002 囚われの姫とユーエッセイ
ギルドホールが思いもかけない災厄に見舞われている最中、【工房ハナノナ】はそこにはいなかった。前日まで<ベップ楽天地>に逗留して、本来はこの日には帰還している予定であった。
帰ってくる途中で<ユーエッセイ>に寄らねばならぬことに思い至ったのである。
<ユーエッセイ>には<エインシェントクィンの古神宮>というゾーンがある。そのうち一角が小さいながらも復活施設であるため、【工房ハナノナ】のメンバーはここを第二のホームとして活用しているのである。
【工房ハナノナ】のメンバーは先日まで南方の<フィジャイグ地方>を旅しており、その際<シュリ紅宮>に立ち寄った。
<シュリ紅宮>にも復活施設があり、現在はそちらが復活ポイントとして登録された状態なので、万が一の事態が起きれば<シュリ紅宮>まで逆戻りしてしまうことになる。
<冒険者>なら誰でもこんな状態を脱する方法はある。帰還呪文さえ唱えれば最寄りのプレイヤータウンまで瞬間的にひとっ飛びできる。
しかし【工房ハナノナ】には残念なことにそれができない。それは彼らが第三勢力であることにほかならない。
<ナインテイル自治領>にいる<冒険者>には三つの勢力があるといっていいだろう。
①<ナカス>を実効支配する<Plant hwyaden>の勢力。
②<アキヅキ>の<ノーラフィル>や、<パンナイル>の龍眼や<アロジェーヌ17>たちのように<ナインテイル九商家>に雇われ、上納品や通行税の支払いを代償に交易を目的とした場合のみ<ナカス>に立ち寄ることが許された勢力。
③【工房ハナノナ】のように、どこにも帰属しない代わりに<ナカス>には立ち寄ることも難しい勢力。
<大災害>当初はここまで<ナカス>は立ち寄りにくいところではなく<裸どんたく>とでも言うべき狂乱の時代を過ごしていただけだが、<Plant hwyaden>の台頭により徐々に第三勢力には立ち寄りづらいところになってしまった。
<Plant hwyaden>がついに統治を宣言してしまってからは、それに反感を覚えた第三勢力がゲリラ活動に移るなどしたため、ゲート周辺は特に見張りが厳しくなってしまった。
第二勢力に入ってしまえば楽なように見えるが、実際のところはそうではない。基本的に領主の意向に逆らった行動は取れないし、<Plant hwyaden>の搾取も厳しい。<九商家>の子女は人質として労役のためイコマなどに行かされる。空いたポストに<ウェストランデ>から派遣された人物が就き、クエストなどにもついてくる。金貨はもちろん、ドロップ品があれば良質なものから一割二割は搾取される。生産品についても同じような徴収がある。
では第一勢力はというと、<ナカス>ではなく<ミナミ>に行くこととなる。
<ナインテイル自治領>でプレイするものにとって、最早<ナカス>は帰りたくても帰れない場所と化そうとしているのであった。
そんな情勢であるから、【工房ハナノナ】は<ユーエッセイ>を第二の拠点として重要視している。
「とはいえ、あんまりここには寄りたくなかったんだよなー」
【工房ハナノナ】ギルドマスターの桜童子はトナカイの背にまたがったまま呟く。その原因は背負った袋にある。
先日の<フィジャイグ>探検で手に入れた<ルークィンジェ・ドロップス>である。
<ルークィンジェ・ドロップス>は、それまで<エルダーテイル>の世界に存在しなかった未知の地下資源である。美しい宝石の姿をしていて、今までの常識や摂理を覆すようなマナ異常を引き起こす代物である。
それがひと欠片でも大きな効力をもっていったのに、桜童子が背中に担いだものはバスケットボールほどもあって、これが恐ろしい力を秘めているのは言わずもがなだ。
<ルークィンジェ・ドロップス>というのはその名の通り六傾姫に由来するものと思われる。
