008 魔導を紡ぎ直す者の目覚め
<エルダーテイル>というゲームには師範システムというものが存在する。
上級者が初級者にレベルを合わせてパーティを組んで戦うことによって、初心者が楽しみながら実戦訓練を行えるようにするというレベル調整システムである。このようなシステムが存在する点から見ても、<エルダーテイル>がプレイヤーの成長に力点をおいた秀逸なゲームであるといえる。
通常のゲーム世界では、プレイヤーのレベルが高く装備がよければ強いと言える。だからこそ、チートやBOTの乱入があとを絶たない。イカサマをしてでも有利に事を運びたいという気持ちは、ゲームをするものならばあって当然だろう。しかし、そんなことをすれば、他のプレイヤーの楽しみが奪われてしまう。
だが、<エルダーテイル>はプレイヤーの成長なしには強くはなれないゲームである。<火雷天神宮>の例を持ち出すまでもなく、パーティ戦では単に個人の能力が強くても、うまく連携ができなければ勝てないのはお分かりであろう。
そのためか、攻略情報を載せたサイトに行くと次の三つの言葉がよく載っている。
一、よく射込むべし。(実践を積め)
一、よく見るべし。(見取り稽古を積め)
一、よく工夫すべし。(工夫稽古を積め)
弓道場にでも掲げていそうだが、このゲームにおけるプレイヤーの成長はたしかに武道の精神に通じるものがあるのかもしれない。長期間このゲームに携わったものの方が上手いというのは<高山推車>という教えにも似通ったものを感じるところである。
ディルウィードこと井ノ戸空慈雷はそのようなサイトに頻繁にお世話になっていたから、この文句はよく覚えている。上級者であるほど、有力な情報を見逃さないようにしているから初級者から抜け出そうという空慈雷がこのようなサイトを見るというのは珍しいことではない。
空慈雷は中学時代から<エルダーテイル>とは付き合いがある。アイテム課金はなく、導入して月額料金さえ払っていれば中高生にも安心して遊べるゲームという点も評価の高い点だ。
空慈雷は部活と学業とゲームを上手に両立させていた。サッカーを夕方までしたあとは、夕食までゲームをし、夕食後は予習復習をきちんとして、寝る前にもう一度ゲームをするといった具合だ。こういう生活だから入浴時間が烏の行水なのは仕方がない。それでも、年の離れた姉が感心するくらい、几帳面に全てをこなしていた。
しかし、そのような遊び方では優秀な大型戦闘集団の一員になることは難しい。生産職が性格的にもプレイスタイルにも向いていて、先輩に誘われて【工房ハナノナ】に入った。
長期休業に入るとさすがの空慈雷も闘志が燃えるらしく、強くなる道を探った。βバージョンでチートの方法を探ったのもその一つであった。魔法に使われる命令文をリバースエンジニアリングの要領で書き出して、最適なサイクルで発動できるよう組み直し、βバージョンのキャラクターでシミュレートした。同じような魔法を使っている者の動画がないか動画サイトも探索した。
「お姉ちゃんのキャラ使うんだったら、ちゃんと強くしといてよ。お姉ちゃん遊ぶ時に最強だったら楽しいから」
<エルダーテイル>を導入したのは、社会人になった姉の依月風である。βデータは姉のキャラクターである。
「ハッキングしてるわけじゃないから、キャラ自体は強くなってないよ。ただ、技のセットは作っておいたから、使うんだったら参考にして」
「えー、面倒。じゃあさ、じゃあさ。装備とか強くしといて」
「いい装備取れるほど、そこまで強くないよ」
依月風は弟の空慈雷に後ろから抱きつきながら揺さぶってくる。どうやら飲み会だったらしい。酒の匂いがする。
「何飲んだの?」
「カクテルよー、カクテルー。知ってるー? お酒を混ぜ合わせるの」
「美味しいの?」
「さあ、わかんない。でも綺麗なのー」
「ふうん」
「幻想級のアイテム、オークションで競り落としたら強くなれるかなあ。ねえ、くぅちゃん。幻想級競り落としてぇん。お金、お姉ちゃん出したげるから強くして」
