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012 一騎当百

 峠の道を抜けて百人部隊が麓にたどり着いた。


 マルヴェスが選んだ<ミナミ>の荒くれ冒険者十二名に、各地で雇い入れた冒険者四十名、子飼いの<大地人>兵士五十名。

 山の上から<ヒミカの砦>攻略を見ていた荒くれ者十二名は、待機命令にイライラしていたに違いない。「肩慣らしに砦に行かせろ」だの「血祭りだ。いや、火祭りがいい! 業火祭りにしてやるぜ」だの「監禁シテ暴行ダ。蟲責メ蟲責メ」などと口々に叫んでいる。



 マルヴェスは<冒険者>を汚らわしい存在だと思っている。それどころか、<神聖皇国ウェストランデ>以外で王や姫などと名乗っているものも卑賎な存在だとさえ考えている。 


 だから<冒険者>がなんと吠えていようが、猟犬の唸り声程度にしか感じていない。「役目を終えれば煮てしまえばいい。利用できるうちは利用してやろう。どうせその程度の存在なのだ」という考えがマルヴェスの腹にある。

 

「なんて獰猛でなんと勇ましいのだ、お前たちは! 踏み荒らしたければ踏み荒らすがいい! <ヒミカの砦>は行き道だ! このまま蹂躙して<パンナイル>を思うままに荒らし尽くすがいい」


 煽り立てるマルヴェスに、百人部隊は「おおっ」と喚声をあげた。

 逸る者たちは猛然と砦に駆けていき、衝動のままに柵を破壊した。古代兵器を叩き壊し、古代兵たちを殴り倒し、亡霊を焼き尽くし、地をえぐり、建物を吹き飛ばしながら進んだ。



 あちらこちらで上がる煙と火の粉が新春の青空を汚していく。

 荒くれ者十二名は実に思い思いに行動している。その後ろの四十名は意外にもまとまりがある。五つくらいのチームに分かれて進んでいる。さらに後ろの揃いの鎧をつけた兵士たちは生真面目に隊列を組んで攻め入っていた。


 マルヴェスはその隊列の中央辺りにいて。安全を保ちながら悠然と進んでいた。それが急に足を止めたので、前の兵士の鎧に低い鼻を打ち付けてしまった。

「ブァ! 何だいきなり。何事だ! 足を止めたのは誰だ! 進まんか、進まんか!」


 曲がった帽子を整えながらマルヴェスが叫ぶ。

 すると、兵長から指示があったのだろう、兵士たちは陣形を変えた。そして臨戦態勢を取る。

 少し空間ができたので前方が見えやすくなったマルヴェスは様子を伺った。

「何だあれは。<鋼尾翼竜>か? そんなものごときに怯んでどうする!」



 見えるのは、金色の<鋼尾翼竜>だけだった。しかし、兵士たちを押しのけるようにして前の様子を見に行くと、<鋼尾翼竜>の前に、<神祇官>のような装束の幼童と、その従者のような兎耳の生物が立っているのが目に入った。



 荒くれ者のうち数人が地面に這いつくばっているのも目に入る。

「そんな下等生物たちに遅れをとるとは! 戦士の獰猛さを忘れたのか! 勇敢なる闘士は消え失せたのか!」

 マルヴェスが叫ぶと、呆然としていた荒くれ者たちが息を吹き返したように再び兎のぬいぐるみと幼童に襲いかかる。



 どこから現れたか、ぬいぐるみの後ろに甲冑姿の女性が現れて敵に加勢し始めた。これが恐ろしく強く、荒くれ冒険者が近寄る隙すら与えない。


 一人が蟲の群れを召喚したが、幼童が火の息を吹いて一瞬で消滅してしまう。<ブレイジングライナー>も意味がない。倍になって跳ね返される。


「何をやっている! なあにをやっているのだぁああ。連携だ。連携というやつを見せんかああああ」


 四十人の<冒険者>が前に進み出る。

「コイツは厄介じゃな」


 姿に似合わぬ古めかしい言葉遣いで童が喋っているのをマルヴェスは聞き取れなかった。聞き取れていたとしたら、兎の方を従者だと勘違いしていたが、もうそれは確信に変わっていただろう。


