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010 陰謀うずまくヒミカの砦

 <ヒミカの砦>は環濠集落遺跡一帯のダンジョンである。

 「<神代猫>の声が聞こえる」と噂される超古代ダンジョンで、古代兵の亡霊をはじめ、化け猫、ギミック系の魔法装置など様々なエネミーが現れる。


 地理的に見ると、この地は<サンライスフィルド>のほぼ真西にあり、<パンナイル>の北東に位置する。まず覚えておいてほしいのは<パンナイル>の北東であるという点だ。


 <ヒミカの砦>の南には、<ドーン内海>に流れる河の作用でできた広々とした沖積平野が広がる。北は山で、その向こうに<ナカス>がある。

 この山があるからこそ<ナカス>から使者がやって来るには困難で、山を下り終えるとこの<ヒミカの砦>が障壁となっている。このダンジョンは、<パンナイル>にとっても砦なのである。


 だからこそ、この<ヒミカの砦>を、<ナインテイル>の地を完全なる<ウェストランデ>勢力下に据えるための要衝にしようと考えた男がいる。



 <神聖皇国ウェストランデ>の貴族院にあって<貴族商人の長>と呼ばれるマルヴェス卿、その人である。彼が海運に大きな力を持っているのは有名なところである。

 <大災害>後の秋、<天秤祭>に湧き上がる<アキバ>に現れ<オーバーフロー作戦>を行った、と言えば、<ウエストランデ>に住む<大地人>でなくても「ああ、あの人か」と顔を思い浮かべる方も少なくはあるまい。



 海運方面に明るいマルヴェス卿が、そして<アキバ>をターゲットにおいていた彼が、なぜ、このような南の内陸の地に目をつけたかというと、平たく言えば<オーバーフロー作戦>は失敗に終わったからである。


 期待された<イースタル>への初侵攻、しかも自分の得意とする海運を使った商取引による詭計での失敗だった。失地回復に躍起になるのも当然だが、まさしく江戸の恨みを長崎で晴らすようなものだ。<アキバ>の恨みを<パンナイル>に晴らしに来ているのだから、狙われる方にとってはたまったものではない。


 今回の<ヒミカの砦>攻略に見せかけた<パンナイル>襲撃作戦には、<アキバオーバーフロー作戦>に関わったメンバーも来ている。<守護戦士>英次郎、<武士>ダイモンジ、<吟遊詩人>あるみーたち用心棒はマルヴェスを守るように立っている。


「ち」

 長身のマルヴェスよりふた回りも大柄な猫人族である英次郎は腕組みして舌打ちした。

 それに呼応するようにダイモンジが愚痴る。

「ナインテイルの<冒険者>は雑魚ばっかりかよ」


「本当にあっさり片付けるほど強者が来ても困りますがね。フェッ!」

 甲高い声で笑いを漏らすマルヴェス。小高い丘に陣取って、<ナインテイル>各地から集めた中級<冒険者>が各所で奮戦する様子を見ながらほくそ笑んでいる。

「どうにかしないといつまでも<神代猫>は現れないかもね」

 あるみーも焦れったそうに言う。


 <神代猫>は、<リーフトゥルク家>に関係の深いエネミーである。<神代猫>の逸話を語るには<リーフトゥルク家>の歴史を紐解かなければならない。


 <リーフトゥルク家>領主は一代で<パンナイル>を豊かにした傑人であるが、<パンナイル>の地は現領主の先祖が元々領有していたという歴史がある。

 そもそもこの地は様々な領主が統治している。

 ざっと記録に残っているだけでも<ファイブメロンホース家>、<ビグインサイ家>、<スモルダブル家>、<クマシロ家>、<ドラゴンメーカー家>、そして<リーフトゥルク家>と名前を上げることができる。



 <神代猫>とゆかりが深いのは<クマシロ>、<ドラゴンメーカー>、<リーフトゥルク>の三家である。


 <クマシロ家>と主従関係にあった<ドラゴンメーカー家>は、その勢力をいつの間にか逆転させ、ついには領主の座すら乗っ取ってしまった。<クマシロ家>元領主は錯乱して自殺したとも謀殺されたとも伝えられるが、この時、次期当主になるべき人物はまだ生まれたばかりであったのだ。


 これに代わり<パンナイル>を治めたのが<ドラゴンメーカー家>の腕利きの人物であった。彼は魔法のわざにすぐれ剣の腕も立つ、いわば<冒険者>のような存在であった。ただし高齢であったのでしばらくしてその息子が跡を継いだ。


 その後<パンナイル>の地に怪異の噂があふれたのは、次期当主になるはずであった若い<クマシロ家>の少年を<ドラゴンメーカー家>二代目領主が無礼があったとして切り捨ててしまってからである。


