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卒業 2

「うぷっ……」


 トイレでゲーゲー吐いたら大分楽になった。そして誓った。酒は二度と飲まないと。


「ホントに大丈夫?」


 しっかりとした足取りの柊。顔色ひとつ変えずにあの量のお酒を嗜む姿はまさしくウワバミだ。


「いやー、食った食った!」


「美味かったっスね! 明日また行きましょう!」


「いや、次は違うところに行きましょうよ」


 焼肉屋の前で解散となった一行は、アパートに帰る道のりを歩いていた。年長組は二次会と称し、夜の街に繰り出していった。未成年者たちも食欲兄弟のせいで食い足らないとラーメン屋に行くらしい。


 柊組は、たっぷり食べて満足した二人と、普通に満腹になった一人、飲んだ飲んだとご機嫌な一人、それからグロッキーの一人で家路に着いているのであった。


「コンビニありますよ。水買って行きましょう」


「うん……。そうする……!」


 コンビニ、と聞いて思い出した。そうだ!


 四人を待たせてコンビニに入る。もう届いているはず。


 店員に確認してもらうと確かに届いていた。

 酔いが一気に醒める。ほくほく顔で荷物を受け取る。そうだ、卒業したのだから、これからやり放題ではないか。


「なんだそれ?」


「ふっふっふっ」


 若干引き気味の四人に構わず、カズキは不気味な笑いを続ける。


「やっぱまだ酔ってんスよ」


「笑い上戸なんですね、カズキさん」


 そんな言葉はもう聞こえていなかった。ようやく、ようやくできるのである。この十ヶ月ろくにできなかったから腕は落ちているだろうが、丁度いいハンデだ。


 待ってろよ、オンラインの猛者どもよ。


 キングの帰還だ!


 こうしてはいられない! 早く帰ってつなげなければ!


「帰ろう!」


 荷物に細心の注意を払いながら、カズキが駆け出す。訳もわからず四人もつられて走り出す。小走りで二分。すぐにアパートに着く。


 鍵を開けるのがもどかしい。


 ようやく扉を開き、荷を解く。


 そこには、小さなモニターと、据え置きゲーム機が一台、コントローラとゲームソフト。両親に頼んでいの一番に送ってもらったカズキの宝物。


「久しぶりだな」


 とゲーム機をひと撫で。慣れた手つきでセッティングしていく。すぐにプレイできる環境が整う。


「いよし」


 気合いを入れる。えーと、ネット回線は。


 そこではたと気がついた。これ、もしかして、ネット接続出来ない? もしかして自分で契約しないと駄目なやつ?


  探してはみるものの、やはりケーブルを差すべきところが無い。普通こういうところってネット完備じゃないのか。


 カズキはがっくりと肩を落とした。


「ゲーム!」


「!?」


 振り向くと、四人が興味深げに覗き込んでいる状態だった。


「なんで入ってきてんの!?」


「いや、流れでなんとなく」


「すみません、止めたんですけど……」


「ごめんね?」


 柊と小倉の常識人コンビは止めてくれたようだが。

 というか、めちゃくちゃテンション上がってる恥ずかしいところ見られた。しかも柊に。


 引いてる!?


 完全に引いたよね!?


「ゲームやりましょうよ、ゲーム! 俺結構格ゲーとか得意っスよ!」


「あ?」


 格ゲーって言ったか、こいつ。格ゲー得意だと? へぇ、面白いこと言うな、石原。


「じゃあやってみようか? 石原選んでいいよ?」


「え、いいんすか? じゃあこれやりましょう!」


 石原が手に取ったのは、往年の大ヒット作、そのリメイク版だった。格ゲーの大スタンダードとも言える作品で、カズキはもちろんやり込んでいた。


「なつかしー! 柔道部のヤツらとかなりやり込んだんスよね」


「そっか、じゃあ手加減なしでいいよね?」


「お、おいカズキ?」


「いいっスよ、ガチでやりましょう!」


 数分後、画面には凄惨な光景が繰り広げられていた。全ての技をガードされ、必殺技を空かされ、弱連打でねぶられ、無限につながり続ける空中コンボで吹き飛ばされる。


 まるで巨人と蟻のたたかいだった。


「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」


「いや、手加減してやれ!」


 珍しい公平のツッコミ。放心状態の石原。何が行われたのか分からないといった風の柊と小倉。


「カズキさんゲーム上手いんですね」


 小倉が感嘆の声をあげる。


「まあ、そこそこね」


 自慢げに胸を張る。元々このゲームのオンラインランキング上位勢常連なのだ。そこらの中級者に負けるはずもない。


「こいつネットじゃ王なんて言われてんだぜ。めちゃくちゃつえーの。フツー手加減するだろ?」


「正直辛抱たまらんかった。やっぱり復帰一戦目は勝ちたいじゃん?」


「だからってこんななるまでやるか!?」


 石原が完全に燃え尽きて白くなっていた。確かにやりすぎた感は否めない。


「い、石原? すまんかったな……」


「……カズキさん」


「ん?」


 石原が復活したと思うや否や、カズキの手をガッと掴んだ。


「キングってマジっスか!? あの、キングっスか!? ヤバ、自分感動しました! ずっとファンだったんスよ!!」


 その勢いに気圧されながらも話を聞くと、ゲーム大会でいつも上位に食い込む謎のプレイヤー、キングのことを昔から応援していたらしい。その優雅なプレイングに魅了され、いつの間にかファンになっていったらしい。


「お会いできて光栄っス! サインしてください!」


「サインって、そんな」


 照れ笑いが出る。普段ゲーム大会に出場するときは顔出ししないから、こんなに面と向かってファンと言われるのに慣れていなかった。


 どうしたもんか、と頭を掻いていると。


「石原、俺のサインはいらねーって言ったくせに、カズキのは欲しがるのな」


 公平が口を尖らせる。


 完全に拗ねてやがる。


 あの夜行訓練の時のやりとりを根に持っているらしい。なんと執念深い奴であろうか。


「いや、それは本当に要らないんで」


 体育会系敬語を止め、普通の敬語で断られた。

 どんだけ拒否するんだ、石原。


「うらぁぁあああ!」


 その後乱闘になった公平と石原が、下の階の先輩にめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。

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