「術師の方をやれ! 得体の知れぬ兎の従者は放っておけ!」

 マルヴェスは叫ぶ。

「佳いぞ佳いぞ、あの<大地人>よく分かっておるではないか。のう、桜童子。そなたこそが従者であること認めれば佳い。これだけの証人がおるぞ」


「どっちでもいいですけど<火雷天神>さんー。狙われてるのはあなたの方ですよー」

「佳い。早速じゃが封印を解け」

「へいへい」


 弦音と風切り音が鳴って<火雷天神>は後ろに飛び退く。後衛の<冒険者>が矢を放ったのだ。

 桜童子が特製の箱を開くと蒼い光が弾けるように漏れ出す。桜童子は全く矢を気に留めていなくても<剣閃皇女(ソードプリンセス)>は迫り来る矢を完璧に払い落とす。

 飛び退いた<火雷天神>は<鋼尾翼竜>の背後に消えた。


「あの金ぴかヤモリごと討ち滅ぼせえええぇぇぇぇぇぇぇ!」



<ワシを討ち滅ぼす……じゃと?>


 突如、深い地底から響くような声がした。先程まで晴れていたと思ったのに、辺りはにわかにかき曇り、丸太を転がすような雷音まで轟き始める。


 <鋼尾翼竜>の背後から地獄の亡者のように腕が突き出された。いや、そのサイズでまだ指だ。ずるうぅっと腕が伸び立木を掴む。そばにいた<冒険者>はそれだけで腰を抜かしてしまった。だが、その<冒険者>は恐ろしい光景を目の当たりにする。


 巨大な手が握り締める樹木は、急激に枯れ始め、パチパチと弾けるような音をさせたかと思えばいきなり炎を吹き上げて燃え始めたのである。


(立ち木が火を噴いた……だとぉぉおお!?)

 マルヴェスは心でそう思ったがもはや喉が張り付いて声が出ない。

 先に倒れていた荒くれ者たちに悲劇は襲った。振り下ろされたのは巨大な掌である。

 叩き潰されてHPが0になるまでの刹那の時の間に、MPを吸われ眠りに落ちていく感覚と体が内側から焼き尽くされていく感覚を味わっているに違いない。

 悲鳴も上げられず苦悶の表情だけを浮かべたのち、泡と化して大神殿へと消え去った。


 次の瞬間、辺りは閃光に包まれ、兵士たちは吹き飛ばされた。そして吹き飛ばされながら空気が破裂するような音を衝撃として全身で味わった。四十人のうち十数名がその瞬間泡となって消え去っていた。立っていたあたりにはクレーターのような落雷跡が残るのみであった。


 無事生き残ったものは恐ろしい影を見た。

 それが<四十八人級(ダブルレイド)>相当のボス<火雷天神>の真の姿だった。

 百人隊の半数以上はまだ存命だ。だが<冒険者>のほとんどは壊滅的打撃を受け、残るはどこに義があるかもわからぬ戦いにたった一つの命を賭けねばならぬ<大地人>兵士たちばかりである。既に戦意は喪失していた。


 商売においては達人だが、軍事においては引きどころが分からぬマルヴェスは、近くにいた兵士の鎧をぽかりと叩いて「前へ進め! たたきつぶせ!」と声にならぬ声で叫び、滅茶苦茶に手を振り回した。


 これには忠義厚い<大地人>兵士も首を横に振らざるを得なかった。

 そしてこちらもかすれる声で言うのだった。

「マルヴェス閣下。退却を! どうか退却のご判断を」


 しゃがれ声で「ならぬならぬならぬ、この私が<パンナイル>の領主となるのだ。貴様ら存分に働け! 名誉のために死んで来い」と叫び続けていたマルヴェス卿だが、自分の真後ろの太い木を雷が真っ二つに割いて炎上させたところでようやく戦意を失った。

 

