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004 雛鳥たちのパンナイル

 <パンナイル>―――<ナインテイル九商家>のひとつ、<リーフトゥルク家>の領地である。


 <トオノミ地方>では<ナカス>以上に繁栄している街といえよう。

 交易都市のため、人の流入が多い。当然<ナカス>からの使者も入ってくるが、肥沃な穀倉地帯を彼らの目から遠ざけることによって豊かさを維持している。


 人民徴発に物品徴収、<ナインテイル自治領>にあっては<ナカス>の搾取は避けられない。だからこそ、<九商家>は隠し谷に田を有していることがほとんどだ。しかし、平地しかない<パンナイル>に隠し谷をもつことは不可能である。


 そこで活躍するのが、お抱え軍師龍眼の発案したゾーン買い上げ法である。


 買い上げたゾーンは購入者の手によってゾーンの入場制限を施せる。この効果を用いて龍眼は二つのことに応用した。一つは特殊な訓練施設の設置。もう一つは街道防壁の設置である。

 

 ゾーンが買い上げ可能であるのに気づいたのは、桜童子から<資源調達クエスト>の発注を示唆されて、最初の<ルークィンジェ・ドロップス>の採取に成功した頃である。



 <リーフトゥルク家>の潤沢な資金力を使い、龍眼は広大なフィールドゾーンの一部を購入し、そこに採取した<ルークィンジェ・ドロップス>を埋めた。【工房ハナノナ】の最初の冒険で、<ルークィンジェ・ドロップス>には不死属性のエネミーのリスポーンを超高速にする効果があることが明らかになったからである。


 決められた<冒険者>だけを入れるようにし、中にいる不死エネミーを退出できないようにすることによって、間断なく再生産されるエネミーを倒し続ける訓練施設とした。この方法は、<パンナイル>の冒険者のレベルの底上げに大いに役立った。


「これが栽培漁業式冒険者育成法というやつさ―――」


 龍眼はそう桜童子に語ったが、ゾーン買い上げ法のもたらした効果はこれだけではない。それが大型買い占めによる街道の限定である。



 完全に<パンナイル>を封鎖するわけではないというのが肝心である。交易都市としての機能を保ったまま街の周りに見えない城壁をこしらえたわけだ。

 街道から外れたところには入れない。しかし、街にはきちんと入れる。これならば<ナカス>側から文句が出ようはずがない。


 その入場者制限のゾーンの内側に穀倉地帯を隠したのである。表側からは花畑としか見えないような工夫は当然凝らしてある。これが<リーフトゥルク家>における平野式隠し谷である。


 これに習い、ゾーンの買い上げを【工房ハナノナ】も行った。それが<P-エリュシオン>である。故郷や祖国を意味する外国語の名がついた文化施設であったが、その頭文字を残し、友人より賜った<楽四葉土>の名にあやかって、楽土を意味するエリュシオンという名をつけたのだった。



 <P-エリュシオン>と<パンナイル>の「栽培育成ゾーン」が決定的に違うのは、町の中に作られたものであるか、フィールドゾーンに作られたものであるかという点である。この差こそがこのあとに続く<リーフトゥルク家の危急(クライシス)>の運命の分かれ目なのである。


 ディルウィードもこの「栽培育成ゾーン」に入り、今後転職クエストを共に受ける仲間との修行に参加した。


「ツルバラくんはどうして非戦闘系だったんだい」

「なんか、画面上であってもモンスター倒すの嫌だったんだよね。特に草食系っぽい敵とか狩るのは嫌だった」

「優しいね」

「そんなんじゃないさ」

 そう言いながらもツルバラは敵の攻撃を躱し、剣でなぎ払った。



 ツルバラは<召喚術師>である。桜童子の能力がひとつの頂点だとすれば、ツルバラの能力はその始まりのあたりに位置する。


 今敵をなぎ払ったのは<戦技召喚:ソードプリンセス>である。粗末な装備しかつけていない戦乙女がツルバラに寄り添うように出現している。

 習熟レベルが低いので、ツルバラが振るう腕の速度でしか剣を振るえない。桜童子が使役する重装な鎧を身をまとったドレス姿の戦乙女の姿しか知らないディルウィードにとっては、逆に新鮮に見えてしまう。


「彼女に似てるの? その子」

「似てないよ。彼女の方がニ倍可愛い」

「言うねえ」

「冗談だよ、ディルくん。おっと、プリンセスも、冗談だから落ち着いて」

 剣をツルバラの操縦なしにブンブン振り回している戦乙女。どうやら育て方によってはこのように術師に対して嫉妬を見せることもあるようだ。これは<大災害>までには見られなかったことらしい。高名な術師は召喚生物と漫才のようなやりとりさえ可能にしているというが、ツルバラは当然そのレベルには至っていない。



