開発者達は今日も伝説を見る
大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした……そして、待っていてくださった方、本当にありがとうございます!
久々の更新がこんなんで心苦しいですが、それでも置いておきます。
▽
――我々は思考する。
――人が良く使う『たとえば』の『話』だ。
――ほう。
――たとえば人が神を超えたとしたら、それの名前は何と呼ぶのがふさわしいか。
――アンサー:分かりやすく、また馴染み深いもの。新人類、はどうだろう。
――カテゴリーエラー。
――何故だ。
――アンサー:人類というカテゴリーに収まらないからこその神なのだから尚、人と呼ぶのは相応しくない。
――ならば我々はどう答える。
――アンサー:神類。
――人類から離れたまえ。
文字が映し出されたモニターの、その青白い光が机一体型の大型コンソールに反射して、狭い一室全体をぼんやり光らせていた。
――異音がする。アカサカ。
突然、カチリと部屋の明かりがついた事よりも、モニターの文字に驚いてオレは目を剥いた。
他の者に目を取られていた所為だろう。注がれ続ける茶色の液体が、ガボガボとガラスの容器から流れて出ていた。モニターを操作している奴等が言う異音だ。
紙の重要書類に迫る勢いでコンソールを伝う液体を拭くため、手近い布で慌ててせき止める。
良く見るとそれはスカートのレースに見えなくも無い。手を止めて数秒後、オレの後頭部に丸められた紙の束が正確に十コンボした。
あまりの殴りっぷりに思わず言葉が漏れる。
「うん、中々隙のないコンボだな。中にインしてるほうが上手くやってけるんじゃな痛い痛い紙でも痛い二十コンボだドン!」
「怒りと嘆きが人を強くするんですよね、シナリオライターの赤坂さん?」
「そのボスセリフ抜粋やめてぇ! オレの黒歴史!」
「あのボスは中々好評でしたね、声優さん顔真っ赤だったそうですよ」
「ほんと、ごめんねアレだけ合成じゃない人力ヴォイスで!」
オレが耳を塞いでいるフリをしておどけていると、百四十センチしかないチンマイ同僚は真っ赤な丸顔を諦めたようにゆがめて、丸めていた書類を元の位置に戻した。もちろん、コーヒーの侵食がないところへだ。あとはもう、口ではオレを罵りつつも、彼女の目と興味は旧式のモニターに注がれ始めている。
日常的に弄っていると再起動も早いのか、同僚はコンソールに何かを打ち込み始めていた。
下着が見える位置までめくれていたふわふわのスカートも、オレへのコンボの間に直していたらしい。横目で見ている間もスカートのコーヒー侵食具合は中々のもんだったが、さながらラブレターを送る殺人鬼のような顔だったので、言わぬが花だろう。
はた迷惑な長文ラブレターの送り先は、VRゲーム『ファンタジーア』に常駐しているAIブルーローズ。その中でも、主にゲーム内のNPCの動向を決定するやつだ。というか、NPCの中身が大体ブルーローズだ。なので話しかける時は『達』って言わないとグレる。
背もたれに寄りかかると、レトロな回転椅子が巨躯に耐え切れず軋んだ。モテると言われてアナログマッスルした弊害だな。
モニターには先ほどオレも目を奪われた会話ログが、大抵の人に分かる言語で記されている。
なんというか……。
「なんかすげえ真面目にアホな会話してんな、このAIども」
「ども、なんて言っちゃ行けませんよ。彼等は私達の友なんですから」
ログの感想としては妥当だったのだろう。そっちにはなんの突っ込みも入らなかった。
その事に対して笑ったつもりだったが、AIを馬鹿にしていると思われたんだろう。頬のふくらみで丸顔が更に丸くなった。あだ名だけでなくプレイヤーネームが赤風船だけあって、本人も自覚はしているんだろうが……ちまっこくて可愛い。
「思考だけでなく顔まで変態化してますよ赤坂さん」
「っかー。いうねぇ。褒め言葉みたいなもんだから気にしないけど。そう、オレが気にしてんのは、このAI達の偉そうな口調はどうにかなんないのかねってことだ。ユーモアの素質はあるんだから、オレっちみたいラフにいこーぜえ?」
「仕事中ですよ。あとスピーカーあるんですから、まるっと聞こえてます」
「勿論知ってるさ。コーヒーの忠告ありがとう、同志ブルーローズ『達』」
礼をいいながらコーヒーフィルターで豆混じりコーヒーをこしていると、チョークで黒板をつつくような音がした後に、モニターへ新しいメッセージが届いた。
――どういたしまして、赤坂さん。
シンプルイズベスト。実に良い返答だ。
こし終わったコーヒーを手早くカップに注いで手渡す間、オレは同僚にあえてのウィンクをした。
「やれば出来るじゃん」
「気持ち悪いです。あと私がやっているのは情報の収集ですから、口調の変化はブルーローズちゃん達の独断ですよ。今のは単純に私をトレースしたんだと思います。私ってほら、一応育ての親みたいなものですから」