「た、退却ー! こ、こら、私より先に行くな馬鹿者。私を守れ、守るのだああああ」


 ほうほうの体で山道を引き返す兵士たち。桜童子のいるところからいつまでもよく見えたので、もう哀れというよりほかない。

 空はゆっくりと晴れ間を取り戻していった。


「あやつら、またぞろもどってくるではないかの」

 <火雷天神>はいつの間にか童形に戻っていた。

「んー、どうでしょうねぇ。黒雲だけでも残してもらえたら、警戒してやってこないんじゃないですかねー」

「うつけが。MPとやらがあっさり切れたわ。もっとマナが濃厚なところでなければ、<冒険者>から吸い取るものごときでは微々たるものにしかならん。桜童子、そこもとが<蒼球の玉匣>を開くのが早いのじゃ。次に開くときはその匣の中でじっくり濃厚にためこんでおいてから、マナを解き放つが佳い。それになんじゃ。底の方からちろちろとマナが漏れておるではないか」


「開けろといったのは、あなたですよー。それに<火雷天神宮>に初詣アタックに客が来てるからってドワーフの皆さんを急き立てたのはあなたですよー」

「そうじゃ、初詣客じゃ。桜童子、早くわしを宮に戻せ」

「へいへい。飛梅ちゃんは<ヒコ>の山に置いてってもいいんですか」

「そこもとのドリなんとかいう娘も自分で歩いて帰れるじゃろう。同じじゃ。とく、とく参れ」


 桜童子は<火雷天神>と<鋼尾翼竜>に乗り、<ヒミカの砦>をあとにする。まだ山中で休憩をとろうとする敗残の兵を追い立てながらしばらく旋回した後、北東目指して飛んでいった。

 実際のところは追い回したわけでなく、仲間の様子を高いところから伺っただけであるが、かなりの効果を上げたらしい。


 百人部隊は完全に潰走した。



「あの指揮官、欲にくらんでおったな」

「ですね」

 <火雷天神>は桜童子にマルヴェスの評価を聞かせた。

「そこまでの作戦がうまく進みすぎて、失敗時のためのバックアップ策も忘れてしまったのじゃろ。あれはよく交渉をする者ぞ。本来ならばもっと厄介なことになっておったかもしれんな」

「これからは<パンナイル>も対策は必要でしょう。<ヒミカ>の砦を封じるか。より強固にするか。それよりもっと抜本的な改善が必要かもしれませんね」

「佳い。そこは任せよう。さあ、桜童子よ、その竜を急かすのじゃ。おっと、まだ<蒼球の玉匣>を開くでないぞ。それを使わずに急き立てるのじゃ」

「それは虫がいい話ですねー。じゃあしょうがないです。安全運転です」

「何! それは困る。じゃあちょっと開いて良いぞ。ほんのちょっとじゃぞ」

「あれ、開きにくくなってます」

「ななな、なんじゃとー! そこもとー! なんとかせよー!!」



■◇■



 <神代猫>の周囲には【工房ハナノナ】と二人の冒険者しかいなくなった。


 <アキヅキ>や近隣の冒険者たちには不幸にも倒されてしまったものがいた。運良く生き残ったものはレベルが低いため<パンナイル>に保護してもらうように街の方に避難させた。だから、そこにいるのは<妖術師>としても優秀なイングリッドと、もうひとり、全身をローブに包んだ中級レベルの<付与術師>だけだ。


 その<付与術師>が深くかぶったフードを外した。

「やあ、久しぶりだよ。【工房ハナノナ】のみんな」

 髪がピンと跳ねた女子大生の顔にみんな見覚えがあった。

「おおおおお! <女神の指>の子じゃねえか!」

「てるるだよ」

 バジルの言葉に軽く手を挙げて微笑む。彼女は<サクルタトル攻略>で、【工房ハナノナ】と同行している。

「てるるちゃん! ひさしぶりーって、レベル下がってない?」

 サクラリアが首をかしげる。てるるはスプリンクラーという特殊なビルドの<付与術師>で、スゴ技の持ち主であったはずだ。


「師範システムだよ」

「どうりで。でも、<火竜のすり鉢>の方に呼ばれたんやないの?」

 シモクレンの疑問にてるるはにこりと微笑んで首を振った。どうやら逆のようだ。龍眼に頼まれて、この<ヒミカの砦>攻略事案に潜入していたらしい。

 

