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013 パンナイル、そしてアキヅキの街

 能生はこの世界にストレスの発散に来ていた。正確に言えば日頃の鬱憤を晴らすためだけに<エルダーテイル>を利用していた。


 それは多くのプレイヤーたちの大きな目的だが、能生の場合は特異だ。

 他人の命を奪う。他人が窮地に陥るように仕向ける。金ができれば他サーバーでアイテムを仕入れて、それをオークションにかけて、取引しようとしてきた相手に嫌がらせをする。さらにはその欲しがる品を使ってPvP戦でいたぶる。

とにかく、優位に立っておいて相手が悔しがる姿を想像することが能生の喜びだった。



 これは彼が幼少の頃から培われた精神性によるものであろう。ピアノを習っていたがうまくできないと手の甲を鞭打たれ頬を叩かれる。だが、そのピアノの先生に対する周到な嫌がらせの結果、彼は破門された。彼は解放されたのだ。

 野球も習ったがコーチが気に入らず、徹底的に嫌がらせをして退部した。

 彼にとって嫌がらせは精神的解放と同義なのである。鬱屈とした承認欲求の捻じ曲げられた発露なのだが、本人に自覚はない。自覚がないから開き直っているわけでもない。


 実に矛盾を孕んだ状態でPK集団を続けていた。

 それがあざみとの出会いで少しだけ変わったのだ。

 必勝の布陣をたったひとりで破ったこの女に自分のことを認めさせたい。

 そんな心がわずかばかり芽生えた。



 あざみに倒されて神殿送りになった後、腹いせに無関係の<大地人>女性二人を監禁して(ほしいまま)にしたが、それでは自分の欲求が満たされなかったのであろう。数週間で解放し、<ビグミニッツ>に戻った。


 そして再びあざみに出会った。これは天啓だと彼は思った。

 見れば、仲間の仕掛けた罠に自らはまりに行っている。

 あざみは自分で何とかしたと考えているかもしれないが、その空間の入退場制限を書き換えたのは能生であった。


 それから、あざみをストーカーのように追いかけた。まさしくストーキングしていたのであるが本人にその自覚はない。


 

