はじめの
さて、僕は今机の前にいる。そして最近買ったばかりの5色ペン(出しているのはシャーペン)を持ち、これを書いている。そろそろ夜もふけてきた。
自分の伝記を書くというのは初めて(当たり前だが)で、ましてやこんな普通の中年サラリーマン。もっぱら小説など書いたことがないのだが、まあ他人にこれを見せる訳では無いのでよしとしよう。では何から書こうか。
そうだな。はじめは僕が猫だった頃の話をしよう。
あれは小学校の3年生の頃…いや、2年生だったかもしれない。その頃僕は動物が好きで、学校が終わるといつも家の裏の山へ1人遊びに行っていた。別に友達がいなかったわけじゃない。友達よりも動物の方が好きだっただけさ。
まあこの山がすごくて、リスやらタヌキやらキツネやらが沢山いた。そのケモノ達とたわむれているのがとにかく楽しかった。今思うと、とても危険なことをしていたのだと心底怖くなってくる。
夏のどんよりとした曇りの日、いつものようにつまらない学校が終わり、つまらない家に帰ってカバンを放り投げ急いで裏山へ行こうと玄関のドアを開けると、
猫がいた。
こんななにかの伏線のような書き方をしているが、べつにそういうわけではない。普通の灰と白のハチワレだ。このハチワレが山へ行こうとしていたので、僕もついて行ってみることにした。
このあたりの動物はだいたい知っていて名前を付けて読んでいたのだが、この猫を見るのは初めてだった。
「だれかの飼い猫かい?」
「そうです。というか、正しく言えばそうでした。今日のような曇りの日の夕方に、駅の近くに捨てられたんです。で、今はこのあたりで暮らしています。まあ、この山に入るのは今日が初めてですけれど。」
捨て猫だったのか。かわいそうに、母さえ許してくれれば家で飼ってやれるのだが…と僕は思っていた。
「こっちですよ。」
案内されたのは山の中の古びた神社。さながら神さびた古戦場といったところだ。こんなところに神社なんかあったのか。というか、山に入るのは初めてじゃなかったのか。
さっきから気になっていたというか、普通に会話していたのだが、
なんで猫が人間の言葉を話しているんだ。
今までの疑問がどっと押し寄せて頭の中が真っ白になる。落ち着いて考えるんだ。落ち着こうと胸に手を当てようとしたた瞬間、フニフニしたものが胸に当たった。大きな肉球だった。なんだこれは。違う、これは僕の手だ。
僕が猫になっていたんだ――――。
急いで近くにあった井戸を覗いてみる。確かに猫だ。水面に写っているのは僕ではなく、じっとこちらを見つめる三毛猫だった。
「いまさら気づいたんですか?」
ハチワレがこちらを見て笑っている。でも、気づくわけがないじゃないか!この頃の僕は小学三年生だぞ。はっきりと覚えてはいないが、多分無我夢中でそのハチワレを追いかけていたに違いない。
ハチワレを追いかけている時は気づいていなかったのか、今までの疲れがどっと出てきた。そしてそのまま神社の石畳の上で寝てしまった。猫になってみて気がついたことだが、石畳の上で寝るというのは意外と気持ちのいいものだった。