「ディルくん。よ、んぐぐ。どうして避けてばかりで魔法狙わないんだい?」

 <ソードプリンセス>で<動く骸骨>の刃を受けながらツルバラは聞いた。

「連携に問題があるの?」


 この中ではディルウィードが一番レベルが高いし、<大災害>後の戦闘経験も一番豊富だ。そのディルウィードは<動く骸骨>の剣を躱すだけなのだ。背後に立ったら背骨と腰骨の間あたりを蹴飛ばしてアタッカーたちに斬らせている。


「連携に問題ないよ。あの<武士(メインタンク)>の子もヘイト上げ頑張ってるし、<施療神官(ヒーラー)>もちゃんと機能してる。中盤の<武器攻撃職(アタッカー)>二人も弱いながら一体ずつ確実に仕留めてる。でも討ちもらしがこっちに来てるだろう。ツルバラくんのその技、意外とヘイト上がってきてる。八体倒すと次の八体が生まれちゃうでしょ。でもヘイトは継続してる。いくらサムライくんが頑張ってもツルバラくんのヘイトは依然高いまんまなんだ」


 また、<動く骸骨>の刃が襲い掛かる。

「だから、なんで、よけてるんっすか!?」

 <ソードプリンセス>がなんとか叩き伏せるが、すぐに再生する。そして<ソードプリンセス>の持続効果が切れた。


 そのツルバラに討ちもらした二体がやってきて襲いかかる。


「<ライトニングネピュラ>」


 ディルウィードが杖を構えて呪文を短く唱える。ゾーン全体を覆うように光の魔法陣が立ち上がる。一瞬にして八体の<動く骸骨>が消し飛ぶ。

「これ、一発でヘイト順位書き換えるくらい強力でしょ。さあて、次は全部よけられるかなあ」


 <武士>がなんとか二体受けきったが、二人の<盗剣士>は一体ずつしか捌けない。あと四体をディルウィードとツルバラで請け負わなければならない。


 ディルウィードは<動く骸骨>の一閃を躱し、その剣先を踏みつけると、もう一閃をしゃがんで躱す。杖を横に構えて二体の顎に噛ませると、思い切り押し返す。頭蓋が弾けよろめく二体の間から、もう一体が大上段から切りかかってくる。杖を肩に担いで勢いよく突き出した。頭蓋骨が粉砕され、泡と化した。

「つ、強い! <武闘家>っすか」

 ツルバラは呟いたが背後から斬りかかってくる影に気づかなかった。


「<サーペントボルト>!」

 ツルバラを狙った<動く骸骨>は、その直線上で<武士>の少年に襲い掛かっているもう一体を巻き込んでゾーンの端まで吹き飛ばされた。そしてゾーンの壁に叩きつけられ爆発する。

「さ、さんきゅ。ディルくん」


「みんなー! 一旦ここ出ましょう!」

 再び蘇り始めたので、その隙にゾーンを抜け出す六人。


 一息つくと、みんなディルウィードのもとに駆け寄って自己紹介を始めた。

「あ、ぼく、スオウって言います。中2です。<武士>やってます。さっきはありがとうございました」

「あたし、<施療神官(クレ)>やってるスオウの姉です。すごい腕ですね」

「本当の姉弟なんですか? えーっと、あやめさん」

 ステータス画面を確認しながらディルウィードは尋ねた。

「アハハ、ロールでそういうことにしてるんです。スオウは私が守る。ってね」

 役割演技というわけか。(ドリィさんとおれみたいなもんか。いや、どっちかっていったら、リアさんとユイくんだな)とディルウィードは心の中で笑った。自然と笑みがこぼれたらしく、さらに新しい仲間たちは賑わった。


「このボクは、美しき<盗剣士>エドワード・ゴーチャー。エドと呼んでくれてもいい」

「じゃあ、ごうちゃんで」

「何ゆえ!?」


「次はオレオレオレ、オッス、オレ栴那。美少女<盗剣士>だからってオレに惚れんなよ。言っとくけどオレ中身は男だから。いやいや、わかる。オレにムラっとするのはわかる。言ってくれれば太ももチラリくらいはおっけーだから」

「ちょっと、栴那。うちのスオウは多感な時期なんですからね。変な影響与えないでもらえる?」

あやめが腰に手を当てて文句を言う。

「大丈夫だよ、姉ちゃん。中身おっさんだし。栴那さんイビキひどいし」

「うるさーいうるさーい! おっさんいうなー! よし、パンツ見せてやるから今の訂正しろ、な、まだオレ24だから。ちょっとおっさんはねえよ。傷つくよ? 泣くよ?」

 中身はおっさんだというが声も仕草も可愛らしい。喋り方は完全に男性だが。


 エドワードがどこからともなくバラを取り出して栴那に向ける。

「キミの名誉のために言っておくが、どうしても見せたいというのであればボクが見てやっても構わない。だからスオウくんには……」

「……変態」

「何ゆえ!?」


 再び笑いに包まれる一同。

「オレたち仲良くやっていけそうっすね」

 ツルバラはディルウィードに拳を向けた。ディルウィードはコッと拳を合わせる。

「ああ。みんなもよろしく。おれの名はディルウィード。雷系<妖術師>だよ」

 みんなに向けて腕を伸ばす。六人で拳を合わせた。

 