 あざみが抜刀しようとしたのを能生はおどけた調子で驚いてみせる。


「おおーっと、おおぅっと。ここ、この部屋だけ、オレ買ったの。戦闘行為禁止。君、手を出せない。オレも無理。安全。せーふてぃー」


「ここから仲間の誰かを狙撃しようとしていたわけでは」

「ない、ないないない。せーふてぃー」


 あざみは刀の柄から手を外し、あっさりと興味を失って能生に背を向ける。


「アンタがこっから殺気放ってたのは何?」

「オレの目つき、ご覧のとおり悪いからねえ」

「まあいいわ。あのでっかい黒猫ちゃんとの戦いに巻き込まれないようにしてね」

「なあ、君」

 能生は出ていこうとするあざみの背中に声をかける。


「この部屋の入退出制限をオレがかけたと言ったら、君はどうす……」

 窓枠に脚をかけていたはずのあざみの姿は既に能生の視界になく、冷たい刃が喉に触れている感覚だけがあった。



「出しなさい。ここから」

「気が早いな。そんなんじゃこの世界じゃなきゃ受け入れられなかっただろう。君、どうよ、息苦しいだろう」

「どっちの世界もあたしには大切な現実だよ」


 手に力がこもり、喉に刃が食い込む。

「のー、のーのー。オレをこのまま大神殿送りにしたら、君ここに閉じ込められっぱなしだぜ?」


「にゃあちゃんがなんとかしてくれる」

「めちゃくちゃだな、まったく。冗談だよ。この空間に鍵はかかっていない。戦闘禁止区域にしてあるってだけ」


「それ、罠?」

「いいや」


「何が目的?」

「君を見ていたい。ただの追っかけさ」


 その瞬間張り詰めていた空気が一気に弛緩する。


「何? アンタ、あたしのファンなわけ? そんならそうと、早く言ってくれればいいのにー、友だち(フレンドリスト)入れとく?」

「刀振り回しながら照れるのは大変危険だからやめてもらえるかな。ただ、リストに入れなくってもいい。オレはオレで勝手にキミにつきまとうだけだ」


「へえー、ストーカー宣言というかROM専フォロワー宣言というか。堂々とやられるとかえって気持ちいいね」


「言っておこう。オレは君を貫いたあの日から、君のことが好きだ」

「残念。アタシ追われるより追っかけてる方が性分にあっているんだー。だから、ごめんね。言っとくけど、付き合えないよ」


「構わないさ。君を振り返らせることを、この世界でのオレの生きがいとする」


 あざみは無言で窓辺に離れた。

 そして振り返る。


「ホントだったらこれ以上不気味な話はないけど、この世界だとそれも心強いよ。じゃあね、ポチ」

「ポチ?」

「ナナシがついてくるんじゃあ、なんかヤだし。っていうか、次にアンタを見ても忘れてるかもしんない。あはは、アタシ忘れっぽいからさー。だから、ポチ。あ、そうだ。着替え中、入浴中、トイレ中、デート中は覗き禁止。覗いたら殺す。瞬殺だよ、ポチ。それから、困っているときは鳴くんだよ。気づいたら助けてあげる。じゃあね」



 そう言うと、廃屋の窓から軽やかにあざみは飛び降りていった。

 能生は実に複雑な気持ちを抱いていた。

 まず、あざみに気づかれてしまったこと。これは恥部を晒してしまった気まずさがある。


 そして自尊心を大いに逆なでする言動。圧倒的優位に立っていたぶるのが好きな能生にとって激しく屈辱的でありながら、復讐計画を練っている時のような愛情にも似た感情の昂ぶりも覚えている。

 何より、ポチという呼び名が能生を苦悩させた。

 ポチと呼んだあざみの唇の動きを思い出しただけで激しい嗜虐欲が駆り立てられてしまう。おそらくは怒りだ。

 だが、名前を勝手に与えられるという行為に斬新な喜びを感じていた。友だちのいない能生は、空気のような存在であろうとし続けた結果、あだ名をつけられることもレッテルを貼られることすらもなかった。自尊心を傷付けるものには容赦ない復讐をするが、関わりのないものには完全に無害な存在で有り続けようとしていたからだ。