桜童子は大災害直後に<P-エリュシオン>のかまどの下でマナ異常を発見し、<エイスオ>のカルファーニャ家に帰属した<冒険者>小手鞠に古書物室で調べてもらった。
「後の世に森羅変転と呼ばれし騒乱引き起こしたる六傾姫、本懐遂げることなく散りにける。零した涙は蒼き光放つ石となりてヤマトの各地に散らばりぬ。かの石のまわりあやしきことあまた起こりぬ。これを名づけて<六傾姫零涙雫>と呼ぶ」
この文を発見したという報告からこの石のことを<ルークィンジェ・ドロップス>と呼び始めたのであるが、これは真に的を射ていたらしい。
桜童子がこのユーエッセイに訪れたくなかったのは、祀られている歌姫が<六傾姫>と繋がりが深いことである。
以前手渡した<ルークィンジェ・ドロップス>の行方も気になっている。
<蒼球>と名づけたこの大きな<ルークィンジェ・ドロップス>の塊がどこに行くかが気がかりだ。もしもこれが悪の勢力のもとに放り込まれたら、<新たな森羅変転>と呼ぶべき事態が起きかねない。
「いつも姫様に会うのはたんぽぽだけだが、今回ばかりはそうはいかねえだろうなあ」
「なあ、ウサ耳の介ー」
後ろから狼面を頭っからすっぽりかぶったバジルが、桜童子に声をかける。
「そのゾーンに入るにゃあ、禊ってヤツをしなきゃなんねえんだろう。いくらここが南国のように暖かいからって、冷水は浴びたくねえぜ」
「じゃあ、腐れバジルだけ浴びなきゃいいにゃ」
そう声をかけたのは<パンナイル>出身の<大地人>である黒猫娘イクスである。彼女は<剣牙虎>山丹にまたがっている。
「だー! そろそろお前はオレ様の名をちゃんと呼びやがれ! いや、バジル様と呼べ、バジル様とな」
「ハギにゃんから聞いたにゃけど、腐れバジル様はその狼面、脱がなかったそうだにゃ」
ぎくりとしてバジルは足を止める。女性陣から「えー」とも「きゃー」ともつかない声があがる。
「は、ハギの介ー! おまえ、ばらすんじゃねーよ!」
「ほんまにー!? バジルはん、ずっと顔洗うてへんの? 中身蒸れへんの?」
サブギルマスのシモクレンは眉をひそめて尋ねる。
「いやー、実は、それが」
そういうと、垂れっぱなしのバジルの下がぴるっと口の中に引っ込んだ。
きゃーとか、うそーという声があがる。
作り物であるはずの狼面の舌が動くはずがない。だが、表情自体は変化がない。被り物っぽさは以前のままだ。
「ひょっとすると、オレ様一体化しちまった?」
「え、脱げないの?」
シモクレンが言うとまたペロリと舌が飛び出る。ダメらしい。
「ほらーほらー、メニューコマンドー、メニューコマンドどうかなあ」
以前より少し元気さの回復したイタドリがアイディアを出す。
メニュー画面から装備解除のコマンドを呼び出しても頭部アイテムに<ゴキゲン狼面>の表示はもうなくなったという。それでもバジルは機嫌良さそうに両の手のひらを開いて身体を揺すっている。かなりのお気に入りのようだ。
「アタシの<暮陸奥>で皮剥いだらなんとかなるかなあ」
「ならねえよ! 恐ろしいこと言ってんじゃねえよ、狐侍!」
「おめえら残念だったな。バジルの中の人は、かなりのイケメンだぞ」
桜童子の声に、また、えー、うそーという声があがる。今度はハギの従える式神ヤクモの声も混じっている。ヤクモは<蒼球>を手に入れてから、格段に語彙が増えている。本来式神に会話するほどの知性はない。しかし、<ルークィンジェ・ドロップス>の影響で喋れるようになってからは普通の幼子のように見えてしまう。
「しかし、これではウチのパーティがますます百鬼夜行じみて見えてくるでしょうね」
ハギの言うとおり、リーダーの桜童子からしてふわふわのぬいぐるみに見えるほどなので、さらに素顔が狼面になってしまった男まで付け加えれば、もう奇っ怪な集団である。しかし、これも<蒼球>の影響なのであろうか。
「姉ちゃん、敵、くるぜ」
「OK、ユイ。みんなー! 戦闘態勢おねがいしまっす!」
