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ダーク

 黒い槍によって、多くの人間が命を奪われたあの日より、すでに半年が過ぎていた。


 今、王都カルカスへと続くさびれた街道では、一人の少女が立ち尽くしていた。アベルの妹ジネットだ。ジネットだけは、あの災厄から生き残っていたのだ。


 しかし生き残りはしたものの、ジネットはすべてを失ってしまっていた。


 聖槍の力で、アベルを愛するものはことごとく死んだ。正義を守る騎士だった彼を好む者すべてが。残ったのは幼すぎる子供か、犯罪者まがいの者ばかりだった。その結果なにが起こるかは考えるまでもない。モンフォール領の治安は最悪となった。


 ランツ王国が健在だったなら、助けもあったかもしれない。だがアベルに騎士団を壊滅させられた王国も崩壊してしまったのだ。今のランツ王国領とモンフォール領は、生き残った貴族たちが内乱を繰り返す無法地帯となっていた。


 槍が降ってからいくらもしないうちに、財貨も土地も奪われ、ジネット自身は奴隷商に売り払われることになった。彼女が「幸運にも」なんとか逃げ出せたのは、つい先日のことだった。


 ──けれどジネットは、また厄介事に巻き込まれてしまっていた。


 ジネットは、親切な商人といっしょに旅をしていた。しかしひと気のない山道に入ったところで、山賊に襲われてしまったのだ。

 すでに商人は護衛もろとも山賊たちに殺され、ただ一人ジネットが残るばかりだった。


「へっへっへ、久しぶりの女だな! やかましい騎士どもが死んだのはいいが、女までとんと見かけなくなっちまったからなあ」


 山賊の下卑た言葉を浴びながら、ジネットは涙をこらえていた。彼女には屈強な山賊たちと戦えるような能力はない。見苦しく泣き喚かないのが、せめてもの抵抗だった。


 ライト、助けて……!

 ジネットには、ただ祈ることしかできなかった。


「──なんとも荒れた世界だ。この国には犯罪者しかいないのか?」


 ジネットの祈りに神が答えてくれたのだろうか、街道わきの森から野太い声が聞こえてきた。山賊たちの注意が声のほうに集中する。


 その隙に、ジネットは声と反対の方角へと走りだした。


「あっ、てめえ! 女が逃げたぞ、捕まえろっ」


 気づいた山賊の一人が声をあげたが、ジネットはすでにかなりの距離をかせいでいた。このままいけば、うまく逃げられる。ジネットがそう思ったとき、目の前に人影があらわれた。彼女の心が絶望で塗りつぶされる。


「娘、勇気があるな。ヤツらから離れてくれて助かったぞ。おまえを人質にとらえるとすこしばかり面倒だったからな」


 ジネットは混乱した。目の前から、さきほどと同じ野太い声が聞こえてきたからだ。彼女は声と反対の方向に向かったのだ。一番遠くにいた彼が山賊たちより早く先回りするなど、どう考えてもありえないことだった。


