003 P-エリュシオンの来訪者
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親愛なる花純美さんへ
あけましておめでとう、かな。
この手紙が届くのがいつ頃になるのかわからないから先に言っておきます。でも、クロネッカさん、めっちゃ脚早いから、年内に届いちゃうかもしれないからその時はこの文なかったことにしてください。
こうやって筆をとってみたものの、手紙なんて書いたこともないからこの文書くのに、四時間は軽く経っているよ。
ボイスチャットや念話に頼ってたから、漢字も合っているかどうかよくわからない。先に謝っておくよ。謝りついでにもうひとつ言っておくと、実はおれの方が年下なんだ。花純美さんはいつも頼りになる年上の方が好きだって言ってたから、うそついちゃってごめん。
一緒に<パンナイル>に来たツルバラくんも同い年だった。学校の先生の話とかで結構盛り上がってる。ツルバラくんには彼女がいて、しかも受験生だってのにエルダーテイルやってるってダメだね、コイツ。てかおれもそうじゃんって、おれ彼女いないっすよ? あ、そういう意味じゃなくて、あー、おれ文才無い。
とにかく楽しいんですけど、ふと、花純美さんのこと思い出しちゃうなあと思いまして、なんか、手紙でも書いてみようかと思った次第で。
書いててしくじったかなとも思ってます。これ、おれの黒歴史になりますよね?
読んだらちゃんと燃やしといてください。
今日は朝からいろいろなところに挨拶に行ったよ。
まず、領主様のとこ。交易商人から登りつめたスゲー猫人族って聞いたからスゲーでっぷりとしたパンダの5倍くらい大きい猫を想像してたけど、全然痩せてた。そんで、めちゃくちゃ声高くて、なんか売りつけられそうな勢いだった。でもいい人だった。忙しい人だったからおれと話したすぐあとにどっかに出かけちゃったけど。
次に、<機工師>のおやっさんのところ。おやっさんの作る<時計仕掛け>シリーズはめちゃくちゃかっこよかった。<時計仕掛けの戦馬>は超高級品だったけど、おれもあんなの作れるようになりたいと思った。レベルが60になる<冒険者>が何人かいるらしくて、おれとツルバラくんとその人たちで、年明けには転職クエストに連れてってくれるらしい。あ、ツルバラくんはちょっと悩んでるけど転職する気はないみたい。
もうひとり、ものっすごい<機工師>がいて。この人は<カラクリギエモン>って呼ばれてた。<大地人>で、法儀族の人なんだけど、もう家に入ったらからくり屋敷で、喋った人どれが人間でどれが人形だかわかんなかった。とにかくこの人は別格。この人がいたから<La Flora>があるっていっても過言じゃなかった。
それから、<ドンキューブの森>の龍眼さんのとこ。龍眼さんは留守にしているらしくって会えなかった。<ナカス>の人をどっかに連れてってるって、ミケさんは言ってた。あ、ミケさんってイクスの姉ちゃんみたいな人。ミケラムジャさん。そのあと、おれが寝泊りするところまで案内してくれたんだ。
下宿のおばちゃんも結構いい人だった。下宿っていってもね、長屋? なんか冒険者の家がね、ずらーっと並んでてそこの管理をしてるらしい。料理も作ってくれて、今日はカレー。あ、花純美さんダメかも。めっちゃ辛かった。風呂はね、温泉まで行かなきゃなんだけど、いい感じ。で、今部屋に戻ってずーっとこの手紙と向かい合ってるところだよ。
この世界に来てさ、「受験なくってラッキー」とか思ってたけど、ちょっと目標なくて、でも毎日花純美さんと訓練してきて、それはそれで楽しかったよ。死に物狂いで<ドンキューブの森>に行った時も、<フォーランド>に渡った時も、<フィジャイグ>を旅した時も、めっちゃくちゃ楽しかった。でも、なんかおれ、今、わくわくしてる。
おれに作れるもんなんて、しばらくはびっくり箱程度のアイテムかもしれないけど、目標があってわくわくしてる自分がいる。
これはおれの戦いなんだなーって。
だからおれ、がんばるよ。なんかさ、それが言いたかったんだ。
花純美さん、良いお年をお過ごしください。【工房ハナノナ】のみんなにもよろしく。
ディルウィード:井ノ戸空慈雷
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「P-エリュシオン。<サンライスフィルド>。どうやら間違いなさそうにゃっす」
軽装備の黒猫はそう言った。
「ひぇぇあいぁぇぁうぁあ!」
「だから、さっきからなんにゃっすか。泥棒にゃっすか」
「おた、おた、おたすけおぅ」
「だから【工房ハナノナ】の中にいるから、あんた方工房の人でいいにゃっすか。まったく、あんなバリケードまで作って。登るの大変だったにゃっすから。桜童子さんはどこにゃっすか」