前方警戒にあたっていた<古来種>を目指す<大地人>少年ユイが声をあげる。サクラリアは<援護歌>を歌ってユイを支援する。
「ユイー、いけるか」
「当然だよ! ウサギのあんちゃん!」
そう言って駆け出したのは前方にいるのが<黄紋豹鬼>だからである。光の精霊亜人であるこの敵はトップスピードに乗れば、手がつけられなくなる。足を止めている間に距離を詰めなければならない。
エンカウントがあまり少ない道のはずだが、森林に出る<黄紋豹鬼>と出会ってしまうのは、リーダー桜童子のもつエンカウント異常のためだ。【工房ハナノナ】のみんなは<蒼球>の影響が桜童子にも及ばなければいいなと思っている。
勝負はあっという間に着いた。ユイはすぐに<黄紋豹鬼>を倒してしまった。それほどレベルの差がないのにここまであっさり倒してしまうとは、恐ろしい成長を遂げたものである。
夕暮れ前に<ユーエッセイ>に到る。
エルフとヒューマンの質素な作りの建物が見えてくる。エルフとヒューマンは本来仲の良い種族ではない。しかしこの<ユーエッセイ>において彼らはひとつの使命を抱いているから共存できていると考えられる。
<六傾姫>の末裔である歌姫の軟禁だ。
およそ三百五十年前、この世界には<ヒューマン>、<エルフ>、<ドワーフ>、そして<アルヴ>の四種族がいたとされている。
このうち強大な魔法文明を持つ<アルヴ>に恐れをなした他の三種族は、<アルヴ>の国家を攻め始めた。これにより、他種族に比べ脆弱で繁殖力の弱い肉体しかもたない<アルヴ>の衰退が始まる。それからの<アルヴ>の歴史は虐待の歴史だ。
そこから五十年ほど後に<六傾姫>の反撃が始まる。<森羅変転>を巻き起こし復讐者と化した<六傾姫>も、多勢のためにはなすすべなく再び滅びていく。
さらに年月が経ち、血は薄まり<ハーフアルヴ>となったその種族の中には隔世遺伝のように力をもったものが現れる。特にその傾向が顕著な一族の姫を<ユーエッセイ>に封じることにした。
表向きは大切に祭ることで反抗心を抑えつつ、その実は人質として囚えているのである。
<ドワーフ>が建てた軟禁用神殿を<ヒューマン>と<エルフ>が監視しているわけである。
しかし、長い年月が経ちその意味が薄れ、なぜかしら<ハーフアルヴ>の姫を<エインシェントクィンの古神宮>に祀り、なぜかしら<ヒューマン>と<エルフ>がともに見守り続けているという状態として認識されている。覚えているのは長命な<エルフ>くらいだろう。
もちろんこれらの情報は、<エイスオ>の小手鞠が桜童子にもたらした情報である。
朱い柵の手前までやってきた。
<冒険者>がクエスト受諾基準を満たしているか判定するお葉婆に促されて禊場に行く。白衣に着替えて朱い欄干のついた石畳を歩く。ひっそりとした森の中の泉に突き出した、苔むした石舞台に立つ。濃厚なマナが漂う泉の中に身を沈める。山丹も後ろ足から恐る恐る泉に入る。式神のヤクモとハトジュウも一応浸かった。
「はっくちょぃ。ぅびー。お葉婆、いる? 本当にこの儀式いる?」
濡れて肌に張り付く衣の前を手で隠しながらあざみは言った。いつもは禊もせず鎧も刀もつけたまま本殿にずかずか上がっている。
「あったりまえじゃぃ。お主がいつも決まりを守らぬだけじゃら。ほれ、よく身を拭いてから上がんなぃ」
受け取った手拭いで身をよく拭く。ぬいぐるみのように腕の短い桜童子はシモクレンにいつものように拭いてもらっているが、シモクレンが濡れた衣を身にまとっているので目のやり場に困っている。
本殿内部は精霊を飼っているので、昼よりも明るい。
桜童子、シモクレン、あざみ、イタドリ、サクラリア、ユイ、ハギ、バジル、イクスが本殿に上がった。山丹とヤクモとハトジュウは本殿前で待機だ。
奥に<ユーエッセイ>の歌姫は立っていた。
振り返った歌姫は柔和な表情を浮かべていた。
「いらっしゃいませ」
軽くぺこりと頭を下げた。
