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自警団は今日も敵と味方にど突かれる

説明回なのでコメディー要素は薄いやも知れませんが、宜しければお付き合いを。


 集団叩頭のトラウマを呼び起こされ早々にふて寝した私は、よくじつ宿屋の一階に降りた折、感嘆の声を上げた。粉砕された、と言っていいような有様の出入り口がすっかり修繕されていたのだ。それはまるで時間を巻き戻したような完璧さだった。

 私はここを修繕してくれた()とその仲間の方々を思い出し、少し頭を抱えた。

 また直接謝りに行くと大惨事を招きそうなので、店で便箋と封筒を買って、手紙を送ろう。手紙はギルドあてでいいだろうか。


 そうと決まれば今日は買い物だ。

 流石にお手紙セットはNPCの店には無いので、今回はじめてプレイヤーから物を購入することになるだろう。


 ここ『オールドローズ』は商業で栄えた街ではないが、始まりの場所だけあって人と物の流通は多い。最近じゃ、大抵のものは商業区画で揃えられるそうだ。

 私が噴水前で演奏している最中、私の周りの会話だけ異様に小さな声なので聞き取りにくいが、こういった有益な情報を得られることが多い。

 いつも私の演奏を聴いてくれる人に感謝しなくては。


 出血ダメージを発動させる必要もないので、吸血鬼らしく真っ黒の傘をさして、整備された石畳の上をゆっくりと歩く。


 商業区画は最近新しく整備された所だ。

 場所的には『オールドローズ』の西側にあたる。記念イベントで新規プレイヤーが増える事を予想して、商業系のギルドがここの領主に街の拡張を提案したのだと聞いている。現実であれ仮想現実であれ、彼らは金の流れと匂いに敏感なのだ。


 更新される前の古い地図では菱形だった街は今、その西だけ出張ったように突き出している。この件で色々と問題が起きてギルド間戦争にまで発展しかけたそうだが、街の自警団なる人々が各所に働きかけ、何とか騒ぎを収めたらしい。


 私はその時、カカオ採取強化月間の真っ最中だったので噂話しか知らないが。

 待ち合わせの人々、様々だ。


 と、商業区画の側まで来たところで、件の自警団と思しき団体に遭遇した。

 皆一様に全身鎧を身に着け、赤い大亀に乗っているので分かりやすい。そして彼らの中でも重要視される上級プレイヤーは、オールドローズ種らしき多弁の薔薇が描かれた旗を手にしている。