 夜になると背中に<神代>と書いた旗を掲げる亡霊猫人族がさまようという噂が立った。


 <神代>は<クマシロ家>一族が掲げる旗印である。神代の文明をあがめる<クマシロ家>を、剣と魔法を重視する<ドラゴンメーカー家>が滅ぼすという構図を批判した噂だったのかもしれないが、<ドラゴンメーカー家>にしてみればこれは面白くない。


 噂を根絶やしにしようと奔走したのが<ドラゴンメーカー家>の家臣であった<リーフトゥルク家>の若武者猫人族であった。この人物こそが<パンナイル>現領主の先祖にあたる人物である。


 どうやって噂を根絶やしにしたのかは不明である。これにはよほど後ろめたいものがあるのかもしれない。<リーフトゥルク家>が話したがらない歴史の一つである。


 最終的には<クマシロ家>一族をこの<ヒミカの砦>の超古代祭祀施設に祀ることでこの亡霊猫人騒動の沈静化を図った。強大な敵勢力を丁重に北東の地に祀ることはこのヤマトでは一般的な呪術である。そうすることで逆にその地の守護に変えるのである。

 ただし、それからというもの<ヒミカの砦>は「<神代猫>の声が聞こえる」地として噂されるようになってしまった。しかし、これらは<リーフトゥルク家>に悪意をなすものではなく街道の守護としての機能を大いに果たしているのである。

 <ナカス>側から山を越えてやってきた盗賊団を<神代猫>が討ち滅ぼしたという伝説さえある。



 マルヴェスたちはこの<神代猫>を呼び起こそうとしている。このダンジョンは<二十四人戦(フルレイド)>制限で、四つのチームが転戦している。

 一つは<Plant hwyaden>の若手組、元<PINK SCANDAL>のイングリッドのいるチームである。あと二つは<パンナイル>や<アキヅキ>などから徴発した<冒険者>混成チームだ。このチームが必死になって様々な敵を倒しきったら<神代猫>が現れる仕組みなのであろう。


 不気味なのは、マルヴェス、そしてその用心棒三人組と丘の下にいる二人の妖術師だ。

 六人はこの<神代猫>を使って何かを起こそうとしている。



 これから起きることを説明するためには、もうひとつ<リーフトゥルク家>の語りたがらない歴史を語っておく必要があるだろう。



 <クマシロ家>一族亡き後、<ドラゴンメイカー家>の治めた<パンナイル>であったが、<リーフトゥルク家>もまた同じようにして代替わりを果たしたのである。そこにはやましいことはなかったに違いないが、まわりはそうは思わなかったようだ。


 <リーフトゥルク家>一族は、<パンナイル>北東の地の地下に寺を建立し手厚く祀った。しかしなぜかそのダンジョンには「龍」の旗を立てた亡霊猫人が出るのだという。<ドラゴンメイカー家>一族は猫人族ではないのに、である。


 この噂のためか不幸が続き、<リーフトゥルク家>は半ば<パンナイル>の領有権を放棄していた。


 そこに行商人として富を得た現当主が<パンナイル>を商業都市として再興させた。交易を奨励し、文化・芸術を支援し、工業を発展させ、農業のために水路を整備して、支配領域を広げ現在の<パンナイル>を作り上げたのである。



 マルヴェスたちの望みはこの街の破壊である。物理的な破壊はもちろんであるが、一番の狙いは<リーフトゥルク家>の信頼の破壊である。先程の<神代猫>の話と<ドラゴンメイカー寺の猫>の話を詳しく知っているものは少ない。だが、知らないながらもぼんやりとは人口に膾炙している。ここにマルヴェスの大きな狙いがある。


 そこに加えて、<不死者の騒乱>事変もこの朝起きたと耳に届いている。<ドラゴンメイカー寺>を破壊しに行った者の報告である。これはマルヴェスにとってまたとないチャンスである。


「マルヴェス卿。<神代猫>、出現したようですぜ」

 用心棒のダイモンジが渋い声でマルヴェスに報告した。


「ヒョヒョヒョ! 待ちに待ちましたよ! <リーフトゥルク家>には没落していただきましょう! 復讐の<化け猫騒動>でね!」



■◇■



「驚いたな、ディルくん! <騎士の巡歴(ナイト・ツアー)>の終局点を変えられるなんて」

 ツルバラはディルウィードの肩を叩いた。


「<魔力流予測(プリダクション)>をブレンドして、<ブリンク>のパターンを変えるんだ。そうするとラストショットが魔法陣中央じゃなくても大丈夫になった。工夫次第でアレンジが効くみたいだ。でもMP切れ。またちょっと休ませてもらおう」

 <機工師の卵たち>はハイタッチを互いに交わしあった。



 ディルウィードたちは<ルークィンジェ・ドロップス>採掘に全力を注ぐことができるようになっていた。<不死者>たちの数が減ったので、街道側に回っていた見廻組が討伐に駆けつけたからである。

 残る<不死者>は半分、掘るべき<ルークィンジェ・ドロップス>はあと二つだ。


 休憩しながらディルウィードはハギに念話をしたが、連絡がつかない。

 戦闘中だろう、と判断したのでディルウィードはしばらく待つことにしていたが、そのときハギはイングリッドの叫び声を聞いていた。



(ハギさん! お願い、助けて! えらかこつなっとぅとよ! ましゃかこんなこつやるなんか思うとらんかったちゃん! お願い、お願い助けて!)