「もー、うざ。いい? お姉ちゃん。強くなるためには三つの方法があります。ひとつ、実践を積むこと。ひとつ、良いプレイヤーをお手本とすること。ひとつ、自分で工夫すること。今お姉ちゃんが幻想級の装備を身につけても絶対に強くなりません。こういうのを諺でなんと言いますか?」
「宝の持ち腐れ?」
「ブッブー、豚に真珠でしたー」
「お姉ちゃんを豚呼ばわりしたなー! もう、ちゅーしてあげないからなー」
「いらねー! 絶対いらねー」
「言ったなー! 押し売りしてやるー!」
「ぎゃー」
ディルウィードは昔の様子を思い出してふと笑いがこぼれた。集中しなけりゃいけない場面で昔のことが過ぎることはよくある。そこに成功のヒントが隠されているからだ。
今の記憶で必要なのは、きっと強くなるための三条件だ。
まずは、実戦経験を積むこと。これは、今していることだ。
そして、先達に学ぶこと。これはきっと、今すべきことなのだ。
さらに、己で工夫すること。これが、今からなすべきことなのだ。
「ないなら、生み出す。【工房ハナノナ】のものづくり魂、見せるっきゃないでしょ」
<大災害>後、未熟ながらも様々な戦闘に加わった。それは見取り稽古を続けてきたも同じで、ディルウィードの中に成長のための種子を残してくれている。
<パンナイル>に向けて移動しながら次々と現れる敵と戦ったこと。
<ハイザントイアー峡>で高速再生する<不死者>と戦ったこと。
<サクルタトルの深き穴>で第3パーティとして戦いの支援をしたこと。
<ハティヌキューミー>で<典災>と戦ったのち、洋上戦闘を戦い抜いたこと。
これらの記憶が成長の種子だ。その中から三つを選び出す。
<典災>の能力を破るために、地面に図形を描いた桜童子の姿。
複数の魔法を駆使し、<二十四人戦級>のボスの頭上に忽然と現れて近接攻撃を試みた<魔法騎士>アリサネの姿。
そして、<兎歩>の改良を狙うハギの姿。
するべきことは、今持っている魔法をソースコードレベルで解析し、新たな魔法としてコンパイルすること。
使う魔法のイメージはある。
移動呪文<ブリンク>。タメ技<ロバストバッテリー>。魔力集中特技<クローズバースト>。白兵攻撃技<サンダーボルトクラッシュ>。
作るべき魔法は、MPの消費を抑えながら攻撃と同時に移動阻害を行う魔法である。
失敗すればハギの呪文短縮のようにMP消費だけが増大する。それで窮地に陥ることだってありうる。しかし、ここからが工夫稽古というものだ。良いものができるまで挑戦すればよい話だ。
魔法の考え方として、強大なものほど対価が必要である。例えば移動すればキャンセルになったり、MP消費が甚大であったりする。逆に言えば、制限の多い魔法ならば強大なものが作れるということである。さらに威力も限定してしまえばMP消費も抑えられる理屈になる。
制限に使うものが<ロバストバッテリー>と<クローズバースト>である。
ディルウィードは<ロバストバッテリー>のソースコードの一部を使い頭上に「24」というカウントを出現させる。移動したらキャンセルになるというソースを除外し、移動する事にカウントダウンするソースに書き換える。この作業を呪文の一部を省略したりつなぎ合わせたりすることから操作しているのだ。
さらに<クローズバースト>の呪文を唱える。しかしこれもすべて詠まず、途中で詠みやめる。魔法陣を二十五分割したうちの一部だけが足元に浮かんだ。
<ブリンク>で敵正面に立つ。再び逆コーナーに飛びすさるが、これはあらかじめ設定しておいた<ブリンク>のルートの一部である。
すると、頭上の数字は「22」になり、足元の魔法陣は三箇所になった。
ディルウィードが敵側面に飛ぶ。攻撃を躱す。これは<典災>との戦いで身についた動きだ。北西のコーナーに飛び、背面、北東のコーナー、右側面という風に次々と動きディルウィードが動いた部分に魔法陣が描かれる。
着地ごとに<クローズバースト>の呪文を再開し、中断する。最初に移動したところよりも後方に着地し、数字は「16」となる。ディルウィードを包む粒子の色が変化した。
さらにディルウィードは軽やかに舞い、次々と地面の魔法陣が形成されていく。近寄っては離れ、離れ、再び近寄り、周囲を目くらましのように飛び跳ねる。得意技の<サーペントボルト>に比べれば、気の遠くなるような技の出の遅さだ。
