脳味噌筋肉は今日も地面を抉る
我慢できませんでした。
▽
俺の視界端ではデフォルメされたタカが雄々しく翼を広げ、ゆっくりとまわる。
通称タカ印と呼ばれているこれは、VRゲーム『ファンタジーア』第一サーバーの接続数を視覚で表している。真っ赤だってことは、サーバーが満杯近いってことだ!
大盛況なのは嬉しいんだが、これから狩りに行く俺達には些か困りもんだ。
戦神のバフが存在しない今、一瞬の遅延が命取りになる。
俺は開いたメニューから基本設定をいじって、タカ印を消した。無駄なあがきかもしれねぇが、今は少しでも動きを軽くしてぇ。
本当に……戦神が、どっかの糞野郎の所為で早く帰っちまったのが悔やまれる。
俺は背負っていた変形斧を掴み、一振りして展開させた。一見ただのロマン武器だが、筋力盛りの俺が使えば素晴らしい火力が出る。本当は棍棒か釘バットの方が破壊力的にはいいんだが、それやると原始人だと笑われちまうからな。
脳筋でも身だしなみにはこだわるべきだ。
俺は二つに割れた自慢の顎を上げ、目線を空にうつす。
今の『ファンタジーア』の夜空を見ても、そこにゃ星やなんかの光はない。
びっくりするほど暗闇だ。
もうすぐ、一定期間毎にやってくる限定のイベントが始まる。いんや、すでに始まってるっつーべきか。
この星が全くない夜を朝にするには、ワールドボス『光喰みの魔女』をぶっちり殺す必要がある。
高難易度だ。魔女はめっちゃ強い。
実装されたのが前々回の大型アップデートだから、割と対策は出揃ってる。んが、対策してようが、レベルを上げようが、どうしようもねぇ事もある。
前衛の火力が足りなきゃあ、必然的にプレイヤースキルってやつが必要になる。それも、敵の攻撃を受けたりする機会が少ねぇ後衛に。
魔女は全状態異常を全体に振りまく鬼畜モンスターだ。
装備では完全に対策しきれねぇやつが幾つかあるんで、こればっかりは高位の支援職に常時バフをかけてもらって予防する必要がある。
魔女本体の火力も半端ねぇからな。
んが!
十秒毎に、鞭による物理系の全体攻撃が必ず飛んでくるもんで、後衛がコロコロ死にやがる。
もちろん物理系だから気をつけてりゃ回避可能だ。それこそ武神なんかは最前線でステップ踏んで避けながら、楽しそうに笑ってたな。勿論バフ掛けながらだ。
が、残念ながら、後衛の、特に支援特化のやつらでそんな器用なことできる奴は滅多にいねぇ。鞭を全力で避けるか、バフかけるかのどっちかって奴らばっかだ。
普段、比較的安全な後ろで芋ってバフかけてる連中だ。それも生粋の支援は前衛やりたがらねぇやつがおおい。
当たりゃもれなく即死だから、避けてもらえりゃヒーラー負担が減って助かるんだが、そうなると、そもそも支援がいる意味がねぇ。
本当に、武神が居てくれりゃ楽なんだが……。
頼みに行こうにも、武神が宿泊してる『オールドローズ』の宿屋にゃ入れてもらえねぇときた。
各ギルドがフルメンバーとフル装備引っ張り出して、ボスが降りてくるコロセウムの前の広間に集結し始めてる。
こうなりゃ、はらくくって夜明けを引っ張ってくるしかねぇ。そもそも夜が明けねぇと我らが武神に会えねぇしな!
ところで、あの糞ハデスの居場所って誰か知らねぇか?
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【光喰みの魔女・討伐作戦緊急会議場】
A・神頼みする
B・殺られる前に殺る
C・殺られる前に逃げる
〈名も無き踊り手〉今回はAが機能しないので全力避けー
〈名も無き歌い手〉居ても全力避けだご
〈名も無き戦士〉Aが機能するなら
最短二回飛びで終わるけどなwww
〈名も無き忍者〉無理ゲーで御座る
〈名も無き聖騎士〉僕も回復に回った方がいい?
〈名も無き剣士〉長引くと瓦解すっぞ
〈名も無き魔術者〉縄跳び何回跳べるかなー
〈名も無き遊び人〉十は行くかものはし
〈名も無き踊り手〉遺書書いて置きます
〈名も無き死霊術者〉遺体は使わせて貰う
〈名も無き死霊術者〉爆★発
〈名も無きナメクジ〉がんばれー
〈名も無き巫女〉リジェネいる?
〈名も無き聖騎士〉そか今回は範囲回復かけていいんだ
〈名も無き剣士〉こっちはいる。後ろはいらんだろ
〈名も無き僧侶〉普段は回復するまでもなく終わっていたという恐怖
〈名も無き剣士〉でも今回脳筋さん居るし平気じゃねーの?
〈名も無き狂信者〉出発タンマ
〈名も無き領主〉なぁ、さっきハデスが宿屋に突貫してったん
だけど
〈名も無き大工〉また宿屋ぶっ壊しやがったぞ死ね!