 恋らしきものをしたことはある。勝手にストーカー行為を続け勝手に幻滅していっただけだ。一ヶ月ほど嫌がらせをしてやったのが、能生の淡い初恋の想い出だ。

 ではあざみに芽生えた感情は恋なのだろうか。能生は自問する。

 否定も肯定もできなかった。ただ、一言だけ呟いた。


「ポチじゃねえよ」 




「もー、あんたはいっつもどこほっつきあるいてん!」

 あざみは、シモクレンの怒りの声をいつもの通りさらりと流す。

「ごめーんごめんごめん。おっきいのがまんできなくってさ」

「言わんでもよろし」

「えー、まだ、三分の一もHP残ってんじゃん」


「あたりまえやろ。前衛あんたがぬけたら、ユイくんとてるるちゃんだけなんやで。もう、トイレは事前に済ませといて」

「へーいへい。で、猫ちゃん。<ヒミカの砦>にカイティングしなおさんの?」


 あざみの疑問にハギが答える。

「倒してしまってリスポーンを待った方がいいでしょう。龍眼さんたちがきっと砦の修繕に行くでしょうから。そのときにボスが暴れまわったんじゃ都合が悪い」

「でも倒してしまったら、なんか恨まれそうだよね。猫だけに」


「そもそもそういう伝説を背負ってメイキングされたエネミーですからね。倒したら呪われるかもしれませんねえ。レンさん<キュア>お願いしますね」

 シモクレンは明るく微笑む。

「呪われたドロップアイテムかもしれへんなあ。そんときはあざみ。あんたにあげるわ」

「よく言うよ。それで呪われたら『ウチのせいやー』ってさんざん泣き喚くくせに」

「泣かへんて」

「泣きますー。でもまあ、そういう品だったら置いてったらいいよ。きっとポチが拾う」

「ポチ?」

「なんでもないよーん。んじゃ行ってきまーす!」



 ユイの「おそいぞ姉ちゃん」という言葉に、「ヒロインは遅れて登場するものよ」と嘯くあざみ。

 前衛が三人に戻ったのは大きい。

 <神代猫>のランダムな攻撃に、てるるは深追いを避けていたがこれで常に背後からの高速連続呪文射出が可能になる。

 加えてあざみはこの中では桁外れにレベルが高い。レベル差があれば、<フルレイド>クラスの敵であっても、さすがに一人で戦うのは厳しいにせよ、少人数で倒せない相手ではない。

 事実、この後、十分もかからずに<神代猫>は鳴き声とドロップ品を残して消えていった。



 ドロップ品のほとんどを【工房ハナノナ】の面々は置いていくことにした。呪いが怖かったわけではなく、<パンナイル>に避難させていた<ヒミカの砦>攻略メンバーたちが取るべきだと判断したからである。


 あざみたちが立ち去って、連絡を受けた<冒険者>たちがやって来るまでに、能生がこっそりドロップ品の中から何か記念になるようなものを持ち出したようだったが、それについて多く語るようなことはない。


 



 同時刻。<パンナイル>西部で起きた<不死者たちの騒乱>はまもなく沈静化しようとしていた。


「これで全部です、龍眼さん。オレたち<機工師の卵>が! ディルウィードくんが! <ルークィンジェ・ドロップス>を全部掘り当てました!」


 栴那は龍眼に念話で報告した。栴那の実年齢よりも若い少女の体は傷だらけで、汗や泥や土にまみれぼろぼろだ。休憩をとれば装備の自浄作用やあやめの回復呪文でそれらはすっかり綺麗になるのだろうが、そんな暇すら惜しんで荒い息のまま連絡している。


 確かに大手柄なのだ。

 見廻組が数体の<不死者>たちを倒してしまえばこちらも終結となる。

 栴那ばかりが興奮しているわけではない。ツルバラもスオウもあやめもエドワード=ゴーチャーも、そして敵を倒し土を掘り体力を使い切っているディルウィードも寝転んだまま喜びの声を上げている。


 それを聞く龍眼も興奮しているようだ。

(ディルウィード君がやってくれたようだな。君たちもよくやった。栴那君、私に代わって皆に礼を伝えておいて欲しい。ありがとう)

「いや、そんな」


(それにしても【工房ハナノナ】には頭が下がる。ディルウィード君は君たちを率いて騒乱を鎮め、ハギ君たちは<神代猫>を倒し、兎耳のエレメンタラーは<ナカス>からの侵攻を未然に防いだ)


「ホントに生産系かって感じっすよね。アッハッハ。あ、すいません」

 栴那は言葉遣いを謝った。龍眼に気にした様子はなかった。

(<ルークィンジェ・ドロップス>は<機工師の卵>がもらってくれ。論功行賞の代わりだと思ってもらっていい。六人分ないのは申し訳ないところだがね。私が言うのもなんだが、扱いには十分注意するように)

「あ、ありがとうございます」

(では)

「あ、あの」

(なんだ)



「ユタカさんの処遇はどうしたらいいですか」

 ユタカは冒険者錬成システムに当てた土地を売り払ってしまった人物である。本人の自覚はなかったにせよ、この騒乱を巻き起こした張本人と言える。


 タイミングからすれば、<神聖皇国ウェストランデ>のマルヴェス卿と内通し、<リーフトゥルク家>を裏切り、<アキバ>の冒険者に領地の一部を売ることでクーデターを起こそうとした犯人だと捉えられかねない。