「この糞女が、手間かけさせやがって! アジトに連れ帰ったらめちゃくちゃにしてやるからな」


 ジネットが呆然としている間に、山賊たちが追いついてきてしまった。彼らの顔には怒りがうかんでいる。ジネットは恐怖で身をすくませた。


「その娘に手出しはさせんよ。今日は大人しく帰ったほうが良いぞ? おまえたちではオレに勝てんからな」


 野太い声の男がジネットの前に進み出る。男は体全体を覆う茶色のローブを着ていた。顔まできっちりと布地で隠れていて、どうやってまわりを見ているのか不思議なほどだ。


 ローブの男の登場に一瞬とまどった山賊たちだったが、すぐに男の忠告を無視して彼に斬りかかった。


 しかし斬りかかった山賊は、男に殴り飛ばされてしまった。そのまま木に激突してピクリとも動かなくなる。


「……すまん、殺す気はなかった。加減はしたつもりだったのだがな」


 山賊たちに動揺が走った。彼らがふだん相手しているのは、か弱い女子供や老人であって、こんな強敵と戦うことなどないのだ。


「ゆ、弓だ! 遠巻きにして撃ち殺しちまえっ」

「やめておけ。大変なことになるぞ」


 男は制止したが、山賊たちがそれを聞くはずもない。短弓を構えた山賊たちが進み出て、矢をつがえた。

 男は、ひとつため息をついた。


「【クドネシリカ】」


 男がつぶやくと、彼の手に華麗な意匠の大剣が出現した。

 そのまま彼は両手で大剣を振るう。


『赤帝爆炎陣!』


 男が大剣で空を切り裂くと、彼の前方に巨大な火柱があらわれた。

 赤い炎がはるか上空まで吹き上がる。ジネットたちに放たれていた矢は、そのすべてが空中で燃え尽きていた。


 激しい炎がおさまった時、そこに動くものはいなくなっていた。空間が切り取られたように、円形にぽっかりと穴が開いている。そこにいた山賊たちも、木々も、なにひとつ残ってはいなかった。


「オレ一人だったなら、矢くらい受けてやっても良かったのだがな。むごいことをした……」


 男は悲しげな顔でそう言った。

 さきほどの爆風でローブがはだけて、顔があらわになっていたのだ。


 ──しかしその顔は奇怪なものだった。縦長の瞳孔に赤い肌、金色の髪に白い二本の角。それはまるで、人間と爬虫類を掛けあわせたような奇妙な姿だったのだ。


 ジネットは呆けるように男を見つめていた。

 自らの顔があらわになっていることに気づいた男は、あわててローブをかぶり直した。


「おまえたちにはバケモノに見えるのだろうが、これでも俺は──」

「あなた、ライトの知り合い!?」


 悲鳴をあげるでもなく質問をしたジネットに、男は意表をつかれたようだった。

 実はジネットも、男の顔に驚きはしていた。だが、それ以上に気になったことがあったのだ。


 男は虚空から剣を取り出した。それはライトがよく見せてくれた魔法と同じものだ。であるならば、男がライトと知り合いだという推測が成り立つ。


「い、いや、すまんが、ライトという人物に心当たりはないようだ」

「そう、なの……」


 ジネットはがっくりと肩を落とした。


「それにしても、オレの顔を見て逃げ出さなかったのはおまえが初めてだぞ。俺は竜人ダーク・トレジャー。おまえの名を聞いてもいいか?」


「私はエルネスト・ド・モンフォール辺境伯の娘ジネットよ」


 ダークはジネットを上から下までながめた。


「なるほど貴族の娘か。だが、旅をするのにその装飾品はどうかと思うぞ。それでは盗賊に狙ってくれと言っているようなものだろう」


 ジネットは、高価そうな髪飾り、指輪、首飾りをつけていたのだ。それぞれ、金色に光る金属に、色とりどりの宝石がはめ込まれた美麗極まる品である。


「これは、良人が私のために作ってくれた大事なものなのよ。はずすなんてできないわ」


「ふむ……」


「それにこの指輪は、たぶん私を守ってくれているの。ライトのかわりに」


 ジネットが嬉しげに掲げた指輪には、赤い宝石がひとつはめ込まれていた。しかしもともとは、二つの石があったのだ。そのうちひとつは、槍が降ってきた日に砕け散ってしまったのである。まるでジネットの身代わりになったように。



 * * * * *



 ジネットとダークは何も無くなった空き地で、お互いの境遇を語り合った。


 ダークは違うセカイ──ジネットには意味がわからなかったが、彼女は違う国のことだと理解した──から来た竜人の戦士で、はぐれてしまった仲間たちを探しているらしい。


 ジネットの話の中でダークがもっとも関心を示したのは、ライトについての情報だった。フローレスという小人族は、彼の世界ではありふれた種族で、彼の仲間にも同じ種族のものがいた。しかしランツ王国には小人族など住んでいない。ならばフローレスであるライトは、ダークと同じ世界から来た可能性が高い。