「あんたから聞いているより、人あたり良さそうな感じやない?」
小声であざみに話しかけるシモクレン。
「い、いつもはもっと張り詰めた感じなんだけど」
「普通通り話してくださっても構いませんよ」
歌姫はころころと笑う。
「みなさん、座ってくださいな。私も座ってお話ししたいのですよ。まず、お礼を申します。あなたがたが持ってきたその宝玉のおかげで、今日は頭の中が清らかな感じがします」
きっとなんらかの呪がかけられ、普段は行動が制約されていたのだろう。
全員が腰を下ろしたところで、姫も向かいにふわりと腰を下ろす。
「では、姫。早速ですが、単刀直入に言います。おいらたちはこの<蒼球>をあなたに渡すべきではないと考えています」
「そうですか。でも、それはなぜ?」
姫の声はしっとりとしていて耳に柔らかく響く。まるで耳元で甘く囁かれたかのようだ。
「<ルークィンジェ・ドロップス>の行方です。あなたに以前手渡した宝石はどこに消えたのですか」
「そちらのお嬢さんが私に手渡してくれたものですね。今となっては夢か霞の中にある記憶のように思えてしまいますが、私はあの石を持ったとき、ひどく懐かしい気持ちになりました。私は、<アルヴ>の幻思魔法回路にアクセスしたように思います。歌を歌い、いくつかの扉にアクセスし、そのうちのひとつに格納したはずです」
「そのあと、アタシの刀をグレードアップしてくれたあれはどういうこと? てっきり<暮陸奥>に<ルークィンジェ・ドロップス>がミックスされたとばかり思ってた」
あざみが話す。否定はしないものの歌姫は肯定もしなかった。
「それは、高出力炉に転送されたのだと思います。回路の一部です。具体的に説明する技術を私は持ちませんが、あなたの刀はあの場で生まれ変わったのだと私は捉えています」
「<ルークィンジェ・ドロップス>が直接誰かの手にわたっているのではないとは分かったが、もう少し質問させてくれー。その回路に石を投じたことにより回路から何らかのエネルギーが発生するのは想像に難くない。だが、あの涙型の宝石一つが持つエネルギーの総量と武器転生に消費されるエネルギーを比べても、まだかなりの余剰エネルギーがあるように思うんだ。そのエネルギーはどこに使われたのかが知りたい」
桜童子は言った。それが悪の種族に行くのだとしたらもう渡すわけにはいかない。
悪の種族だけではない。先ごろ戦った<典災>と名乗る敵たちも同様である。<大災害>前にはなかった資源と敵の発生。桜童子は二つの関わりを危ぶんでいる。
<典災>とは今まで二体戦っているが、どちらも勝ってはいない。なんとか攻撃を凌いだという印象だけがある。それほど恐ろしい敵である。
しかし、姫の口から出たのは<典災>ではなかった。
意外といえば意外で、当然といえば当然かもしれない。
「<六傾姫>の復活です」
場がざわめく。しかし姫は静かに言葉を継いだ。
「その時の私には分かりませんが今ならわかります。もう<六傾姫>は復活しています。この国のどこか、おそらく東の方に<姫>が復活したのを感じるのです。彼女を目覚めさせるために涙の雫は再利用されたのです」
以前桜童子が言ったことではあったが、やはりこの宝石は<六傾姫>の種子なのである。いつか役に立つための魔力の結晶。それが、<ルークィンジェ・ドロップス>だったのだ。しかし、もう、蘇っているとは想像だにしなかった。
「それは、一人なのですか?」
「おそらく一人でしょう。強く波動を感じる時とそうでない時があるので、どうにも理解できなかったのですが、頭の靄が晴れている今のうちならわかります。一人の体に別人格として力を貯めているのです」
「危険ではないのですか?」
「恨みや憎しみ、そして憤りといったものは、先程までの頭にかかった霞のようなものです。囚われれば見ようとも見えず聞こうとも聞こえないのです。ですからこの世がどんなに良いものかと説こうとも復讐の火は消えないでしょう。ですが、今目覚めている姫からはその憎しみといったものを感じられません」
