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二人

 あの日の光景が目に焼き付いて離れなかった。血と肉が撒き散らかされ、この世のものとは思えぬ阿鼻叫喚地獄。公平が死に、柊が右足を失い、カズキがヴィクターを惨たらしく殺した。


 小倉もその現場に居た。


 目の前で見てしまった。


 ヴィクターの恐ろしさを、その凶悪さを、凄惨さを。


 恐ろしいと思った。警察を辞めてしまおうかとも思った。公務員試験のときには、ヴィクターなんて僕が駆除してやるなんてくらいの気持ちでいたのが、現実を直視してしまった今ではただただ恐怖が刻み込まれた。


 死という根源的な恐怖を。


 それでも辞めなかったのはカズキの影響だった。

 公平と柊を失い、絶望にくれるはずのカズキが懸命に足掻いているのだ。同期として、元柊組として、仲間を一人にしてはいけないと思ったのだ。


「なあ、石原」


「なんだコクちゃん」


「その呼び方やめてって! それより!」


 荒らげた声を落とし、すぐにひそひそ声に切り替える。


「カズキさんの事だよ」


 小倉の言葉にあの石原さえも暗い顔する。柊組の内、一人は亡くなり、一人は現職から離れてしまった。


「僕もカズキさんの役に立ちたい。というか、あのままほっとけないよ」


「うーん、そうだよなぁ」


 腕組みして石原が唸る。


 とは言うものの、具体的に何をすべきか分からない。今のカズキに協力を申し出たところで受け入れてくれるはずもない。


「何をすれば役に立つって言えるのかな?」


「ヴィクターの巣を見つけるとか?」


「巣なんてあるの?」


「いや、知らんけど」


 適当だなあ。


「でもこういうのって、どっかに拠点があるってのがお約束じゃないか? だって喋るヴィクターも出てきたじゃん」


 確かに、石原の意見も一理ある。


 人型ヴィクターの登場は、人間に衝撃を与えた。ヴィクター並みの力を持ち、言語や歌を解するほどの知能を持った個体。突然変異の特別な一匹ということでなければ、あれが何体いても不自然な話ではない。


 つまりはコミュニテイが形成され得るということだ。


「そう言えば柊さんも、顔が違うって言ってたもんね」


 柊達を襲った個体と、カズキが殺した個体の容貌に差異がある、と彼女は言った。前者は一瞬しか見えていないし、後者もカズキがぐちゃぐちゃにしてしまったから確実とは言えないが、どうにも同一個体には思えないという。


「まだもう一体、ここに潜んでいるかもしれない」


 前述したコミュニティがあるのだとしたら、それ以上の可能性もある。


「え、それってヤバくね?」


「うん、すごくヤバい。でも、これしかないかも」


「?」


「そいつを探すんだよ!それならカズキさんの役に立てるはず!」


「なるほど!」


「それに……公平さんと柊さんの仇も討てるかもしれない」


 小倉の言葉に二人とも表情が暗くなる。


 小倉も石原も、公平と柊を尊敬していたし、良き友人であり、強い絆で結ばれた同期だった。

 彼らもまた、ヴィクターに強い憎しみを抱いている。感情に飲み込まれるようなことはないにせよ、その心中には暗い復讐心が確かに芽生えていた。


「でも、どうやって探すんだ?」


 石原の疑問はもっともだった。


 警察庁の本部であれば、柊の記憶を元に描き起こされた似顔絵くらいはあるだろうが、末端の地方公務員が閲覧できるはずもない。顔も見たことのないものを探そうなど、それこそ雲を掴むような話だ。


「声を覚えている」


 あの時女は歌っていた。奇妙で歪なあの光景は、小倉の脳内に強烈な印象を残した。あの金切り声が死の予兆のように思えて、頭にこびりついていたのだ。


「あれだけ大胆に姿を晒したんだ、きっと自信過剰で自己顕示欲が強いに違いない。もしかすれば、調子に乗ってどこかで歌っているかもしれない」


 推測ばかりの、穴だらけの推理。決めつけだらけの暴論。それでも、何もしないよりはマシだ、と思った。


 無力だった事への贖い。


 何もできなかったことが心を蝕む。


「捜査の基本は足! 天音教官も仰っただろ! 聞き込み、地どり捜査、現場確認! やれることはあるよ!」


 無理矢理気合いを入れる。すると石原もつられて、

「お、おう! そうだよな! 俺たちにもできることがあるよな!」


 と立ち上がる。


 単純な性格で救われた。もしも一人でやらなければならないとなれば、どれだけ心細かったことだろう。


「まずは現場を見てみよう」


 女が飛び降りたビルの屋上。


 刑事の実況見分はとっくに終わっているから、封鎖も解かれている。プロが探し尽くした後だから何も発見はないとも思うけれど、それでもやってみる。


 高速で残務を終わらせ、速攻で着替える。


「お疲れ様でした!!」


 地域課のお歴々に挨拶を済ませ、ダッシュで駐車場に向かう。

 時刻は午後二時。当番勤務の後だから少し眠たい。


「よし、眠気覚しだ!」


 そう言って石原が手を叩いて構える。


 ここで一戦交えようとしてるのか?