〈名も無き剣士〉うわぁ
〈名も無き僧侶〉あれ、神様こっち来てね?
〈名も無き踊り手〉ハデスやりやがった!
〈名も無き演奏者〉いや、到着早すぎねwww
〈名も無き魔術者〉課金したんじゃないですか?
〈名も無き領主〉彼はわざわざ課金アイテム使用したようだぞ諸君
〈名も無き釣り人〉大物釣ったなぁ
〈名も無き剣士〉え、ちょっと、ハデス、魔女の寝ぐらに突っ込んでない?
ねぇもしかして戦闘はじまる?
〈名も無き戦士〉お前ら後に続けーーッ!!
『崇拝』
〈名も無き剣士〉うああああああぁ!!!
『崇拝』
〈名も無き踊り手〉準備まだぁあ!!
『崇拝』
〈名も無き格闘家〉おらぁぁあああ!!!
『崇拝』
〈名も無き忍者〉ハイクをよめ魔女=サン!
『崇拝』
〈名も無き魔術者〉なんか違うくね!
『崇拝』
〈名も無き戦士〉これでかつる!
『崇拝』
〈名も無き巫女〉作戦なんてなかった
『崇拝』
〈名も無き剣士〉お前らも狂信者かよ
『崇拝』
〈名も無き演奏者〉今なら神様、前しか見てない!
『崇拝』
〈名も無き狂信者〉
『崇拝』『崇拝』『崇拝』
▼
粉塵が周囲に舞い上がったと思ったら、ボスが召喚した小型の魔女がその頭部を吹き飛ばされていた。
歌を歌いながら、踊り手の緊急回避スキル『舞』で鞭を正確に回避。スキルコンボを途切れさせることなく大型の竪琴を一振り。
血にまみれながら敵の頭を正確に狙う様は、まさに武神。
すげぇ。流石だ。獲物がでかかろうが振り回されねぇで正確にぶち抜いてら。
ボスに辿り着く前にスタミナが切れたのか隣の忍者にマキビシを頼んでたっぽいが、たいしたロスじゃねぇな。
これなら鞭四週目までには終わっちまいそうだ。
俺の目の前ギリギリを大型の竪琴が一回転し、余波でまだ雑魚が吹き飛んだ。
俺なんか斧でようやく三匹目の小魔女に取り掛かかろうってところだってのに。本当パネェ。
ていうか咄嗟に地面へ斧ぶっ刺してしてなかったら俺まで風圧で吹き飛んでたぞ。ガッチリ体型二メートルの俺まで。
武神が一瞬振り向いてニッと笑ったから、俺がいるのにゃー気が付いてたろうが……。それでも怒るどころか、つられて笑っちまう。
やりおるな。
おぬしこそ。
みたいな感じでなぁ。
俺は地面から引っこ抜いた斧で、小魔女の身体を二つにおろした。それでも手足を動かす小魔女の胴体を分離させる。四分の一だ。これでやっと死ぬ。
他の連中は後ろの方でもっと時間をかけて処理してんだろうな。
でもな、そんなちんたらしてたら追いつけねぇぞ。
死んだ雑魚を踏みしめながら武神の元へ走る。ほれみろ距離が大分空いちまった。
ボス本体が両手を上げて奇声をあげた。誰かが魔女本体にたどり着いた瞬間、来る攻撃。全体への状態異常だ。が、歌と踊りでついたバフが状態異常をキッチリカッチリ完全ガードしてくれた。
誰かっつーのは……忌々しいがハデスの野郎だ。無駄に硬ぇからボス前で叩頭する余裕すら見せやがる。
珍しく武神はハデスを無視して、竪琴で本体をぶん殴った。静止中にしか使えないバフがかかってないからか、即死とはいかねぇみたいだが……それでもボスが怯むってヤベェよ。
死ねなかった魔女は反撃してきたみてぇだが、骸骨野郎ハデスがそれを盾でも武器でもなく身体で受け止めていた。
叩頭しながら。
いや死ねよ。そこは死んどけよ!!
にしてもいそがねぇとヤベェなこりゃ。
ぶっ飛んでるやつにゃおよばねぇが、俺も一太刀くらいは浴びせてぇから、もう少し待ってくれや!!
スキル『疾走』からの『跳躍』で一気に距離を詰める!
「うぅおおおおぉぉぉおっ!!!!」
ボスに向けた筈の大斧振り下ろしは、虚しく地面に突き刺さった。
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0909-副管理人
脳筋肉だっせぇ足浮いてる!
0910-副副管理人
動くな叩き割る、前に死んだな!ザマァ!
0911-
わざわざバフ掛けなおししてまで殺しきる。
神に愛されているなハデッさん!
0912-
手柄を誰も褒めない辺り、狂信者からも愛されてるな!
0913-副管理人
「我々の業界ではご褒美です」()
0914-
何か、地形変わってるぉ?
0915-
ハデッさんまた死んどる…
なんですぐ死んでまうん
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彼が脳筋に笑ったのは顔が引き攣ったため。
ありがとうございます。
ありがとうございます。