安全だというのか。一度世界を滅ぼしかけたはずではないのか。意味を、そして未来をじっくり考えながら桜童子はゆっくり言葉を選び出した。
「だから<蒼球>を渡すべきだと?」
桜童子は歌姫の言葉に偽りが交じる可能性や、真実であるが想定外のことが起きる可能性などあらゆる可能性を探ろうとしていた。しかし考えつく限りではどう転んでも確実な安全などどこにもないように思われた。
それは歌姫にも分かっているのだろう。即座に首を振った。
「いえ、そうは思いません」
「あなたは<六傾姫>すべての復活を望んでいるのではないのですか?」
「<六傾姫>すべてが清らかな心であるとは限りません。血族としては恥ずかしいことではありますが。それに物事には多様性が必要です。他種族に滅ぼされずともいずれ潰えたのです。<ルークィンジェ・ドロップス>は夢の残滓に過ぎません。ですから、それは来るべき時まであなたが持ち続けるのが良いでしょう」
「おいらたち<冒険者>を信じてくれているのかい」
「うさぎさん。私はあなたを信じています。あなたは違う星から来てこの地に平寧をもたらそうと二百数十年間戦いつづけているのだと幻思魔法回路は答えています」
この言葉を理解するのに、皆、数瞬の時を必要とした。
「え、にゃあちゃん、宇宙人だったの!?」
「そうだったんだー、そうだったんだー! へー! そうだったんだー!」
「ただもんじゃあらへんとは思うてたんよ」
「さすがにゃあ様」
「さすが、うさぎのあんちゃん。あんちゃんじゃなくて長老と呼ぶべきか?」
「いや、十二で割れば大体ログインしていた期間なんじゃないですか、って言ってもユイくんにはわかりませんでしたね」
「オレ様も結構昔からいるんだけど」
「リーダーには腐れバジルにはない奥深さを感じるにゃ!」
歌姫も一緒になってコロコロと笑った。
「中に入ったとばかり思っていたが、外に出ていたのか。<現し世>ではなく<写し世>ということなのか」
「何にゃあちゃんぶつぶつ宇宙語呟いてんの」
どうやら桜童子=宇宙人説が定着してしまったようだ。
「せや、姫様。どうにかして<蒼球>を覆い隠すことはできひんのやろか。このまんまやったら、魔力ダダ漏れになってしまうわ」
シモクレンは言った。
「レン、そいつを姫様に聞くのは酷というものだ」
「よいのですよ、うさぎさん。強すぎる力というものは制御できなければいかに有益であることを主張しても害でしかないのです」
徐々に姫の表情が眠気を帯びたように無表情になっていく。
「外が見たくはないのかい?」
「定めです」
「いつかおいらたちが外を見せると約束しよう。それまでは大人しく我慢しておくれー」
「あなた方が去れば、この逢瀬も夢と消え、私は元の生ける人形と化すのみです。それでも暖かい希望を抱かせてくれて礼をいいます。うさぎさん」
「おいらの名は桜童子にゃあ。あなたの名は?」
「アウロラ」
姫はふんわりとした笑みを浮かべて名を告げた。
桜童子は歩み寄ると恭しく手を取った。
「アウロラ姫の揺蕩う夢が美しく平和でありますように」
みな同じように手を取り言葉をかける。もうアウロラ姫は以前の悲しげで透明な表情に戻ろうとしていた。
辞去して旅立ちの身支度をする。
「にゃあちゃん。やっぱり、ウチわからんわ。どないしたら<蒼球>の溢れ出すマナを包み隠せるん?」
「アウロラ姫も<蒼球>の力で覚醒していたが、それ以上に封印の技術が優れていたから、ああして眠りに就いちまったのさ」
「封印――――――。あ、そうか」
桜童子はシモクレンを振り返って言った。
「答え合わせは必要かい?」
「んーん。姫様を封印するためのこの社殿を創ったという<ドワーフ>を探せばいいんやね」
朱と白で彩られた囚われの姫の社は、夕闇に沈もうとしている。