 事態の収拾のために有力者がよく使う方便である。きっと反領主派の<領主一族>は自分たちの保身のために、彼をトカゲのしっぽとして扱うだろう。

 事実は全く違うにも関わらずにである。


「今は長屋のおばちゃんが面倒を見てくれています。面倒って言っても、どこかに飛び出していかないか見守っているぐらいしかできないですけど。ほら、ユタカさん、超ムカつくくらい女性を蔑視しているじゃないですか。でも、でも、ひどく落ち込んでいて」


(栴那君。君も大人だからわかるだろう。どうしても使えない人間というのはいるんだ。目端がきかず、愚鈍で、他人を受け入れる余裕がなく、それどころか他人を傷つける方に回ってしまう、そんな人間というのはクズでしかない。たしかに彼はクズだが、望んでこの世界に来ているわけではない。だから私の目の届くところで使ったほうがいいと考えたのが甘かったのかもしれんし、むしろそのことがストレスを与えていたのかもしれない。しかし、してしまったことを考えれば罰せられて当然であるだろう)



「で、でも、本当に後悔しているみたいなんです」

(ああ。彼の犯したミスからすれば当然だろうな。こちらとしても、彼を追放したいところだが、彼は多くの情報を持っている。<パンナイル>の外に出すこともできん)


「え、それじゃあ」

(ああ。彼は、自分の納得する方法があるのならば、その方法で償えばいい。そして元の仕事を今まで以上にこなしてくれればいい。今回の問題の一切はこの龍眼にあると考えてもらおう。責任を取るべきなのは上に立つ人間だろう?)


「で、でもそれだと」

(今まで以上に、反領主派の<領主一族>との軋轢は大きくなる。だが、それだけだ。別にかっこつけているわけじゃない。今回我々が失ったものは何もないのだ。君たちの活躍のおかげでね。だから礼を言いたいのだ)

 

 栴那たちは、物見台で打ち鳴らす板の音を聞いた。全ての敵を討伐し終えた合図だ。

 ディルウィードは寝転んだまま。青空に拳を突き上げた。その手の中で<ルークィンジェ・ドロップス>が微かに光り輝いている。

 



 同時刻。<アキヅキの街>。

 ここに<パンナイル>現領主ライブライト氏は匿われていた。彼は本名をライツ=ブライツ=リーフトゥルクというが、その名で呼ぶものはおらず、親しいものがライブライトと呼ぶくらいで、多くの者はパンナイル公、あるいはパンナイル様と呼ぶのであった。


 彼と向かい合っているエレオノーラ嬢もまた彼のことをそう呼んだ。

「パンナイル様。お喜びくださいませ。事態は無事収束したらしいですわ。ねえ、カーネリアン」


 側近の少女が頷く。

「ハイ、ノーラ姫。<ヒミカの砦>に派遣していた者から連絡がありましたー。<ナカス>から兵士も攻め寄せてきていたらしいですけどー、【工房ハナノナ】? なんだかそんな人たちが現れてどうしたことか攻めてきた兵士は帰っちゃったらしいです。街に一歩も入ることなく」


「カーネリアン。他人様の前でノーラ姫と呼ぶのはよしなさい。私が恥ずかしい」

「はーい。でも、よかったですね。パンナイル様」



「それで、<パンナイル>の民に怪我などしたものはおらぬのですかにゃ」

 カーネリアンという少女は頷く。彼女はツインテールにカチューシャ、赤いアンダーリムのメガネ姿で、パンナイル公は<冒険者>らしい少女だな、と感じた。十かそこらの年齢の少女が時として領主などよりも深遠な能力を発揮したりするのだから、<冒険者>とはよくよく不思議な生き物だ、とも思った。


「<ヒミカの砦>攻略に当たった<冒険者>の方が亡くなったくらいで、怪我をしたのも<不死者>に追われて膝をすりむいた方が数名ですねー。フコー中の幸いといいますかー。モッケの幸いといいますかー」