 何か商業区画で問題が発生したのかも知れない。今日は武器(たてごと)を持ってきていないので、荒事が起きたら対処できないかもしれない。


 目の前で『崇拝』の気配はなし。よし。


 私は、薔薇の旗を括り付けた長槍を持っている人物に声をかけてみることにした。


「おおぉッ?!」


 獣の咆哮に似た叫び声を上げて上半身を逸らしたその人物は、どうやら女性のようだった。振り向いて、私の姿を確認した彼女は素早く頭を下げてきた。

 いつもの癖で左手がピクリと動いたが……大丈夫だ私、これはただの挨拶だ。


 自分の兜を亀の頭に乗せているらしく、サーモンピンクの見事な縦ロールが視界中央で大きく揺れる。歳の頃は二十代前半、といったところだろうか。


「え、ええ。あの、オルフェウス様、でいらっしゃる?」


 女騎士は凛々しい眉を寄せながら、おずおずと聞いてきた。知らない人間に様付けされると、こそばゆい。

 私は自分の片眉が上がるのを感じながらも、女騎士の言葉を肯定した。


「失礼しました、私はオールドローズの自警団、商業区画担当ニルヴァーナです。それで、私はオルフェウス様にどのような粗相を?」


 デザイナーズチャイルドらしき美貌の女騎士は、かなりご大層(、、、)な名前だった。私も人のことは言えないが。

 粗相したのが前庭だと言わんばかりの恐縮っぷりに目をこぼしながら、やや大きい声で否定した。

 ついでに状況説明をして完全に誤解を解くと、女騎士は要領を得ない顔から一変して、男らしい顔つきを見せた。


「あ、あぁ、良かった……ここ一週間、この区画では目立ったPK……いえ、殺人はありません。集まっているのは、単にパトロール強化月間でして」


 何もないなら問題はない。なるほど、と頷いた私は、傘を持ち替えて僅かに首を捻る。

 やはり、仕事の邪魔をするのも悪いので、適当に話を切り上げて店を探そう。

 この区画での目的……手紙を求めている事を軽く告げた私は、それではまた、と言って離れようとする。が、自分の手が持っている傘ごと掴まれた。掴んできたのはサーモンピンクヘアーのニルヴァーナ氏だ。

 亀の上から身を乗り出して、何故か必死の形相をしていた。さらに形の良いふっくらとした唇が、マシンガンのような速度で言葉を紡ぐ。


「あ、これはその……その、護衛……じゃなくて店までのご案内を! 緊急性のない連絡の時に良く使いますから、その、オススメのお店知ってるんです!」


 戸惑いながらも了承すると、私の言葉を受けたニルヴァーナ氏の首と頭は、思い切りぶん殴られた赤べこのような動きを見せた。何が彼女をそうも駆り立てるのか。


 勢いに気圧され、何故か飛んできたパーティー申請を承諾してしまった。

 パトロールの方は大丈夫なのだろうか?



 完全無料チャットルームへようこそ!