 そうしてジネットとダークの二人は、いっしょに旅をすることを決めた。

 ジネットはとにかくライトに会いたかった。そのためには強い護衛がいてくれると非常に助かる。


 ダークにしてみれば、ライトが元の世界への唯一の手がかりだった。それにジネットに、この世界の一般常識を教えてもらえるという利点もある。いままでは出会った相手がすぐに逃げてしまい、まともな会話などできなかったのだ。


「これでも元の世界では、ふつうの人間として扱われていたのだがな」


 憮然としたダークを見て、ジネットは久しぶりに笑い声をあげた。



 * * * * *



 ダークと会ってから、ジネットの旅は順調に進むようになった。それまでは、道や街でちょっかいをかけられたり、襲われそうになったりと散々だったのだが、巨体のダークが寄り添っているおかげで、その手の輩がパッタリと途絶えたのだ。


 それに路銀がとぼしかったジネットには、ダークが宿代を出してくれるのもありがたいことだった。


「いつもありがと。落ち着いたら、きっと返すから」

「この程度のはした金で気にするな。それよりも、おまえのような若い娘が野宿していたと聞いて驚いたぞ」


 ジネットは情けない顔になった。そして自分の体を見下ろす。


「……やっぱり男に見えないかな? 髪を切ったりズボンをはいたりしたのに」

「おまえみたいに可愛らしい男はいないと思うぞ」


 ジネットは半眼でダークをにらんだ。


「私は人妻なんですからね。口説いたってダメよ」

「オレには、子供に手を出すような趣味はないぞ。……ああいや、すまん。ライトの悪口を言うつもりではなかった」


 慌てるダークを見て、ジネットは笑った。もとより本気で言ったわけではない。この半年の経験で、欲情をむき出しにした男がどういうものなのかはわかるようになっていた。彼がそういう好色な男なら、いくら安全だとはいえ、ともに旅をしたりしなかっただろう。


「明日には王都につくわ。もしかしたら、ライトはお城に捕まっているかもしれないけど──」


「心配するな。その時は俺が助け出す。問題はそれより……」


 ダークは最後まで言い切らず言葉を濁した。

 彼の言いたいことは、ジネットにもよくわかった。ライトがすでに死んでいる可能性が高いと思っているのだろう。たしかに彼女の知るライトは、戦う力など持っていなかったし、この国の現状を考えれば何があってもおかしくない。