 カーネリアンの説明に、パンナイル公はほっと胸をなでおろす。そばに座るクロネッカも同じだった。


「そーこーでーでーすがー」

 カーネリアンは切り出す。アキヅキ領主エレオノーラはニコニコと微笑んでいる。



「我々<アキヅキ>と<パンナイル>で協定を結びませんか?」

 パンナイル公は、緊急的に庇護を求めている身である。無下に扱われることはないにせよ、何らかの見返りを求められることはあるだろうと考えていた。話だけは聞かざるを得ない。


 カーネリアンはソファに身を預けると、額に指を当てて語り始める。

「<アキヅキ>はアンティークアイテムを多く扱う街。ですが、今や商売相手は<ナカス>からたまに客がやってくるだけ。ノーラ姫の弟君は<イコマ>に労役に駆り出されていますし、表向きは既に滅亡した商家なのです。今回の騒動でもお分かりいただけますように、<ナカス>側からの搾取・支配は強まる一方で、このままでは<アキヅキ>の完全消滅は遠い未来のものではありません」


 少女が喋るのには似つかわしくない内容だ。だが、これは正鵠を射ていて、この話を聞くパンナイル公もエレオノーラもどちらも神妙な面持ちになっていた。


「<アキヅキ>が武力によって滅べば、その影響は近隣の<パンナイル>に及ぶのは是非もありません」

「次は我が身、というわけですかにゃ」


「そこで、次のような協定を結んでいただきたいのです」

「聞こうにゃ」

 カーネリアンはエレオノーラと目を見合わせて、うんと頷く。ここからはエレオノーラが喋る番だ。


「一つ目は、<パンナイル>の兵力を無条件で私たちにお貸しいただきたい」


 <パンナイル>は財力・交易能力、そして<冒険者>由来の兵力を多く有しており、<アキヅキ>に比べればその差は歴然としている。その件についてパンナイル公は「必要な場合のみ」という条件をつけて承諾するつもりである。

万が一の有事を考えると、<アキヅキ>が攻めいられたら次は<パンナイル>、というのは地理上ほぼ間違いないからだ。


「二つ目は、<トオノミ地方>東部の交易権を私たちに譲っていただきたい」


 <アキヅキ>と<パンナイル>は九商家と呼ばれライバル関係にある。一方で、お互いがお互いに<ナカス>に対する防波堤になっている。だからこそ表面上しのぎを削り合う様子は見せてはいたとしても棲み分けは必要だ。でないと犬兎の争いとなってしまう。


 このニッチ戦略はカーネリアンのアイディアで、<ノーラフィル>を東に派遣したのもカーネリアンの発想が元になっている。彼女は幼い姿そのままの中学生なのだが、<アキヅキ>の誰よりも街の生き残りに大切な役割を担っている。

 

 この案に対してパンナイル公は首を横に振る必要はない。いくら<ビグミニッツ>の黒狸族が<パンナイル>の焼き物を珍重しているからといって、交易の手間を考えると仲介役を立てたほうがよっぽど安く上がる。


 さらに、<パンナイル>の顧客はヤマトサーバー全域にまで及んでおり、辺境の<トオノミ地方>は他に譲って他サーバーにマーケットを広げた方が戦略的であるとさえいえる。

 むしろ<ビグミニッツ>などのスローライフで求められる品は、<アキヅキ>のアンティークアイテムなのだ。


 だが、これを簡単に通すわけにはいかないのが一代で財を築いたパンナイル公の商魂である。


「二つの提案が、この身の保護の代償と考えると、いささかそちらに利があるようにゃ」

「――――――隠し耕田」


 カーネリアンの呟きにピクリとパンナイル公の耳が動いた。カーネリアンがエレオノーラを見つめると、今度はエレオノーラが頷いた。カーネリアンはまた己の額をつんつんとつつくと身を乗り出して語る。



「今回の事変で<ナカス>は隠し耕田の存在を明るみにするはずです。上納米として生産量のほとんどを搾取した上で、流通させるために残した米も<不死者>を理由に安く見積もり買い叩くに決まっています。ですから風評被害を起こさないことが大事なんです。そのためのストーリーを私たちは持っています」