また、相手が知能が高かったらこんな技は絶対通用するはずがない。残りは六手。出現位置は相手頭上。場所もタイミングも読まれていてはカウンターを喰らってイチコロである。幸い敵は<ブリンク>の動きに眩んでいるようだ。ディルウィードを包む粒子が明るく輝く。
敵の周囲を回り終わる。足元の魔法陣も残すは一点。
敵の頭上に<魔法騎士>のようにディルウィードが現れた。杖の一点のみに集中させた<サンダーボルトクラッシュ>を打ち込む。すると、雷のような閃光と音が敵の胸部を刺し貫いた。
敵は感電したように硬直し、雷の柱のようなものに串刺しにされ地面に貫き止められている。
魔法を終えたディルウィードは、MPを確認した。<ブリンク>と<サンダーボルトクラッシュ>に多少プラスした分でセーブできている。これなら<ライトニングネピュラ>や<スペルマキシマイズ>などより圧倒的にこの場面ではMPの節約になる。
そのステータス画面で、魔法の欄が点滅していることに気付く。
新たな魔法なので名称の登録が必要ということか。
ディルウィードはこの技に<騎士の巡歴>と名を付けた。
するともうひとつ画面が立ち上がったので驚いて辺りを警戒する。
違う。警戒情報ではなく、今魔法に名をつけたことに対してポップアップされたのだ。
ポップアップ画面にはこう記されていた。
New SKILL 口伝:<魔導を紡ぎ直す者>
■◇■
雷の柱で貫き止めているのが<屍食鬼>四体になった。
スオウが<ヘイトエクスチェンジ>と<タウンティングブロウ>を使って、ディルウィードのヘイトを一気に下げた。
スオウもこの戦いで一気に連携が上達した。
これで残り四体の<屍食鬼>をエドワードたちがひきつけられれば、西の<ルークィンジェ・ドロップス>を狙いに行ける。
見事にエドワードと栴那が協力して四体を挟み込んだ。
「ナイス二人とも! ツルバラくん! 援護を頼む!」
「任せとけっす!」
西に向かって走り出す。見渡す限りの穀倉地帯でどこに<ルークィンジェ・ドロップス>を埋めてあるかわからない。メモには鉄道跡と川が合流しているようなところが描いてある。
見廻組が一人いたので声をかけると、その土手の向こうで蘇るのを見たという。
「ディルくん!」
「ああ」
土手に降りると、ディルウィードの目に輝く円が見えた。
「間違いない。この辺りだ」
杖の先で円を描き、ツルバラにもわかるようにする。<採掘師>としては熟練度が低いので、まだその円も広く、ヨサクのように一撃で掘り当てるのは無理だが、そこにあるとだけは確実に分かっているので懸命に辺りの木切れや石を使って懸命に掘っていく。
たっぷり二分ほどかけて掘りすすめるとディルウィードの持つ石に、カツンという衝撃があった。その周囲を杖で掘り下げる。すると地面から蒼い光が溢れ出た。
「ツルバラくん。<ルークィンジェ・ドロップ>だよ」
ツルバラは木片を投げ捨てて両手でガッツポーズをした。
そして二人はハイタッチを交わす。
思えばディルウィードにとっては<採掘師>になって初めての収穫である。ディルウィードは素直に喜びの声を上げた。
そして、仲間に<屍食鬼>を倒してしまって良いと報告する。
<機工師の卵たち>によって、八体減らすことに成功した瞬間であった。
残りはまだ二十四体いるが、二十分間だけゾーン外に出て休憩を取ることを決め、一旦見廻組と入れ替わる。
仲間たちは抱き合うようにして喜び合った。あやめが全員に回復呪文をかけようとするが断った。二十分後には再突入だ。MPが惜しい。
この間に【工房ハナノナ】と連絡を取る。
「ハギさん。ディルです。ご存知かもしれませんが<パンナイル>の街の外にダンジョンができて<不死者>が高速再生されています。いえ、大丈夫です。なんとか勝機が見えてきましたよ。ハギさんの予想通りでした。すべての魔法には意味がありました。ハハ、とんでもない正月になっちゃいましたが、絶対に勝ちます。ハハハ、そうですね、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、ですね」