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夜間訓練 1

 夜の国道は車通りも疎らで、街灯が等間隔にポツポツとオレンジ色の光溜まりを作っているだけだった。


 突然バスに乗せられどこに連れていかれたのかと思えば県の端っこ、警察学校から真反対の市に放り出され、一ニ○キロ徒歩で帰ってこいなどとのたまうのである。


 渡されたのは懐中電灯と三日分のレーションと水のみ。あとは五人小隊毎に緊急用の携帯電話一台。


 頭がおかしいとしか思えない。これには他の見習生たちも閉口していた。


 それでもやらねば終わらないのだから、やらなくてはならない。


 カズキの小隊は教官の計らいか、公平と同じ隊だった。それから、何より重要なのは、柊も一緒だということだ。彼女は女性ながらも小隊長に任命され、その期待度の高さが伺えた。


「いやー、マジで最悪だと思ったけど、役得ってあるもんスね!」


 同じく柊小隊の石原がテンション高くカズキに言う。あれからどうにか訓練に食らいつくカズキの努力を認めたのか、最初の険悪さは解消されている。


「まあ、最悪なのには同意するけどな」


 本当は役得の部分も大いに同意するのだが。


「そうか? 楽勝だろ」


「体力バカには聞いてない」


「んだと、この白ごぼうが!」


「うるせー、脳筋」


 カズキと公平が戯れていると、柊が、


「いいから、行こ?」


 と氷のような笑顔を浮かべている。この仕打ちには柊も相当ご立腹らしく、目が全然笑っていなかった。


「はい……」


 三人がシュンとした返事を返すと、ようやく本当の笑顔を見せた。その仕草に思わずカズキはキュンとする。


「はー、役得」


 石原がまだ言っていた。


 ともかく小隊は歩き出した。

 通常徒歩では一時間5キロ程度しか進まない。一ニ○キロ歩くということは単純に二十四時間歩くということだ。時刻は午後八時。寝ずに一定速度で歩き続けて到着が翌日の午後八時。休憩仮眠を含めたとすれば更に翌日となるだろう。


 体力がついてきたとは言え、この行程は厳しいものになるだろう。他のものも同じように感じているのか、公平以外は皆不安げな顔だ。


「小倉も役得だと思うよな?」


「別に」


 石原の問いに、しかし小倉は実にクールな回答だった。彼は学科の成績は上位で、小柄ながらも体力もそこそこある。だが協調性の薄い人間で、カズキの次くらいに浮いた存在だった。


「んだよ、ノリ悪いなー。ねぇ、公平さん」


「役得ってなんだ?」


 肩から落ちる。余計な体力を使わせるな!


「ま、まぁ、せめて楽しんでいこうよ。遠足みたいなものだと思えばどうにかなるって」


「うっス」


「おう」


「……はい」


 三者三様の返事。前途多難の予感しかしない。


 ここは年長の俺が柊のサポートに回らねば。

 カズキは決意を固くするのあった。


「あ、そうだ。皆さん好きなタイプってどんな感じっスか?」


「このタイミングで聞く!?」


「いいじゃないっスか。こんな機会でもなけりゃ聞けないでしょ」


 そうは思わないが、柊の好きなタイプはめちゃくちゃ気になる。気になるけど聞きたくない。けど気になる。


 こんだけグイグイ行ける石原という男は、ある意味尊敬に値する人間だ。


「ちなみに自分のタイプは、巨乳で可愛い子っスね!」


 何て自分に正直なんだろう。こいつは公平とは違うベクトルのバカだ。


「俺は、うーん。健康な子かな」


 随分とシンプルな公平。これがイケメンの余裕というやつか。


「カズキは?」


 うっ、と言葉に詰まる。先頭を歩いていく柊に目線がいってしまう。高嶺の花に、底辺のゴミ屑が憧れているなんて言えるわけがない。


 その視線に気づいたのか、石原がニンマリとしている。


「どうしたの?」


 柊が振り返る。天使だ。


「いや、こればっかりは言えないっス! 男には秘密はつきものっスよ!」


「? そっか?」


 石原の謎の説得に押されたのか、不思議そうな顔をしつつも納得したようだ。カズキはホッとした。石原には帰ったらジュースでも奢ってやろう。


「柊さんは?」


 行きやがった。何と勇敢な戦士だっただろう。彼の偉業は後世に語り継がれることだろう。


「私は、やっぱり健康な人かな?」


「シンプル!」


「婦警ってやっぱり引いちゃう人が多いからね。あんまり贅沢言ってたら箸にも棒にもかからないし」


「そんなことないっスけどねー。こんだけ可愛かったら男が黙ってないっすよ」


「お、嬉しいこと言ってくれるね、少年」


「と言うわけで、俺とかどうっスか!? 健康だけが取り柄の男っスよ!!」


「あはは」


 一笑に付された石原、撃沈の瞬間だった。


 俺はお前の勇気を忘れないだろう。思わず敬礼をする。


「小倉くんは?」


 誤魔化すように柊が小倉にバトンを渡す。クールな小倉と言えど柊には弱いのか、ゴニョゴニョと何かを喋り始めた。


「あ、天音教官……とか」


「え!?」


 四人の声が重なる。天音教官といえば若くして警部補になり、今は刑法を教える教官である。綺麗だがキツイ見た目とその物言いに、見習生からは女王様の名称で呼ばれていた。


「そ、そっかぁ、天音教官かぁ。き、綺麗だよね、天音教官!」


 カズキがそう言うと、小倉がパッと顔を上げた。


「そうですよね! めちゃくちゃ綺麗なひとですよね! キツイ態度の中にも僕たちへの配慮が見え隠れして、本当は凄く優しい人なんだろうなぁ、とか、その優しさからきっと心痛めているんだろうなぁとか考えると、もうヤバイんです! こんな気持ち初めてなんですよ!」


「う、うん」


 単にストレス発散にカズキ達に当たっているように思えるが、もしかしたらそういう裏もあるのかもしれない。確率は低いだろうが。


「僕、こういうの初めてで、もうどうしたらいいのか。森田さん! 教えてください!」


「え!?」


 無理である。彼女もいたことのないカズキが乗れるような相談ではなかった。


 公平に助けを求めるが、下手くそな口笛を吹いて露骨に顔を逸らす。石原もストレッチを初めてまるで聞いてないよ、と言わんばかりに顔を背けた。

 柊に至っては既にこの場から逃走して数メートル先に歩いて行ってしまった。なんて薄情な奴らなのだろう。助け合うのが小隊じゃないのか!