 けれどジネットは、初めて会った時に、颯爽と彼女を救ってくれたライトの姿をはっきりと覚えていた。彼ならどんな困難でも切り抜けてくれる。そう、信じられた。



 * * * * *



「……。」

「……。」


 王都カルカスにたどり着いた二人は、一様に言葉を失った。

 それほどに目の前の光景は、異常で不気味なものだったのだ。


 大地に突き立った無数の長い槍。その数千の黒い槍には、槍と同数の死体が刺さっているのだ。それはまるで、地獄の一片を切り抜いたかのようだった。


「なんという……。どれほどねじくれた心の持ち主ならば、これほどのおぞましい事を引き起こせるのだ……」


 ダークは不愉快そうに唸った。

 そして無言のままのジネットを心配そうに見つめる。


「遠回りになるが、裏門に向かうか。若い娘が近くで見るべきものではない」

「あは、あははっ」


「ジネット……」

「大丈夫、大丈夫よ。おかしくなってなんかないわ」


 ジネットは肩にかけられた手を振り払った。


「あのくらいたいしたことないわ。だって、目の前で見たもの……! お父さんの頭が弾けるところも、従妹二人が血まみれになるのも」


 ダークは痛ましげにジネットを見つめた。そして何かを言いかけて口を閉ざす。

 かわりに彼は城門に向かって、ゆっくりと歩き始めた。



 * * * * *



 近くで見る様子は、なおさらに不気味なものだった。

 地面には、たくさんの赤い血溜まりができていた。だがこれはおかしいことだった。事件があったのは半年も前なのだから。


 いま流れだしたような血があるだけでなく、槍に貫かれた兵士たちもついさっき殺されたばかりのような生々しい姿だった。顔は絶叫のままに固まっている。


「まさしく地獄だな……」

「さわらないで」槍を調べようとしたダークをジネットが止めた。「槍に触れた人は病気になったりしているから」


「呪いか? 厄介なことだ。それにしても──」


 ふいにダークが身構えた。それを見て、ジネットもまわりを見回した。

 城門の近くに、白いドレスを来た少女がいる。彼女はふわりふわりと、まるで体重がないような足取りで二人に向かって歩いてきた。


「ジネットの知り合い、というわけではないのだろうな?」

「あんな子、知らないわ。それにあれは、ちゃんとした人間なの……?」


 ジネットの靴もダークの靴も、兵士たちの血で赤く染まっている。しかし白いドレスの少女は、血溜まりの上を歩きながらも、まるで汚れていなかったのだ。


「ようこそ、廃都カルカスへ。もしもお金が目当てなら、すぐに帰ったほうが良いですよ。この街には、たいした物は残っていませんので」


 ジネットとダークは顔を見合わせた。


「いや、俺たちは人を探しているだけだ。盗賊のようなマネをするつもりはない。俺はダーク、そしてこっちの娘がジネット──」


「ジネット……!」

「そ、そうだけど? ごめんなさい、どこかで会っていたかしら」


 白いドレスの少女は、ジネットの名前に強く反応した。けれどジネットには、相手の記憶はなかったのだ。彼女が着ている高そうなドレスからして、どこかの貴族令嬢なのだろうが……。


「会うのは初めてです。けれど貴女も私の名前は知っていると思いますよ。私は、ランツ王ロテール3世の娘──」


「エレーヌ!」


 相手が名乗る前に、ジネットが叫んだ。

 そして白いドレスの少女を睨みつける。


 ジネットからすれば、エレーヌは許しがたい相手だった。王都に連れ去られたライトが、エレーヌとの結婚を強いられたことは、モンフォール領にも伝わっていたのだ。そして、それを断ったライトが捕まってしまったということも。


「私のライトはどこ?」


 私の、を強調してジネットは言った。

 エレーヌは、ほんの少し眉をひそめた。そして藍色の首輪に手を当てる。その仕草にジネットは、なぜだか不快感を覚えた。


「あなたのライト、ではないと思いますよ。二人できりで話をしていた時に、あなたの話題なんて一度もでませんでしたから」


 その思わせぶりな言い様に、ジネットはカッとなった。


「あなたにライトのなにが分かるっていうの!」

「ええ、まるでわかりません、ライトの事なんて。でもそれはあなたも同じです」


「二人とも落ち着け。そういがみ合っていては話にならんぞ」


 それまで黙って様子をうかがっていたダークが、二人の間に割って入った。


「ジネットは王女と冷静に話し合うことはできんようだ。ここから先の質問は俺がしよう。さて王女よ、もう一度聞くが、ライトの居場所に心当たりはあるか?」


「ありません」

「死んだ、ということはないだろうな」


「ライトが死ぬ? まさか。あの人を殺せる人間なんているはずがありません」

「それは、どういう意味かな?」


 エレーヌは冷めた視線でダークを見つめるだけだった。そして答えるかわりに、手を広げてあたりを指し示す。ダークは、黒い槍が林立する景色を見てうなり声を上げた。


「これを引き起こしたのは、やはりライトなのか?」

「それは──」


「そんなはずない!」ジネットが進み出てエレーヌを睨みつける。「ライトは私と結婚する予定だったのよ。兄や騎士団を傷つけるはずないわ!」


「落ち着け、ジネット。まずは王女の話を聞こうではないか」

「ダーク、あなたまさか、こんな馬鹿げた話を信じるわけ!?」


「それは……」

「ダーク!」


 ダークは、のろのろとジネットに向き直った。そして大きく息を吐く。


「すまんがジネット、オレには最初からライトは怪しいように思われていた。この世界には、これだけの惨劇をしでかせるような者はいそうにないからな」


「あなたまでライトがやったと言うの!」


「いや、可能性が高いというだけだ。事件を引き起こしたのは異世界の者だ。それは賭けてもいい。ただ、オレとライト以外にも誰かが来ている可能性もある。二人も来ているのだ。もう一人いたところでおかしくはないからな。──それで王女よ、おまえはその目で、たしかに事件を目撃したのか?」