■◇■


 親愛なる花純美さんへ


 今度こそあけましておめでとうで間違いないと思う。

 花純美さん。おれ、新しい仲間ができました。

 今日は戦闘訓練でした。そこでツルバラくんの他に四人と仲良くなりました。

 <武士>のスオウくんは純粋で素直な男の子だよ。

 <施療神官>のあやめさんはスオウくんのお姉さん役。なんかこの二人見てるとリアさんとユイくんを見ているようでした。なんか、また四人で戦闘訓練したくなりますね。今まで全戦全勝だったけどもうユイくん手ごわそうだなあ。でもおれ達コンビにはまだ勝てないですよね?


 ナルシストの<盗剣士>コンビがいてね、この人たちも面白いんだ。ひとりは長髪の金髪をかきあげてバラとか出すんだよ。めっちゃからかいやすいんだけど、でも紳士っぽいところはある。もうひとりは中身男の娘。あすたちんさんとはまた違うタイプだなー。


 まだみんなレベルが低くて、どうやらおれがリーダーになりそうだよ。今まで【工房ハナノナ】の中じゃ最弱だったけど、おれ、ここだと頼りにされてて、なんかそういうのってむずむずするね。それと同時にドリィさんがいたからおれすっげえ楽させてもらってたんだなあって思った。


 今は全員の様子を見守って必要な時に必要な威力の魔法を使わなければない。こういうの苦手だったけど、<典災>と戦ってからかな。おれもどうやら成長しているっぽいです。


 いつでも魔法が使えるってタイミングでも魔法を使わず、おれ敵の刀を避け続けてた。

 ツルバラくんにも「なんで避けてるんだ」って聞かれた。ヘイトの問題だって答えはしたんだけど、心の部分ではそうじゃないと思ってる。


 おれ、こないだ<典災>と戦ったとき、本当にちょっとした小細工をするために、何回も何回もトレーニングした。最良の動きになるように工夫した。体が覚えるまで特訓した。


 男兄弟いないから殴り合いのケンカもしたことないし、格闘技の経験なんかもないんだよ。殴られるのって反射的に身がすくんじゃうからさ、リーダーからアイディアをもらったとき「げ、マジか」って思った。

 

 でもさ、<大災害>第一日目の花純美(ドリィ)さんのこと思い出してがんばったんだ。おれさ、クリューラットの突進に腰抜かしてたじゃん。クリューラットだよ? レベル3だよ?

 情けないよね。でも花純美さんすごかったなあ。すぱーんと飛び込んできてハルバードでひっぱたいた時はめっちゃくちゃ感動した。いつもピンチの時に飛び込んできてくれてありがとう。おれはそんな花純美さんの姿を思い浮かべていた。


 だから<典災>の攻撃を躱すことができた。おれにできたのはそれだけだけど、おれには大きな成長だったと思う。


 見えるんだ。


 相手がどんな動きをしようとしているか、読めるというより、見えているんだと思う。止まっているように見えるというか、その間に最短で動くルートを計算して移動すればいいというか。一瞬が長いっていうか。きっと花純美さんの見てる景色ってこういう感じなのかなって。

 そしたら攻撃も最短ルートで、最小の力で最大の効果が出るように計算できるようになって。ああ、まだ考えなきゃダメだから全然追いついてないかもしれないんだけど。


 多分、今は自分を信じてもいいと思うんだ。やるだけやらなきゃって感じ。

 何が言いたいかっていうと早く花純美さんの手料理食べられるようにがんばりますって話。


 あ、そうだ、<パンナイル>の近況も書かなくっちゃ。

 さすが交易都市は盆も正月もないって感じで、最初の頃いた<冒険者>ってどこいったのって様子。


 龍眼さんたちはどうも<火竜のすり鉢>に行ってるんじゃないかって話。アリサネさん一党を引き連れてるらしいんだけど、こっちは<ナカス>の人の目を<パンナイル>近辺からそらすためだと思う。逆にもっと南にいる【アロジェーヌ17】とか黒夢さんたちの<テルクミ>攻略から目をそらすためかもしれない。

 でも<火竜のすり鉢>の方にも強い人たちを連れて行っているのだから、実際に目くらましだとしても本格的だよね。


 その次に強い人たちから中級クラスの人たちまでは、<ヒミカの砦>攻略に駆り出されてる。残るはオレら中級から初級レベルで、見廻りしているか修行しているかどちらかだ。

 もし<ヒミカの砦>攻略が陽動で、<Plant hwyaden>による<パンナイル>侵攻のためじゃないかって考えたらゾッとする。今攻め込まれたりしたらおれたちだけで守らなきゃかな? 

 とにかくやれることは全力でやるつもりだよ。応援していてください。


ディルウィード=井ノ戸空慈雷

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