「い、一緒に考えよう?」


 そう答えるのが精一杯だった。


 小倉と話しているうちに、彼は単に恥ずかしがり屋なのだということが分かった。ここ数ヶ月間、自分から話しかけることができずに悶々とした日々を過ごしていたのだという。それがようやく解放されてしまったのだから、出てくるものも大きかったのだ。


「おれ童貞だし、恋愛相談とかできないよ」


「自分も童貞っス」


「おー、俺も俺も」


 最後は疑わしいが、ようやく適切な相談相手がいないことを小倉に理解してもらえた。柊にでも聞けばいいのだろうけれど、天音教官の話題になった途端、死んだような顔になった。


 確か天音教官って、女子寮の管理をしてたよな。


「いや、よそう」


 この想像をしたところで良い結論に達するとは到底思えなかった。


「そもそも天音教官って独身なのか?」


「指輪はしてない感じだったんですけど」


「いや、絶対独身っスよ! あの性格で男がーー」


 慌てて石原を抑え込む。なんて空気の読めない男なんだろう。


「独身だよ……。彼氏募集中みたい……」


 疲れた声で柊が答える。小倉のテンションが露骨に上がる。


「いや、でも少しチャンスがあるくらいのことで」


「少しチャンスがあれば良いんですよ! これからまだ訓練は続くんですから、アピールする時間はいっぱいあるんですよ!」


 本人がそれでいいのならば、これ以上言っても無駄だろう。喜びに水を差すのも悪い。


 少しでもチャンスがあれば。


 カズキは柊を盗み見た。

 確かにアピールする時間はたっぷりある。それにこれから二日は行動を共にするのである。少しは頼り甲斐のあるところを見せなければ。


 後ろでは公平と石原の馬鹿話に花が咲いている。なんだかんだ言って彼らは馬が合うようだ。


「森田さんはどうして警察に入ったんですか?」


 気を許したのか、それとも童貞同士という親しさもあったのか、小倉が質問してくる。


「いや、変な意味じゃないですよ? 単純に気になっただけです」


「俺かー。うーん。なんていうか、イブに乗るため?」


 こんな状況になった経緯を説明するわけにもいかず、なんとなくぼかしながら答える。


「え! イブって、機甲機動隊ですか!?」


「まぁ、そうなるよね」


「意外っていうか、なんていうか。いや変な意味じゃないですけど、そんな風には見えなかったから」


「ははは」


 実際そういう風には見えないはずだ。いやいや入らされて、やりたくもないが、最終的にはそうなってしまうのだろう。全ては三島の策略のせいである。


「俺もイブに乗るために警察に入った!」


 公平が後ろから会話に参加する。


「頭が悪いけどやっぱり夢叶えたいからな! カズキに手伝ってもらって何とか入ったんだよ! 石原は?」


「自分はどうせ機動隊っス。自分柔道で入ったようなもんスから」


 高卒程度で入校した見習生の中では、石原の柔道は段違いに強かった。大卒入校の柔道部に肉薄するくらいの実力者であった。


「まあ柔道が続けられれば自分はどこでもいいっス!」


「僕は、刑事かな」


 少し驚いた。小倉の童顔と刑事というのがどうにもイメージが結びつかなかったのだ。


「刑事の科目は一番勉強してるんで」


 ああ、なるほど。天音教官の影響か。


「私は乙隊かな」


 乙隊とは、広島管区にある女性警察官だけで編成された起動機甲隊の通称である。その活躍は輝かしく、そこに入ることが女性警察官の夢とまで言われる程だった。


「てことは、イブ乗り志望が三人ってことっスか?」


 機甲機動隊の倍率は高い。全国の警察官の本の数パーセントしかなることの許されないエリート集団である。


「柊さんは大丈夫として、お二人は……」


 小倉がカズキと公平の顔を見比べる。言わんとすることは伝わる。


「大丈夫だって! 続けてりゃ大抵何とかなる! 入れるまで試験受け続ければいいだけだ!」


「公平さんバカだからムリッスよ」


「うるせー!」


「いや、公平ならなれるよ。バカだけど、バカだからこそ、きっとなれる」


 公平のバカは、努力を惜しまないバカだ。こいつなら全部成し遂げると、カズキは信じていた。


「言いますけど、カズキさんが一番ヤバいっスよ?」


「ま、まあ、そうだけどさっ!」


「バーカ、お前カズキの力を知らねーからそんなこと言えんだよ。すげーぞ、こいつはよ!」


「何スか力って」


「ここでは言えねーなぁ」


「えー、教えてくださいよ、ね?」


「とにかく! 俺たちは絶対イブ乗りになる! これは決定事項だから! サインもらうなら今の内に言っとけよ?」


「あーはいはい。じゃあこのレシートに」


「石原ぁー!」


 そんなやりとりに笑いながら、カズキはこんな生活も悪くない、なんて思い始めていた。

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