ!!」

「そ、それはファンシーショップでのこと? 別に恥ずかしがる趣味じゃないと思うんだけど……」

「それを決めるのは、てめぇじゃねぇ! 俺は言うなと言ったんだ、よっ!!」


 金髪の拳が小太りの腹に入る。

 ぐべぇっと汚い音が小太りの口から洩れる。

 まるで豚のような鳴き声だ、などとは一切思ってない。

 小太りはお腹に手を当て、その場にうずくまる。


「うぅ……酷いよ、いきなり殴るなんて……」

「一言謝れば、許してやる」

「これ上げますから! 許してください!」


 そう言って小太りは鞄からファンシーなぬいぐるみを取り出した。

 そのぬいぐるみを盾にしながら、金髪へと差し出す。


「う、うさちゃん……」


 金髪は一瞬狼狽えながらも、差し出されたうさぎのぬいぐるみを受け取った。

 そして、ハッと正気に戻り、ぷるぷると震えだす。


「てめぇは俺が言いたいことを何もわかってねぇ……」

「ひぃ! もう殴らないで!」

「体に直接教えてやるよ!!」

「待ってください!」


 争いを止めようとする声が響く。

 勿論、その声の主は……翔琉、なわけがない。

 二人は声の主に振り向き、その正体を口にしていた。


「「委員長」」


 そう呼ばれた少女はショートボブで可愛らしい女子生徒だった。

 委員長と呼ばれる強そうなイメージは一切なく、背も低めであった。


「あの、なにがあったのかはわかりませんが……暴力はいけないと思います!」


 精一杯、声が震えないようにしながら委員長は言った。

 どこか守りたくなるような存在に、興奮していた金髪は少しずつ冷静になる。


「ちっ、くそが……」

「た、たしゅかった……」


 小太りはその場にへたりこむ。


「良かった……それよりHRが始まりますので、早くいきま」


 しょう、と言いかけて委員長が何かに気付いた。

 それはこの場にはあまりにも不釣り合いなもの。

 金髪が持っている……うさぎのぬいぐるみであった。


「あの、そのぬいぐるみは?」

「っ! やる!」

「えっ、あっ……はい? ありがとうございます?」


 咄嗟に差し出されたうさぎのぬいぐるみを受け取ってしまう委員長。

 ぬいぐるみを渡した金髪はそれ以上、追及されることのないように急ぎ足で校舎へと向かった。

 その後ろに困惑した委員長と小太りが続く。


「(あまり学校に来てなかったけど、面白いものが見られて良かった)」


 小並感を抱きながら、翔琉は自分の教室へと向かった。

 これからもっと面白いことが起きれば良いな。

 そんな期待に胸を膨らませる。

 そして、その期待は思いの外早く叶うことになるのだった。

1話で2000~3000字くらいの文字量です。

後半はもっと増えるかもしれません。

更新は週1回程度になります。

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