突然現れた黒猫の配達人クロネッカ=デルタは、手紙の入った封筒を差し出して言った。
その上には名刺が乗せてある。
<黒猫配送サービス:ニャン急便 配送猫:クロネッカ=デルタ>
<パンナイル>から走ってきた上、最後は天狗たちの作った丸太の山をよじ登ってここまでたどり着いたのだから、息を切らしながら喋っている。
それよりも怯える四人組の方が息も絶え絶えだ。
「せっかく走ってきたのに受取人不在だったら困るにゃっす。受け取りのサインが欲しいにゃっす。ペンならあるにゃっす」
おそるおそるゴシュナイトが震える手で封筒を受け取る。カチャカチャと甲冑が音を立てる。
封筒の上に受け取り証を重ねるデルタ。受け取り証に名前を書くと文字が光ってぽふっと煙が上がった。これにもまた四人は怯える。
「その魔法は仕事を果たしたことを証明しただけにゃっす。お客様に危害を加えるものじゃないにゃっす。供贄システムなら対人お届けにゃっすけど、弊社は目的地お届けにゃっすからその点は勘弁にゃっす」
どうやら用紙に仕込んだ契約魔法のようだ。目的地で配達人以外のものが名前を記入することによって発動する魔法らしい。受け取り証には先程までなかった肉球印が刻印されている。
「あ、こちら控えになるにゃっす。どうもありがとにゃっす」
「あ、ああ。ちょっと待ってくれ」
控えを渡してさっさと去ろうとする黒猫の背中に辛うじてルチルが声をかける。
「き、きみにおたずね申すー。きみがここに来た時には、もう天狗はいなかった?」
「天狗? さあ、どうっにゃっすかねー。いないとは思うにゃっすけど。でも、いないことを証明することはいることを証明することよりも難しいにゃっす」
「そ、そんな哲学的なことを小生たずねてはおりませぬぞー」
奇妙なしゃべり方をするルチルは見た目こそ少女だが、単に<魔法少女>の格好がしたかっただけの青年だ。<大災害>から半年以上経ち、服装ばかりか肉体から声まで女性化してしまったのだがしゃべり方ばかりは変わらなかった。
「メガネの娘さん、安心しにゃっす。ここらはどこよりも安心できるところにゃっす。では、またのご利用を」
デルタが外の世界へと再び消え去り、しばらくしてからウパロは呟いた。
「それって、外はもう安全ってこと? それとも中にいた方が安全ってこと?」
「親衛隊長殿ー。それは手遅れな呟きでござりましょうぞー。ネコさん行ってしまわれ申したー」
ルチルもため息とともに呟く。
「おいおい、ゴシュ卿。何開けてんねん」
「は、それがし、恐怖のあまり、開けてしまったで御座候」
未だにかちゃかちゃと甲冑をわなつかせているゴシュナイトが、震える手で手紙の封を切ったのを、チャロが注意する。
でもゴシュナイトはすでに手紙を取り出していた。
「チャロ殿。ひょっとしたらここを脱出する手がかりがあるやも知れぬ故」
「どう見てもラブレターやん、戻したれや」
「そう見えて実は暗号になっているやも知れぬ。それがし拝見仕奉」
「隊長もぼーっと口開けとらんと止めたりーな」
チャロは<付与術師>ウパロのローブをつかんで揺する。
「ひいっ」
「しっかりせーや。あんだけ山の中じゃ踏ん張ってたんに。見る影もない」
まだ安心できる状態じゃないと感じているのだろう。隊長は土壇場では強いが元来臆病な性格なのである。
<暗殺者>チャロも他の3人が怯えているから落ち着いていられるが、その役割でなければ、膝を抱えて震えているだろう。
「やはりここにあるのは、暗号では御座らぬか、御三方」
「小生にも見せてくだされー」
「ここにて御座候」
文末の「ディルウィード=井ノ戸空慈雷」という部分を指して言う。
「文の中のカタカナを漢字に変換するのかも知れぬとはお思い召されぬか。ルチル殿」
「いやまったく。それならば、小さいイをノに変換せねばならぬからノが2ついるでござりますぞー、ゴシュナイト氏ー」
「で、では、全てを画数に置き換え、5223214⇒41481313というのは」
「なんないでしょ、っていうか鍵のかかった部屋に閉じ込められてるわけじゃないから」
話にウパロも参加した。チャロはやれやれといった表情で眺めている。
「それでは、錠が見つかるまでアイテムとしてそれがしが預かる故」
「だめでしょ。言ってるじゃん。この世界はパズルゲームじゃあないんだって」
ウパロが、手紙をしまおうとしたゴシュナイトの手を止め諌める。
「ゴシュナイト氏ー。漢字に意味があるのではー?」
「さすがルチル殿!」
ずれたメガネを指先で上げてにやりと笑うルチル。再び手紙をよく見るゴシュナイト。
「井戸の上空から慈しみの雷が降り注ぐ・・・ハッ! これは井戸を探せという旨」
「井戸のじゃないのではありませぬかー! これは井戸のふたを探せということでは?」
「おお、ルチル殿ー! それがし、雷の属性付与した剣を所望!」
