転落
荒い呼吸音。
それと共鳴するように、強化外骨格が異音とともに疲労したような低い唸りを発している。モニターの中でAIが、随分前から警告を繰り返している。
『活動停止まで、あと一分。破損箇所多数。二七の動作パターンを遂行できません』
「うるさい、関係ない」
カズキはそれを一喝し、黙らす。
どの道あとひと結びで生死は決するのだ。走り、殴ることができれば問題はない。
幸い、戦闘に支障のある不可動作は殆どなかった。左のハイキックをかますときに、大分無理な体勢を取らなければならないくらい。十分だ。
相対するは黒の騎士。
異形のフルプレート。
身の丈三メートル以上はあるだろうか。カズキが騎乗するイブと同程度の体躯。それが三十メートルほど間をとって、互いを睥睨している。
『活動停止まで後四十秒』
カズキは蹴り足に力を込める。腰を落とし、強襲の体制に入る。
「––––!」
唐突に、視界が黒に染まる。
咄嗟に首を左に捻る。
その勢いを利用して、半身も左に流す。
鋭い黒のランスが横切る。
遅れて空気を切り裂く音。それから暴風が機体を襲った。
右肩部をわずかに抉られる。
人工筋肉が切れる。運動能力が落ちた、とAIが報告している。
構わず左腕を振り切る。
黒騎士は今の突撃で運動エネルギーを使い果たし、速度が落ちている。片脚も浮いたまま。
フック気味に放たれた、ボディを穿つ渾身。
騎士の横っ腹に一撃が突き刺さる。
バランスを崩し、横にくの字を描きながら吹き飛ばされる。
この程度で殺せる相手ならば苦労はない。
間髪入れずに追撃に走る。
瞬間、黒い刃が閃く。
「––––っ!?」
激しい揺れがカズキを襲う。
爆発のような衝撃。頭から血が出て、頰を伝うのを感じる。
左腕破損。
完全に捥がれた。
きりもみ状に回転する機体を抑え、どうにか片膝を立てる。
再び相対する二つ。
『活動停止まで後三十秒』
無慈悲なカウントダウン。
––––殺す。
こいつだけは、絶対に殺す。
でなければ、俺に、世界に明日はやってこない。
殺さなければ、あいつは。
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森田カズキは絶望した。
「な、ない……。番号が……ない!」
掲示板に張り出された番号をいくら見比べてみても、カズキの受験番号は無かった。頰をつねってみる。痛みが無いから夢かとも思ったが、ショックのあまり感覚が麻痺していたらしく、遅れて鈍い痛みが広がった。
「嘘、だろ……?」
あれほど勉強して、大好きなゲームも封印して万全の状態で受験に臨んだというのに。あれだけ自信満々に解答欄を埋めたというのに。
受験失敗。
「は、はは」
乾いた笑いが漏れ出てくる。滑り止めも受けず、この学校に的を絞っていたことが裏目に出た。
浪人決定。
涙が滲んでくる。全部かなぐり捨てて全力で勉強したこの一年はなんだったんだ。五年ぶりに新作が出た大好きなシリーズのゲームも我慢して、友人の誘いも全部断って、この日のために頑張ってきたというのに。
全部、無駄だった。
「ははははは!」
思わず笑ってしまう。周囲の人は不憫な目でカズキを見ていたが、そんなことはどうでもよかった。
なんだ、意味ないじゃん。
頑張れば夢は叶うって言ったやつは今すぐ責任を取れ。こんだけ頑張っても駄目だったじゃないか。
「……ゲームしよ」
ポツリと呟く。もう我慢する必要も無くなった。これからは好きなだけゲームをすることができるのだ。なに、時間はたっぷりあるのだ。大学に通うはずだった時間が、全部。
ようやくカズキは踵を返した。
帰ろう。
これ以上みじめな気分にならないうちに。
それから、半年後。
カズキは立派なニートへと成長していた。薄暗い部屋。散乱するゴミ。そこに淡く光るディスプレイ。カズキはゲーム漬けの生活を送っていた。
両親はカズキの努力を見ていただけに不憫に思ったのか、あまり干渉してくることはなかった。たまに、勉強頑張ってるか、と聞いてくるくらいのことだった。
『KO!』
画面から勝利を告げるコールが流れてくる。これで丁度三十連勝だ。
「小足見てから昇竜余裕すぎんだけど」
ついでに相手を煽る。欠伸が出るくらい余裕の立ち回りで相手を圧倒する展開だった。
『テメェ逃げてばっかじゃねーか! そういうゲームじゃねーから、これ!』
怒りのチャットが返ってくる。
「負け惜しみ乙」
そう返してからカズキは通信を切った。このゲームも飽きたな。他のゲームを探そうか。
パソコンを立ち上げる。ブン、と低く鳴り、OSを立ち上げる。何か面白そうなゲームがないものか。
クリック。クリック。スクロール。クリック。スクロール。どのページを見ても、もう興味を惹かれるようなものはなかった。
「暇だな」
虚脱感。虚無感。この生活になってから常に付きまとう感覚だった。それを打ち消すようにカズキはネットを徘徊する。
ふと、とあるニュースサイトの記事にたどり着く。
『クリア不可能? 最高難度の操作性!? 新感覚体感型ゲーム登場!』
そんなうたい文句がでかでかと踊っている。
「なんだこれ?」
気になって調べてみる。どうやらゲームセンターに新しく置かれるゲームのようだ。プレイヤーがコックピットに入り操作するタイプのゲームで、その操作感がピーキー過ぎて話題になっているらしい。レビューを見てみる。
『難し過ぎて笑う』
『クリアさせる気の無い、クソゲー』
『敵強過ぎぃ!』
『操作に慣れれば神ゲー』
賛否両論、主に否の意見だが、一部のマゾヒストには受けているらしい。全面クリア達成者はまだ全国で数名らしい。
「へぇ……!」
心がうずく。クリア不可能なんて、実にゲーマー魂をくすぐられるうたい文句ではないか。
受け取ってやる、その挑戦状。
時計を確認する。午後三時二分。ゲームセンターは管轄外だが、そこにまだ見ぬ強敵がいるならば行かねばなるまい。それが男の生きる道である。
「いざ、参らん!」