 そのとき、北東の方を覆っていた厚い黒雲が晴れた。

「リーダーがなんとかしてくれたみたいですね」

 ハギは喜びの声を上げた。

「さすがやね。こっちもなんとかせぇへんとな」

 これで目の前の巨大な黒猫エネミーを倒すことに集中できる。シモクレンはパンと手を叩いてみんなを励ました。

「いけるで、みんな! にゃあちゃんが道を開いたよ!」


「さっすがにゃあ様! 仕事が早い!」

 そう言いながらサクラリアは呪歌を歌って、黒猫の気まぐれな攻撃がでるのを防ぐ。

「兎耳の兄ちゃん、一人で百人やっつけちまったのかー!?」

 ユイが<爆砕の旋棍>でHPを大きく削りながら言う。


「あのみっちーさん、どうやら、<ミニオン>級で召喚されているようじゃないらしいですよ。<ダブル>級で、まさに鬼神のような働き振りでしたよ」

 ハギはハトジュウの目を通して、<火雷天神>の力を目の当たりにしている。危うくハトジュウが巻き込まれるかもと不安を覚えるほどの驚異的破壊力であった。

「にゃあ、かっこいー!」

 ヤクモはほわっとした笑顔でたどたどしく言った。<ルークィンジェ・ドロップス>の影響が弱くなっているのか、語彙も元に戻っている。先程ハギは、このヤクモの変化で<蒼球>が近づいていることを、ひいては桜童子が近づいていることを悟ったのだ。


 何とかなると考えたのは<火雷天神>の力を知っていたわけではなく、桜童子が無為無策で戻ってくるはずがないという信頼とぼんやりと淡いながらも強い期待からであった。


「リーダーさんは一騎当百ということにゃね! にゃ! イクスうまいこと言ったにゃ」

「さしてうまくねーって」

 バジルが言う。

「うるさいにゃー! 腐れバジルもちゃんと仕事するにゃ! にゃー、山丹」

「がう!」

 イクスの言葉に山丹も反応した。

「へいへい。じゃあ、オレ様、花火の準備に取り掛かっちゃうかなー」


「バジルはん。あざみは!? あざみはどこ行った!?」

 シモクレンがふとあざみの不在に気づいて声を上げる。



 あざみは街路樹の向こうにある廃墟にいた。街路樹といってももう鬱蒼とした森のようになっている。廃墟には蔦が絡んでいる。その中に【工房ハナノナ】の様子を見つめる<冒険者>の気配があったことに、あざみは敏感に察していたのだ。

「隠れてないで出てきなよ。こっちから来てあげたんだからさ」

 すると柱の影から、足音もなくすうっと<暗殺者>が現れた。


「<フェイタルアンブッシュ>? アタシとヤり合うつもりだった?」

「まさか」

「アンタ、誰?」

能生寧武(ノウネイム)。他のヤツらからは<ナナシ>と呼ばれている」

「何者?」


 能生は少し考えてからあざみの問いに答えた。

「君をこの世界で初めて貫いた男と言ったら思い出してくれるかい?」

 あざみは頭を掻いた。

「アタシもそっち系の冗談さ、ぐいぐいイケる方なんだけどね。ざーんねんながら笑えないわ。アンタのこと覚えていないもの」


「おいおい。ちょっとはステータスぐらい確認してくれよ」

「イヤよ! 超面倒! ソレ、ハギ兄とリアちゃんの役目!」

 あざみは逆ギレした。能生は忍び笑いを漏らした。

「<フォレスト・バンデッツ>覚えてないのか?」


「さあ」

「おいおい。<ビグミニッツ>の盗賊団だ。お前、橋の下で閉じ込められただろう。オレたちの仲間に」

「また閉じ込めようってんだな! 何が目的だ!」

 あざみは刀に手をかける。能生は酷薄な笑みを浮かべた。

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