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研究者と車椅子

「よお、嬢ちゃん。元気か」


 警察病院の一室。


 殺風景な部屋。おおよそ暇を潰せるような物品はなく、必要最低限の生活用品くらいしか置かれていない。


 安西研三は柊由紀のもとを訪れていた。


 定期健診のため、月に一度問診をしている。

 と言っても、医学的なことではない。ヴィクターの攻撃を受け、生き残った唯一の人間、そのサンプルを採るのがその目的だ。


 柊がこの病院に搬送された時、傷口には少量の生体金属がこびりついていた。

 もしかすれば、血管に入り込んでいるかもしれない。

 そう思い何度も血液検査をしたが、異常は見られなかった。


 それでも安西は懐疑的だった。


 人型ヴィクターの存在。


 どう考えたところで、あれのベースは人間だ。突然変異なのか、それとも人工的に創り出されたのか。その鍵は必ず生体金属にある。


 柊と共にこの病院に届いた、人型ヴィクターの死体。これの解析もまた難航した。構成物質、遺伝子共に人間とほぼ同じ。


 ただ脳に関して言えば、理性を司る前頭葉の部分に一部欠損が見られた。


 何より奴らの体内には黒い血が流れていた。


 安西はこれを黒血こっけつと名付けた。成分は普通の血液と変わらない。何故か見た目だけが黒いのだ。


 柊由紀の血液も、僅かに黒色化の傾向があった。

 何か起こるのではないか。


 ヴィクター化に関する諸々の謎が、彼女を通して解明されるかもしれない。


「先生」


 彼女の反応は薄い。


 以前の彼女を安西は知らないが、話によれば快活で健康的な少女だったらしい。

 事件がきっかけで全てを失い、こうなってしまったのか。


 同情はする。そのせいで夢を失い、くらい病院の中で身体をいじくり回される。

 しかしこれは必要なことなのだ。


「先生、お願いがあります」


 おや、と思う。ここに来てから、彼女が自発的に話しかけるなど珍しいことだった。


「どうした」


 なるべくなら聞いてやりたい気持ちもある。安西も研究者の前に人間なのだ。


 彼女の願いは、単純なものだった。


「連れていって欲しいところがあるんです」

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