その井戸を探せばなんらかのアイテムがもらえるのではないかと思い込んでいるらしい。喜んで立ち上がったゴシュナイトから手紙を受け取るウパロ。今まで遠巻きに見ていたチャロもウパロの肩に顔を乗せるようにして覗き込んだ。
ルチルもゴシュナイトもそわそわとあたりを探索し始めた。
「本当にここを脱出するにふさわしいアイテムがあるのだろうか。チャロはどう思う?」
「イ・ノ・ド・クウ・ジ・ライ。クジラ・・・っておい!」
チャロはあたりをうろちょろとする二人に声をかける。
「名前じゃねえか! 手紙書いた人の、名前」
ウパロがロビー中央にあるテーブルにその手紙をそっと置きに行く。がっくりと肩を落とすルチルとゴシュナイト。
そのとき、バサリと羽音がした。そして威嚇するような大きな鳴き声。
立ち上がっていた三人はチャロにしがみつくように、急いで寄り添いあう。
何者かが<P-エリュシオン>の入り口前の空き地に、翼竜に乗って舞い降りたのである。どうやらこの施設はモンスターは入れないが、従者であれば入れるきまりらしい。
竜から降りたコート姿の<冒険者>は軍服のような装備を身に纏っていた。迷い無く数段のステップを歩き、ロビーに入ってくる。
帽子を取るとブロンドの髪がふわりと広がる。女性だ。
「<ノーラフィル>? おかしいなあ、桜童子さんやハギさんは?」
そう問われてチャロは反射的にステータスを確認する。
イングリッド <Plant hwyaden> 妖術士
「ここ、引っ越したの? あなたたちは、何者?」
おびえてしまって答えないルチルとゴシュナイトに聞くのはあきらめて、チャロとウパロの反応を待つ。
「オ、オレたちはここに逃げ込んだだけなんだ。オレたち<ノーラフィル>は<アキヅキ>のエレオノーラ姫に仕える従士だ。ここに来たときは誰もいなかった。本当だ。桜何とかさんという人たちとは何も関係ない。な、なあ」
「ほうじゃ。ワシらここの人たちと何も関係ねえ」
必死になって無関係であることを主張するウパロ。同意するチャロ。
イングリッドは髪をかきあげるとため息混じりに言った。
「残念。<ヒミカの砦>の攻略にハギさん誘おうと思ったんだけどなあ。珍しく私たち下っ端に活動権が与えられて、近隣の<Plant hwyaden>未加入冒険者の帯同が許されたの。つまりは勧誘のためのクエストなんだけどさ。んー、あなたたちも来る?」
四人とも猛烈な勢いで首を振る。
「そう。でもホンなこつ残念っちゃーん。ハギさんには会いたかったってー。ねえねえねえ、すごい運命と思わん? うちらね<大災害>後に<ナカス>で出会ったんよー。ばってん、うち<ミナミ>に行くことになったって。でんね、<ロストブリッジ>で会ったんよ、ばったり。すごかやろ、めっちゃすごかやろー!」
突然方言雑じりにまくし立てるイングリッド。心なしか頬も紅潮しているようだ。
「これ、絶対運命なきね。だってこの世界でよー。すごかっちゃん。うちもうあれから興奮とまらんくてー。あ、これハギさんにはナイショにしとってー。はずかし一ちゃん。あ、コホン。こちらに【工房ハナノナ】のみなさんがお戻りになられたら、宜しく申していただけますか」
四人はこくこくとこれまた猛烈な勢いでうなずく。
くるりとコートを翻して立ち去ろうとするイングリッドに今度こそウパロは聞けた。
「外は安全でしょうか。それとも中にいた方が安全なのでしょうか」
イングリッドは器用に髪をまとめながら振り返る。
「あ、あんたたち、逃げてきたって言ってたね。あの木のバリケードもあなたたちがやったの?」
四人は勢いよく否定する。
「バリケードの周りでね、どこからここに入ろうかって悩んでた少年がいたなあ。牛に乗ってたよ。知り合い?」
これも否定する。そしてひそひそと話し合う。天狗と関係あるかどうか話し合っているのだろう。
「まあ、しばらく用心することね。じゃあね」
軽く手を振り去っていく。「あ」と声を上げて甲冑姿のゴシュナイトが立ち上がる。
「貴女様はもしや、<PINK SCANDAL>の姫君」
イングリッドはちょっとだけ振り返り、伸ばした人差し指を唇に当ててウィンクする。
元々エレオノーラ姫に惹かれた四人組である。女性にはとことん弱い。<ナカス>を沸かせた伝説の美少女の仕草にハートを射抜かれてしまったようだ。
イングリッドを乗せた飛竜が飛び去っていくのを、バリケードの外で白牛に乗った童形の人物が見上げている。
「むむむ。ワシはこの地に足を踏み入れられぬというのに、あのトカゲごときが入れるというのはどういった了見じゃ。あのトカゲ、操縦するものの従者だからというのか。くう、このワシにそんなことを認めろと。くうううう、認めんぞ、わざわざこちらから出向いてやったが、根競べなら負けぬからなー。出てくるのを待ってやるぞ、どちらが使役しておるか思い知らせてやるぞウサギめー。お、おい飛梅、どこに行くお、おい」