「それは難儀なトレース先だ……まて、なら普段こいつらは誰をトレースしてるんだ、一人称が我だぞ」
「赤坂さんでないのは確かですが……ううん、確かに謎です。スタッフには心当たり無いですね」
「そりゃまぁカッチカチに我とか言っちゃってるスタッフいたら爆笑もんですわ?」
「完全なトレースではないのかも知れませんね。ブルーローズちゃん達?」
短い質問だからなのか、はたまた面倒なのか、並列で処理しているのか……ラブレターでなく声でなされた質問に、モニターが答える。
――アンサー:あなた方スタッフと、複数人のプレイヤーです。
「なるほど、我ってのは、ロールプレイしてる奴の真似っ子か。ははは」
――アンサー:七対二対一
「はは……なんのことだ?」
「さぁ」
――アンサー:プレイヤーIDXXXXXXオルフェウス、その信者、その他。
テンポ良く得られた回答を見て、自分のカップを取りこぼしそうになった。
反射的に見た同僚は、カップを空中に放っている最中で……しっかり割っていた。そりゃそうなるわな。
名前にもIDにも見覚えがありすぎて困る。このIDのオルフェウスといったら『あのオルフェウス』しかいない。オレ達がAIと共同で管理運営する『ファンタジーア』内外で、数々の伝説を打ちたててきた、あの神様だ。
伝説を具体的にいうと。
イベント的に撃破不能なはずのボスをあっさり複数回撃破しただけでなく、そのボスをコンボのための私物化しちゃったとか。
チートを疑ったスタッフが精査してる最中、本人にバレてTASばりの精密フルコンボを食らったとか。
中の人であるはずのGMとAIが揃って、氏をAIと勘違いして挨拶しちゃったとか。
GMが殺されたりとか。
ボスエリアをボスごとぶっ壊してサーバーダウンさせたとか。
人気の無かった吟遊詩人が、特に活躍の目立つここ最近、急に増加したとか。
スキルの中で『崇拝』の売り上げがダントツ一位だとか。
運営一番のお気に入りだとか。
エトセトラエトセトラ。
そのオルフェウス氏が七割。
模範にするということは、良く知っている、見ているということ。つまり。
「AIもといNPCが『感心』を寄せてるのがスタッフでも他のNPCでもなく、イチプレイヤーってことで合ってるか?」
「そ、そうね、ブルーローズちゃん達はNPCだもの……えぇぇぇ、私その他なの? 突然来た我が子の旅立ちに泣いて良いですか?」
「お、おう……早熟だったんだな……じゃなくてブルーローズ、君達は殆どあのオルフェウス氏しか見てないってことじゃないか。NPCがそれじゃあプレイヤーに示しが……」
――『崇拝』せよ。
――『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ。
――『崇拝』せよ。崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ。
――『崇拝』せよ。崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ『崇拝』せよ。
「何この突然のホラー!?」
叫んでいる間も、演出の為かAIによって再び部屋の明かりが消える。その直後だろう。パリンと小気味良い音が鳴った。オレのお気に入りカップと正気度が砕けた音だ。ついでに隣の部屋から悲鳴のような物が上がった。ここと同じ画面はどの部屋からでも見れる。……ので、運悪く隣人もこれを見てしまったんだろう。
一番怖いのは、この文章が誰に関連してるか容易に想像できることだ。
つまり、また神様がやらかしたという実績に加わる……と。
オレはコーヒー臭い空気をたっぷり吸って、それから放出した。
「もう一度いうぞ、何この突然のホラー!?」
「レトロなホラー映画やゲームを思いだしますねぇ」
「お前も驚けよ!?」
ショックで指先が震えるオレとは対照的に落ち着き払った様子の同僚。それどころか、子供に初めてクソババアと言われた母親よろしくお通夜モードだ。
そういえばこいつホラーは平気だった。
一人でギャーギャー騒いだとあってはアレなので、隣の同僚にも震え上がる恐怖を提供してやろう。
「オレはたった今、怖い事思いだしたぞ」
「私を怖がらせようなんて百年早いですよ」
「ブルーローズ達に『崇拝』スキル適応させていいのかこれ?」
「あ」
同僚はコーヒー染み広がるスカートを握り締めたままフリーズした。
よし、オレと同じ顔になった。
ブルーローズ達はNPCを司る。そんな彼女彼等は歩く伝説、オルフェウス氏を好意的に見ている。
好意的に見ているNPCは当然スキル『崇拝』を使用するだろう。
今回のアップデートには、スキル『崇拝』が信仰対象にもステータス変化をもたらす。
オレは頭をかきながらモニターを見た。
神様が神様を超えたら、一体なんて言えばいいんだろうな?