 だとすればこいつも大概眠気にやられている。


「冗談言ってないで乗るよ!」


 中古の軽自動車。小倉の車だ。


 車内にあったボトルガムを一掴み口に放る。メンソールが鼻腔に突き刺さる。一気に眠気が吹き飛ぶ。石原は悶絶していた。


 現場のビルは車で十分ほど走った場所にある。平凡な雑居ビル。外観も取り立てて特徴はなかった。


「やっぱ、ねーなぁ」


 殺風景な屋上だから、探すところも殆どなかった。室外機の下に手を突っ込んでみたものの、ヘドロに塗れるばかりだ。


 何かがある事を期待していたわけじゃない。


「次だ」


 今度はビル管理の守衛に話を聞いてみることにした。


 これまで散々事情聴取された上に、今度は若造が来たとあって、守衛はうんざりした様子だった。もう一年も前の話をまたしろなどと言うのも心苦しかったが、仕方ない。


「勘弁してくださいよ、まったく。あんたら私らのこと暇だと思ってませんか? こう見えても結構忙しいんですよ」


「申し訳ありません。お忙しいのは重々承知したうえで、もう一度お話を聞かせていただけませんか?」


「大体これ以上何を話せばいいと言うんですか? 知ってることは全部話したでしょう?」


「どんな些細なことでも構いません。聞かせてください!」


 小倉も石原も懸命に頭を下げる。


 話術もなければ経験もない二人にとって、今できるのは誠実さを見せることだけだ。


 どれくらいそうしていただろう。二人のしつこさにいい加減守衛も折れた。


 深いため息を吐いて口を開く。


「全然関係ないことでもいいか? もうそのくらいしか話すことがないよ」


「構いません!」


 すると守衛は部屋に戻り、ひきだしから何かを取り出した。


 葉っぱ?


「あれが起きる前からだけど、時折こういう葉っぱが屋上に落ちていることがあるんだ。これは昨日の。風に乗ってくるんだろうけど、掃除が面倒でね」


 守衛は葉っぱを手渡す。変哲のない、網状脈の色の濃い葉だった。


「ごめんね、こんな話くらいしかないよ」


「いえ、助かりました!」


 もう一度頭を下げる。


 これを基にまた捜査方針を決めよう。

 何せ職務外での捜査だ。税金がかからないから根拠がなくても手当たり次第に捜査できる。


 ビルを後にし、車に戻る。


「とりあえず何の葉っぱか調べてみよう」


 そう言ってスマホを取り出す。写真をとって掲示板に貼り付け、質問してみる。


『これ何の葉っぱか知ってる?』


 反応は散々だった。

 煽られるは暴言を吐かれるはで、まともに取り合ってくれない。諦めて次に移ろうと思ったその時、一つのレスが返ってきた。


『それリンゴの葉だよ、多分』


 画像検索してみると、確かに似ている。植物に詳しくない二人でも分かるくらいには、酷似していた。


『ありがとうございました!』


 書き込んでみたがもう反応はなかった。


 リンゴ。


 葉っぱ。


 このキーワードが事件に繋がるのか?


「リンゴの葉っぱ、って初めて見たな」


 石原の何気ない一言。


 確かに、葉っぱは初めて見たかもしれない。

 濃い緑色で、シソのように葉の輪郭がギザギザしている。


 どうして見たことがなかったのだろう。


 りんごなんて珍しくもなんともないのに。


 どうして。


 葉っぱ付きで売っているリンゴは見たことがないからか。


 閃きが走る。


「そうか、木だ!」


「木?」


「そう、リンゴの木がある場所を探そう。葉っぱが枯れずにあるってことは、きっと近くに木があるはずだろ? でも自生してるようなものじゃないし、もしかしたらあの女に繋がるかもしれない」


 まずは果樹園に行ってみよう。県内に手を伸ばすとしても、数は限られる。砂漠に落とされた米粒を探すような捜査方針よりは、いささかマシになったはずだ。


 待っててください、カズキさん。

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