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死霊使い達の今日は煌めいていた

はい!

……じゃないよ自分の首絞めてきます。


 天から見下ろすような形で視界に映るのは、私が現在の拠点としているオールドローズの街並み。NPCと思わしき人々が時折上を見上げるので、空中に霊体として存在する私と目が合った。もっとも、彼等が私を注視する理由もないので、実際には彼等は空模様を見ているだけなのだろう。


 そうやって、しばらくプレイヤー達が一切いない街を眺めていると、突然、視界全てを隠すように鷹のマークが出現した。

 ようやく念願のアップデートが行われたのだ。これまで、念仏のように唱え続けたアイテム名……カカオのレシピが実装される。

 私は早速、人の影が急激に増えはじめた街へ降り立った。





 遠く聞こえる草木の蠢く音、更に遠く聞こえるスケルトン系モンスターらしき移動音と戦闘音をBGMにしつつ、路を行く。


 VRゲーム『ファンタジーア』の山の天候は、文字通り気まぐれだ。その手の情報に長けたプレイヤー達が導き出した天気予報を、平気で裏切る。

 正に、昔の人間が絵に描いたような『山の天候』である。

 だが、持って来た傘を本来の用途で使う必要はなさそうだった。


 雨が降っていない、という意味ではない。

 むしろ小雨を通り越して、しっかり本降りだ。

 周囲に香る雨の匂いと雨音が何よりの証拠。

 散歩日和とは言い難い天候だった。

 が、雨が丁度かからないような絶妙な位置で突き出た白い遮蔽物(いわ)、そして予想外になだらかな白い傾斜(みち)が、私の歩みを補佐してくれているのだ。濡れによるバッドステータスは回避できそうだった。


 もっとも――日が出ておらず、しかもスタミナ管理のための装備を身につけていないがために、私のスタミナは確実に、そして猛烈な速度で目減りしている。

 移動中は携帯用の小さな竪琴を用い、スタミナ消費を限界まで減らしている。そんな状態であっても、だ。


 寄り添うように隣を歩く白馬には積載量ギリギリアウトの荷が積まれているのだが、私自身も重量ある物を背負っている。この荷物の中身を限界まで持つために、武器以外の重い装備を置いてきたのだ。

 失敗したとは思わないが、何ともジリジリとした気持ちがわく。行きが疾風の如き速度だったため、余計にそう感じられるのだろうか。


 仕方がないので時折立ち止まり、馬の首にかけているカメラをかまえてはシャッター音を響かせている。スタミナ回復の為だ。

 カメラ越しの視界は少し古ぼけていて、それがまた懐かしい感じがする。


 再度カメラを切った瞬間、一瞬ブーストがかかったように不自然な速度でスタミナが回復したが、アップデート直後なので取りきれなかったバクでも発生したんだろうか。

 有益なバグなので、報告は帰ってからしよう。


 ……何故今、私は調理場でなく山道にいるのか。

 理由は簡単だ。カカオをチョコレートにする為の材料がなかった。


 砂糖。

 そう、私は砂糖の存在を忘れていた。

 カカオだけでは苦いのだ。当たり前のことにすぎて、私は失念していた……。


 厨房を貸し出してくれた宿屋の主人が、流し台で頭を抱える私に進言してくれなかったら、今頃街の周りにいるモンスターが私のサンドバッグになっていたかもしれない。


 主人はがっちりした肩を揺らして笑いながら、野太い声で言ってくれたのだ。


「あぁ、砂糖ねぇ。市場に出回ってるヤツはもうだいぶ高いし……あ、そうだわ。この街の菓子屋さん、あれもアタシがまわしてる店なんだけど、別の街にある店にね、砂糖の在庫が大量にあるのよ。それをこっちに持って来てくれたら半分あげちゃうわ。

 どう、オルフェウスちゃん?」


 と。

 お安い御用だと微笑めば、野太い声で悲鳴を上げた何時もの主人が、軽く発狂しながら白馬を貸し出してくれた。

 私は久々に倉庫から取り出した遠征用の軽量装備セットを持って、別の街へ大遠征した。


 今はその帰りだ。


 今現在、驚くべき技術力で精製された見事に白い砂糖は、子泣き爺のように私の肩を圧迫している。

 もしこの道が、遥か昔、通った時のように整備されていなかったら。

 或いは山賊プレイヤー達が出ていたら……砂糖の何割かは失われていたことだろう。


 こんな風に、穏やかな気分でシャッターを切るどころではなかったのは間違いない。こんな人気のない道を整備してくれた人々に感謝したい。


 見晴らしは悪いものの、一面真っ白という珍しい景色を撮ろうと再びカメラを覗くと、人の影がうつりこんだ。

 

 何やら掃除道具を持った人々がバタバタとこちらへやって来たようだ。私に気付いたのか、先頭の人間がすれ違いざま私に軽い会釈をしてくれた。

 挨拶を返しつつ道の端により、団体が去るのを待っている間――私はふと気がついた。彼等は、行きにも出会った人々だ。

 彼等のような善良な人が、こうやって日々、道を綺麗にしてくれているのだろう。


 私は嬉しくなって、彼等の後ろ姿をそっと写真に残した。


 さて。

 行きはヨイヨイ、帰りはなんとやら、だ。私はカメラを馬に預けなおし、竪琴を手に取る。今日はまだ遭遇してないが、そろそろモンスター出現地帯のはずだ。

 人の通りがあるとはいえ、慎重に行こうと思う。

 まだまだ山道は続くのだから。


 ……今、少し地面が沈んだような気がしたが、まぁ、気のせいだろう。





 そこはまさに地獄だった。

 骨、骨、骨。

 骨片が散らばる凄惨な戦場(、、)