『OR緊急ミッション』


「タイトルの雑さが緊急性を表しておりますわね」

「え、これ名前入れる欄なくね?」

「まぁ口調で大体わかるっしょ」

「そうですわね」

「んで肝心のピンクロール隊長殿は無言と」

「暴漢でもでたのカニ?」

「我らが隊長殿はオルフェウス様と対話をしておられる」

「なんと!」「なんと!」「おぉ……?」「マジで」

「なんだ。昨日の集団PK事件の事かと思った」

「犯人まだ見つかってないんだっけ?」

「あれは被害者が納得してるみたいだし、緊急性は無いっしょ」

「てかあの集団が納得しちゃう犯人ってまさか……いや、何でもない」

「犯人はヤスカニ!」

「それ語尾と被って変な感じですわ」

「甲殻類はほっといてそろそろご説明を、隊長殿」

「すみません、内容はオルフェウス様の護衛です。商業区画入り口を西門方面に移動中」@ホスト

「ほわっ?!」「ほわっ?!」

「ほわほわ」

「花子さーん」

「現実逃避しないそこ」

「ヤスゥ」

「僕もそっちに行きます! 楽しそうだし」

「先生! 神様の護衛って必要なんでしょうか?!」

「緊張で吐きそうです。オルフェウス様はどうやら武器を所持していらっしゃらないもよう。ロズウェルの青果店通過」@ホスト

「なるほど、把握した」「あぁ、またか!」「ウカツ!」「カニッ」

「予想がつかないムッシューだ」

「隊長、僕らは彼がこの街でPKの餌食になるのを何時も事前に防いでるけれど、そろそろご本人に言った方がいいのでは?」

「それも考えたのですけれど。アイツから止められてるのよ……」@ホスト

「あの狂信者の言うことを聞くんですか?」

「また ハ デ ス か」

「何を考えてるのかサッパリ分からないけれど、いつも武具を融通してもらってるし彼の対人戦知識は貴重です。機嫌を損ねたくはないわ……」@ホスト

「まぁ、大人数の装備一式揃えるのも結構大変ですからね」

「あのゴミクソが街の治安に一役買ってるっていう事実はあんま考えたくねぇな」

「でもあの街みたく廃墟っぽくなるのは嫌ですカニ」

「名前を呼んではいけないあの街」

「あそこ、ガチで公式ワールドマップから消えたもんな」

「運営はわかってる(震え声)」

「オルフェウス様が興味を示したため◯×◯楽器専門店前に駐留。早く見終わってください」@ホスト

「駐留w まぁ駐留か」

「隊長殿の心の叫びがwwww」

「マップ変更は止めて欲しい」

「無関係の野次馬も増えてるですカニ?」

「そういえば、彼がここに来るのはじめてですかね?」

「んどぅば」

「あ、ここで楽器買えば良いのでは?」

「オルフェウス様は竪琴しか使わないとのことです。竪琴は流通が少ない割に人気なので、高すぎて買えません」@ホスト

「そうだオルフェウス様が演奏できるのは称号効果だっけ」

「そもそもこの店には、神様の腕力に耐えうる竪琴は無いようだぞ諸君」

「店主が顔真っ青」「あ、移動はじまった」

「思ったんだけど踊り子なら武器いらなくね?」

「いるわよ?」

「お前さん対人経験ないのか」

「対人はリーチが大事だからカニ」

「踊り子は、あ」@ホスト

「ん?」「隊長殿?」

「PKギルドのメンバーを三人発見しましたので除去していいでしょうか」

「といいつつ既に除去済み」

「清掃屋さん呼びまーす」

「お願いします」@ホスト

「いや、ははは襲ってきたもので」

「後ろに別ギルドの奴が一人尾行、煽って手を出させて殺るカニ」

「殺ったカニ」

「あんたも早いよ甲殻類さん!」

「うーん、囲まれてるみたいですわ。神様は?」

「目的地で手紙セットを吟味中です」@ホスト

「え、手紙?!」「誰に?!!」「第二ミッションは『手紙の宛先を探れ』じゃね」

「それは後、目の前の敵に集中」

「絵画店裏に『崇拝』を行う集団発見、注意しておきます」

「それ味方やで工藤」

「くっそあいつら煽りやがって! 亀は早いんだぞ!」

「え、味方?!」

「更にPKギルド5名、除去します」

「報復キタァー!」

「おらぁ亀アタック!」

「あ、こっち一人やられた」

「場所を言え場所を!!」

「雑貨店外に居座る上半身裸の変態を締めておきました」

「それワタシカニィ」

「え、失礼! 甲殻類さん鎧剥ぎ食ったんですか……」

「亀がさっきから俺を殴るんだが」

「それ騎乗スキル足りてない」

「修行が足りてませんわね」

「雑貨店前のPKギルド三名支援で復活しやがったので裏に連れて行って拘束しました」

「か、カニィ……」

「拘束(焦らしプレイ)」

「皆さんグッジョブです」@ホスト

「これどっちがPKか分からんな。」

「確かに……ですがまぁ、そろそろ終わりですよ。むしろ終わって」@ホスト



 時折不自然に黙る女騎士の案内で大きな雑貨屋に入った私は、色とりどりの紙を見て再び感嘆した。

 大昔の現実世界であった質の良い紙が再現されていたのだ。他にも、鉛筆やシャープペンシルなど、絶滅した文具が並んでいた。

 先程からドカンどかんと騒音が聞こえていたが、もはやそんなものが気にならなくなるほど熱中してしまった。


 木枠のフォトフレームを見つけて更に嬉しくなる。ローズウッドのような美しい木目を指で撫でながら、今では殆ど絶滅したレトロな品々を想う。フォトフレームがあるということはカメラもあるということだろうか。

 しかしまぁ、ここは雑貨屋なので機械はないだろう。


 迷惑ついでに、カメラを売ってる場所を教えてもらえないだろうか?


 私は木枠のフォトフレームと淡い空色の手紙セットを手にして、後ろを振り返る。そして、何やら安堵しているような様子のニルヴァーナ氏におもいきり微笑んだ。



「鼻血出てます隊長殿。ってあぁっ、隊長殿が精神的に死んだ!」

「死あわせそうな顔してやがるぜ……」

「ハデスの嫉妬、間違いなし」

ミッション続行の悲劇でピンクロール隊長の明日や如何に。

読了ありがとうございました!

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