「風評・・・・・・被害? 流言ということですかにゃ」

「言い換えられても私にはわかりません。でも多分そういうことです」

 同席しているクロネッカにはちんぷんかんぷんなのであろう。しきりに首をかしげている。


 カーネリアンの読みによると、<パンナイル>攻略に失敗した<ナカス>は土地の支配権を奪うことを諦めるが、生産物の搾取を強めるという作戦に切り替えるはずだというのだ。

 作ったものを取り上げようとする行為から守るためには、取られないだけの理由が必要である。その理由を用意し<アキヅキ>側で積極的に言いふらそうというわけである。


「年貢及び風評被害対策。名づけて<お米、とっちゃダメ作戦>です」

 ネーミングセンスが不足しているのは否めないが、その作戦はマルヴェス卿の陰謀の裏をかく実に巧妙なものであった。



 マルヴェス卿は<神代猫>を使って<リーフトゥルク家>に仇なす化け猫として騒動を起こそうとしたが、これをもっとシンプルな形に作り上げるのが第一手である。

 <クマシロ家>の出自は<リーフトゥルク家>にあるとする。

 つまり先祖をちゃんと祀ってなかったから暴れだしたというストーリーに変えるのだ。


「たしかに<クマシロ家>は我が一族の傍流にゃ。しかし、それをどうやって知ったにゃ」

「勘ですよー。勘。そうだったらいいなーくらいの。じゃあ、<ドラゴンメイカー家>というのも」

「――――――大元をたどると同じ一族にゃ」


「きゃー! 超ナイスですよ、パンナイル様! だから、ちょーっとご先祖様参りが足りなかったから、お寺が壊れちゃったし、猫ちゃんが暴れだしたってことにするのですー」

「な、なるほどにゃあ」


 第二手がマルヴェス卿を責めないこと。彼は誰よりも早く<パンナイル>の危機を察し、全力で<神代猫>の驚異から街を守ったことにする。

「マルヴェスさんが敗戦の言い訳を始める前にこの噂を広めまくるのですー」

「だが、実際には【工房ハナノナ】という冒険者? それが尽力してくれたと言っていなかったですかにゃ?」

「いいんですいいんです、小さな英雄たちの功労はパンナイル様の胸にしまっておいたらいいんですってー」

「そ、そうにゃのか」


 まったく縁もゆかりもない中学生カーネリアンのこの作戦によって、【工房ハナノナ】の活躍はまたもや歴史の影に隠れることになる。



 第三手は、<神代猫>の鎮魂には米の献上が必要で、その生産地域の立ち入りを禁ずるために<不死者>に番をさせていた、とする。


「そもそも、クマシロという名前には<お供えにするお米>の意味があるんですよー」

「ほう、そなた大賢者のようであるにゃ」

「いやー、中学の社会の先生超好きで、めっちゃ勉強しましたもん。マジでイケメンですからね。先生に気に入られようと私必死でしたー。先生どうしてるかなあ」

 このカーネリアンの呟きは、エレオノーラにも理解できなかったらしい。しかし、カーネリアンの台詞をエレオノーラが継いだ。


「<アキヅキ>の<吟遊詩人>を十人ほど各地に向かわせました。先ほどの私たちの提案を飲んでくだされば、<ナカス>の動きよりも早くこの話を広めることができます。いかがでしょう、パンナイル様。一考の余地があるのでは」


 十分である。<ナカス>が大義名分を得る前に、<パンナイル>は上納できない大義名分を手にすることができるのだ。

 今回の大騒動で<パンナイル>に人的被害はない。<アキヅキ>に人的支援を行い、東への交易を保全してやるだけで、これから<リーフトゥルク家>に訪れる危機を回避できるというならば安いものだ。

「これが私たちの<お米、とっちゃダメ作戦>です。ね、カーネリアン」

「ハイ! ダメ、ゼッタイ! なのです」


 エレオノーラとカーネリアンは仲の良い姉妹のようにニッコリと微笑んだ。

 

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