「落ち着いてイングリッドさん。何があったんです?」


 イングリッドのパニックの背後であがる叫び声や魔法の爆発音をハギの耳は捉えていた。イングリッドは何回か深呼吸をしたようだ。


(ハギさん。私、<ヒミカの砦>に来てるの。こないだお誘いしたように、ここの攻略が目的だと思ってたんだけど、そうじゃなかった。そうじゃなかったとよ! <ウェストランデ>貴族院マルヴェス卿の本当の目的は<パンナイル>なんよ!)


 イングリッドが興奮しがちなので、ハギはできるだけ冷静に答えようとした。だが焦りに駆られて早口で尋ねる。

「マルヴェス卿? そこからどうやって<パンナイル>を攻め落とす気なんです?」


(まず側近の<妖術師>が、ここの柵を破壊したの。そしてもうひとりの<妖術師>が魔法でここの大ボスを外に押し流したの。そのまま側近の<武士>と<守護戦士>でカイティングしてダンジョンの外へ連れ出してるの)

「MPK……、モンスタープレイヤーキルが目的なのか!」


(暗殺目的じゃなかかも。たとえ誰かを殺さなくてもこの地を蹂躙すればいいらしいの。<二十四人戦(フルレイド)級>の巨大な黒猫よ。そのうち六人が<神代猫>の味方についてるのだから、私たちには足止めも難しいわ)

「なんだってそんなことを」


(どこかの寺院を壊したと言っていたわ。そこにはきっと<リーフトゥルク家>の犯行と見せる何かが置いてあるはず。つまり、<リーフトゥルク家>の誰かが怨念を解き放ったがために<神代猫>が暴れだしたって言いたいのよ。信頼失墜が目的なの。そのためにこっちの討伐隊に<パンナイル>の<冒険者>を加えていたのね。こっちが討ち漏らしたせいで街が護れなかったら、それを理由に所領を没収する気よ。もっと言えば、行き場を失った<パンナイル>の冒険者を、<Plant hwyaden>にスカウトする気よ! えげつなかね)


「<パンナイル>の方も、そっちはそっちで大変だって時に!」


(お願い、この危機を今救えるのは、あなたたちしかおらんのよ!)

 ハギはシモクレンに判断を仰ぐ。

「レンさん! 聞こえていましたか!! ボクらを二隊に分けてもらえませんか。ボクを<ヒミカの砦>に行かせてください」


 シモクレンは考えた。

 そして即時に判断を下した。

「あかんよ、ハギさん。バラバラじゃダメやで。<不死者たちの騒乱(ディルくんの方)>は信じますよって、そっちはディルくんに気張っといてもらわなあきません。<ヒミカ>の方も耐えとってもらわな。ウチらが分散して着いた頃にはどちらにしても手遅れになる。せやからウチらは最速で中間地点へ行くで」

 

「中間地点か。なるほど、じゃあ精一杯足止めをしてもらわないといけませんね。ナイスアイディアです」


「にゃあちゃんやったらこう言うはずやで。『どっちもなんて欲張れるとは思ってないよ。おいらたちにできることは手に届くものを全力で守ること、それだけだ』ってね」


 それを聞いていたサクラリアが笑った。

「さっすが、れんちゃん。にゃあ様のことよくわかってるね。焼きもち混じりに歌うよ! <ルーターズソング>!」

 サクラリアが歌い始めるとオレンジ色の流体が一行を包み、少し足が軽くなったように感じて速度が上がる。ユイが歓声を上げる。

「さっすが姉ちゃん。いい声してるぜ!」

「オレ様も歌いたくなっちまった」

「腐れバジルは踊ってないで全力疾走するにゃ! 山丹、先に進むにゃ!」

 バジルとイクスがいつも通りにやりあっている。この二人は相変わらずだ。一番身が軽いわりに、全力を出す気持ちにムラがあるあざみはぽーんぽーんと空を駆けるようなロングストライドでついて行きながらやる気なく叫ぶ。

「イクスあたしも山丹に乗っけてってぇぇぇええ」

 そのあざみにおんぶされているヤクモは、きゃっきゃと声を上げて笑っていた。ハトジュウも必死に飛んでいる。


 【工房ハナノナ】は川沿いの道をひたすら全力疾走している。両者が出会うまでにきっとあと一時間も必要ないだろう。

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