「見ては、いません。私がそう信じているだけです」

「やっぱり! 適当な事を言っているだけなんだわ!」


 エレーヌは無言でジネットに近づいて、彼女の体に手を伸ばした。

 ジネットはエレーヌの手から逃れようと、あわてて後ろに下がろうとした。しかし血溜まりに足を滑らせて尻もちをついてしまった。


「ごめんなさい。怯えさせるつもりはありませんでした」

「お、怯えてなんかないわ! ちょっと驚いただけよ」


「そうですか。なら、私の手をつかもうとしてくれますか?」

「あなたの手なんて借りないわ!」


 ジネットはそう言って、差し出されたエレーヌの手を払おうとした。しかしジネットの手は、エレーヌの手と当たらずにすり抜けてしまった。ジネットはバランスを崩し、血の中に倒れ込みそうになってしまう。


「……王女よ、おまえもライトに何かをもらったのかな?」


 ダークは、倒れそうになったジネットを支えながら王女に尋ねた。


「ええ。この首輪です。これのせいで誰も私に触ることができませんし、私も誰にも触れません」


 そう言うとエレーヌは、口を歪めて小さく笑った。


「それどころか、布切れ一枚動かすこともできないんですよ? 財宝目当ての者が入ってこなかったら、私は一生同じ部屋に閉じ込められるところでした」


「それって、ライトがあなたを閉じ込めようとしたってこと? ……そうか、わかった。やっぱりライトはあなたのことが嫌いだったんだわ。だからそんな物をあなたに渡したのよ」


 エレーヌはジネットを見つめた。その視線からは、怒りも憎しみも感じなかったが、なぜだかジネットは怯んでしまった。


「私はライトを二度裏切りました。彼があれほどに強くなければ、殺されていたかもしれません。だから、もしもライトが私への復讐として、この首輪をつけたのなら納得できます。でも──」


 そこで言葉を区切ったエレーヌは、自分の体を抱きしめて震えた。


「でも、たぶん違います。私には、ライトが『善意』でこの首輪くれたように思えてならないのです。彼は姿こそ私たちと似ていますが、その心は私たちとはかけ離れています。私は、それが恐ろしい」


 そう言ってエレーヌはジネットに向き直った。


「貴女は、ライトのことを理解しているのですか。本当に?」

「……。」


 ジネットの口から肯定の言葉は出なかった。彼女から見ても、ライトは謎めいた存在だったのだ。何を考えているかわからない、そばに居てもどこか遠い場所にいるような人。


(でも、私はそこに惹かれたんだわ)


 ジネットのまわりには、兄のアベルを始め、朴訥で単純明快な男たちしかいなかった。そんな中にあらわれたライトは、ほかの者とはまるで違ったのだ。


「……話を戻そうか。つまり王女は、事件があった時は閉じ込められていて、ライトの姿を見てはいないということだな?」

「はい」


「ならば街の者たちから話を聞くとしよう。事件を目撃したものもいるだろう」

「いません」


「何?」

「最初に廃都だと言ったはずです。この街には誰も残っていません。……こんな恐ろしいモノが城門前にあって、どうしてふつうに暮らせるでしょう」


 彼らのまわりには、黒い槍に体を貫かれた無数の死体がある。地面は赤く染まり血の匂いが漂っている。この光景を見たものは、二度とこの都に近づかなかった。街の住人も、動けるものはみな逃げ出してしまったのだ。