 怒号と称せるほどの激しい手信号が飛び交う中、声に出せない悲鳴が聞こえてきた。

 もう耐えられない、後続は何をしてるんだ、と。


 進め、待機、待機、進め。

 進め、補充、補充、進め。

 補充、補充、無茶、無理。

 マジ無理、マジ(mp)無い、ホント無理。


 白く真っ平らなヨロイと、やはり白く真っ平らな盾を装備したスケルトン達が、召喚者達の指示でそこら中にひしめいていた。

 召喚者達――即ち死霊使い(ネクロマンサー)は思っていただろう。

 これまで陽の目をみることのなかった吾らが、こんなにも、こんなにも健闘している。


 だが、喜びの感情が沸くのはまだ先のこと。

 今はこの戦争だ。

 そう、これは戦争だったのだ。


 積み上げられた岩の上に、突き出るように並んだスケルトン達の盾。それらがグラリと大きく揺れる度、召喚者達が悲鳴を飲み込んで制御する。

 地面の上に転がったスケルトン達の鎧。それらを踏みつけられた音が雨音に混じる度、召喚者達が咽び泣く声を飲み込んでカルシウムを補充する。


 時折響く、カシャリという音に合わせて、召喚者達が一斉にポーションを割った。その次の瞬間には、その頭はワープしたように地面へと叩きつけられていた。

 ポーション使用後にタイミングよく課金スキルを使うと、初動がカットされてしまうことを利用した『ポットワープ』だ。

(※3)


 此度のアップデートで発生した禁断の力(バグ)すら使って、召喚士達はカルシウムを増やし続ける。

 美しさすら覚えるその統率された動きに、指揮官がうっすらと涙を浮かべてすらいた。


 念入りな準備をするには、あまりにも時間がなさすぎた。

 加えて、使えるモノは己の相棒以外になかった。


 これまで共に長い間、経験を貯めてきた相棒達が蹴散らされる。そんな中であっても、文句の一つもなく無茶をこなす死霊使い達に、指揮官はまた涙していた。

 彼等との戦いは辛く長いが、恐らくこれは……否! 確実に歴史に残るものだ、と。


 最初。

 その宣言を聞いた者達は、情報提供者と指揮官に目を配り、そして嗤った。

 そして次に、真面目だと宣言した指揮官のローブに向かってエアー唾吐きをした。


 死霊使いAは、何をバカな事を、といった。

 死霊使いBは、頭がおかしい、といった。

 死霊使いCは、寝言は寝ていえ、といった。

 死霊使いDは、寝言をいった。


 何故、死霊使いでなくてはならないのか。

 彼等は指揮官に詰め寄った。指揮官は、彼等に懇切丁寧に説明をした。

 ほどなくして理解の色をたたえた複数の目は、しかしすぐに無茶苦茶な作戦を聞いたことで濁った。


 その作戦。

 即ち。


『整備など一切されていない山に、スケルトンで山道を作る』こと。


 死霊使いは、主力兵器であるはずのスケルトンにカルシウム(かたさ)が足りなかった。

 その総数は多いものの、死霊使い本体に毛が生えたようなカルシウム力ではマッチョモンスターに撫でられただけで溶けていく。

 更に事態を難しくしていたのが、スケルトンのその豆腐の如くベリーソフトタッチな攻撃力。

 高野豆腐で殴った方がダメージ稼げると嗤う掲示板のコメントを見て、リアルに涙した死霊使いが多くいたそうだ。


 そう、彼等はPT拒否(はくがい)され続けてきた。しかも運営にすら。

 死霊使い達は、アップデートでスケルトン強化の情報が出なかったため、もはや自分達が活躍するなどないのだと諦めていたのだ。


 そんな彼等には憧れの人がいた。


 マイナーだった吟遊詩人を一躍有名にしたオルフェウス氏だ。そう、彼は、彼等にとっても英雄だった。

 そんな彼の役に立って、自らも英雄になる。


 死霊使い達は爆笑した。

 いややっぱ無茶だろ、と。(※4)

 彼等には戦意など微塵もなかったのだ。

 しかし彼等は叩き潰され、すり潰された雑草。

 一周回って形がなさすぎて、何にでもなれたのだ。


 一人の死霊使いが穏やかに笑って、こう言った。


「もう失うものないんだし、やろうぜ? てか、楽しそうだし。スケルトンが建材とかマジ大草原」

(※5)


 その言葉を聞いた死霊使い達は、一旦考えてから口々に言葉を紡いだ。


 死霊使いAは、まぁバカでもいいか、といった。

 死霊使いBは、俺らも頭おかしいしな、といった。

 死霊使いCは、これがロマンか、といった。

 死霊使いDは、一旦寝落ちした。


 かくして彼等は立ち上がったのだ。

 英雄たる、オルフェウス氏の道になるべく。


(中略)


 馬と、荷物を積んだオルフェウス氏に押しつぶされて砕けたスケルトン。その残骸に翻弄された掃除屋の話は、下巻に少しだけ語るとする。


(※3 バグ修正済み)

(※4 横で聞いていた筆者もそう思った)

(※5 彼は作戦終了後、集団リンチの刑にあった。犯人は捕まっていない)


    ネクロマンサー戦記 チヨコレエト街道の戦い(前半戦) 上巻



読了ありがとうございます。

下巻は諸事情によりカットカットカットです。

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