 ライトのことばかりは言えない。黒い槍の林のまっただ中で、悠長に話し続ける彼ら三人もまた、まともな人間だとは言えなかっただろう。


「なるほどな。ジネット、これからどうする。何か良い案はあるかな」

「東に、私たちの領地に戻りましょう。ライトが生きているなら、きっと私の様子を見に来てくれるはずだもの」


「了解した。ところで王女は、これからどうするつもりなのだ。この街にはお前一人しか残っていないのだろう?」


 エレーヌはすこし微笑んだ。その微笑にどんな感情が込められているのか、ジネットにはうかがい知れなかった。


「私はこの街に残ります。『またね』って彼が言ったから。……さようなら、貴方がたがライトと会えることを祈っています」


 最後に王族らしい優雅な礼をすると、エレーヌは来た時と同じようにふわふわした足取りで街へと去っていった。



 * * * * *



「ダーク、なにをしてるの?」


 ジネットは不審げに尋ねた。東に戻るという話だったのに、彼は西にある城門の方向に歩き出そうとしていたのだ。


「なに、出発する前にやっておきたいことがあってな」


 そう言ったダークは、振り向きもせずに歩みを続けた。ジネットも仕方なしについていく。けれど本当は、彼女は城門の方には行きたくなかった。城門の近くには、ジネットが見たくないものがあったからだ。しかしダークは、そんなジネットの気持ちにはお構い無しで大股で歩いて行く。


「やはりこの槍だけ違うな。ほかの槍は黒く、頭上から縦に体を貫いている。だがこれは白く胴体に横から刺さっている」


「だから、なんだっていうの!?」


 ジネットは、ダークが歩み寄った人影から目を逸らしながら怒鳴った。それが誰かは、遠くからでも一目でわかっていた。兄のアベルだ。


「やはり、このままにはしておけんだろう。この槍を──グアッ」


 叫び声を聞いて、思わずジネットは彼の方に目を向けてしまった。するとそこには、アベルに刺さった槍を抜こうとしているダークがいた。


「なっ、触っちゃダメだって言ったのに! すぐに手を離して!」


 ジネットの言葉を無視して、ダークは槍をつかんで離さない。槍をつかんでいる右手のあたりのローブが破れ、その下の手甲もはじけ飛んだ。そして、ウロコに覆われた彼の右腕から血が滴り落ちた。ダークは槍を引き抜こうとしているが、槍はアベルの鎧と一体化したかのようにピクリとも動かない。


「ウォォッ」


 ダークは吠えながらさらに力を入れた。全身のローブが破けて、爬虫類のような異形の姿があらわになる。強い力を込められて、ダークの右腕が膨れ上がった。すると、それまで動かなかった槍が、わずかに動いたのだ。


「ウォォオォォッ!」


 ダークは、ひときわ大きな咆哮をあげるとともに、槍を一気に引き抜いた。


 引きぬかれた槍は、白い光を発しだした。

 糸のような細い光が無数に放たれて飛んで行く。光の糸は別れて飛んでいき、その一本一本が黒い槍へと吸い込まれていった。


 あたりに金属音が鳴り響いた。その場に立ち尽くしていた、兵士たちの死体が地面に倒れたのだ。彼らを大地につなぎとめていた黒い槍は、光の糸が触れるとともに溶けるように消え去っていた。


「……こうなるって、知っていたの?」

「いや、そうではない。ただあの白い槍が気になっただけだ」


 血だらけになった右腕をだらりと垂らしたまま、ダークはあたりを見回した。


「槍は消えたが、死体は残ったな。5千か、それとも1万か? どちらにせよ一人ずつ葬ってやるのは、少し難しいな……」


 ジネットは震えながらも、うつ伏せに倒れているアベルに近づいていった。

 それを見たダークは、アベルの体を仰向けに動かした。銀色の鎧がガシャンと音をたてる。


 不思議な事に、槍を抜く前浮かべていた苦悶の表情は消え、アベルは穏やかな死に顔になっていた。

 

 ジネットはアベルのそばへ膝をつく。


「お兄ちゃん……」


 ジネットはこの半年間、どのような目にあっても泣いたりはしなかった。

 しかし今、彼女の目からは涙が流れていた。一度あふれた涙はこらえようにも次々とこぼれ落ちる。


 そして、ひと気のない廃都の入り口には、ジネットの泣き声だけがただ流れていった──

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