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守護獣シリーズ

1つの祈り

作者: 夜凪

初投稿につき、不備は生温かくスルー下さるとありがたいです。

ぽつりぽつりと、僕の上に温かい雨が降る。


その雨に励まされるように、僕はどうにか重たい目をこじ開けた。


どうか泣かないで。


降り注ぐのは、君の涙。


細い両腕にしっかりと僕を抱きしめて、君が何度も僕の名前を呼んでる。

他の言葉を忘れてしまったかのように、何度も何度も繰り返し。

返事を返してあげたいのに、声が出ない。

その涙を拭いてあげたいのに、指の先すら動いてくれない。

背中の傷から、温かい何かが溢れて行って、僕の体から力を奪っていく。


あぁ、僕は死ぬんだ。

唐突に理解した。


君に向かって振り下ろされた剣の前に飛び出した事に後悔はこれっぽっちも無いけど。

本当は泣き虫のくせに、強がりで人に弱さを見せられ無い君を、1人にしてしまう事が悔しい。


僕が居なくなったら、誰が、優しい君を分かってあげられるんだろう。

誰が、意地っ張りの君を抱きしめてあげられるんだ。


小さな頃から一緒にいて、これからも、ずっと一緒に居るはずだったのに。

恋に狂った愚かな男達のせいで、全てが台無しだ。


あんな小娘の嘘に踊らされて、何の罪もない君を貶めようとした。

あげく、認め無い君を激情に任せて殺めようとするなんて、愚かにも程がある。

まぁ、僕の血を見たせいで頭が冷えたのか、呆然としているへたれ具合のおかげで、君に再び剣が向けられる事が無かったのは幸いだけど…。


あぁ、騒がしくなってきた。

ようやく、君を助けてくれる味方が来たみたいだ。良かった。

時間稼ぎくらいには、なれたみたいだ。

本当に、良かった。


だんだんと霞んでくる視界の中、ぽろぽろと涙を流す君をじっと見つめる。

どうか、泣かないで。

君を守るために僕はいるんだ。

小さい頃から弱虫で、君の背中にいつも守られてきた。

そんな奴を側に置いても意味ないと嗤う周囲に、そんな事ないと言い返してくれた。

僕は、優しすぎるんだと。

他者の痛みを理解しているからやり返せない。傷つけるくらいなら我慢してしまう僕は、けして弱虫なんかじゃない、と。


嬉しくて嬉しくて。

出来損ないだと言われ続けていた僕は、君のために強くなりたいと願った。


あぁ、やっぱり悔しいなぁ。

僕がもっと強ければ、こんな守り方じゃ無かったはずなのに。

君を泣かせる事も無かったのに。


どうか神様。

今まで、祈った事なんかないけど。

どうか神様。

本当にどこかにいるのなら、僕の最初で最後のお願いを聞いてください。

どうか君にたくさんの幸福を……






「…レイン?レイン!!」


私を取り囲み断罪しようとする彼らを、どこかぼんやりとした気持ちで見つめていた。

身に覚えの無い少女に対する悪質な行いを一つ一つ挙げられ、謝罪を求められても、どうすればいいのやら。

黙り込んでしまった私に、どんどん周囲がヒートアップしていく。

ふてくされてると思われてるのかなぁ。

つくづく、このキツめの顔が嫌になる。


(そういえば、この子、ほんわか癒し系だ。

良いなぁ〜。)

男の子達に守られるように中心にいる少女を眺めれば、睨んだとでも思われたのか怯えた表情で近くの男の子の背中に隠れられた。

おかげで、さらに男の子達が色めき立つ。


だから、この子をいじめた事なんて無いし、だいたい、私、放課後は忙しくてさっさと帰ってたし…って、はい。そうですね〜。帰ってたの証明する人なんて居ないですね。帰ったふりして、いろいろ暗躍してたんだろうって、そんな言われても…


平行線な会話にうんざりしてきたんだけど、帰っちゃダメかな…。

そもそも原因が…。

は?婚約者を取られそうになった?

いや、それ、親達が勝手に決めたものだし、私、貴方とほとんどかかわった事も無いから、実にどうでも良いし…。

……って、話し聞いてよ。

これだからイケメンって。

女がみんな自分に惚れてると思うなっての。


って、言葉をオブラートに包んで訴えたら、どこかが逆鱗に触れたらしい。

剣を向けられました。

とっさに反応なんて出来ません。

相手は一応騎士科のトップだし、私はしがない貴族令嬢。護身術くらいは習ってるけど、その位で対応できる速さじゃ……


走馬灯って本当なんだ。

なぜかゆっくり感じる時間の中でそんな事を考えていた私の視界に黒い影。


「きゃぁぁ〜〜!!」


誰かの悲鳴にわれにかえったときには、私は何かにに押しつぶされていた。

視界に広がる優しい黒。

とっさに手で押し返すとふんわりとした柔らかな毛の感触。


「レイン?」

獣舎に預けていたはずの私の守護獣。大型犬程の体は今、グッタリと私に覆いかぶさっている。

状況が理解出来なくて、混乱した頭で無意識に抱き寄せれば滑らかな背骨のあたりでヌルリと滑る感触。

手が、赤く染まる。


コレは、ナニ?


唐突に理解した。

獣舎に預けていたこの子は、どうしてか私の危機を感じとり、私を守るために飛び込んできたのだ、と。

そして、斬られた。


「イヤよ!レイン!!なんで!!」

抱きしめて、名前を呼ぶと、閉じられていた瞳がゆっくりと開いた。

私を見つめる銀の瞳に背筋が凍る。

その目には、死の影がみえた。

このままじゃ。レインは死んでしまう。


生まれた時から、他の子よりも体が小さくて兄弟達にいじめられていたレインは、だけど、とても賢い子だった。

遠慮ばかりしているから、餌を食べそびれる事も多くて、このままじゃダメだと、「まだお前が持つには早い」と渋る父様に頼みこんで私の守護獣として手元に置いた。

名を与え、いつも一緒にいるうちに、いつの間にかレインは家族よりも近しいものになっていた。


気が強くて負けず嫌いな私は人前で泣く事が出来ず、いつも一人で隠れて泣いていた。

そんな時、レインはいつの間にか側にいて寄り添い、気持ちが落ち着くまで側にいてくれた。


言葉は無くともそれだけで充分。

側にいるだけで安らげる、そんな存在。

それが、私の手の中で消えようとしている。


周囲が騒がしく、何か言っているようだけど理解は出来ない。

ただ、腕の中の存在が消えようとしている事だけに意識が持っていかれる。


ただ名前を呼ぶ事しか出来ない私を、レインはぼぅっとした瞳でじっと見つめる。

前足がピクリと微かに動き閉じられていた口がゆっくり動く。


ペロリ、と。

いつものように私の頬を伝う涙を舐めとるとレインは、力尽きたようにその瞳を閉じた。


黒い絶望が私をつつむ。

「いやぁぁ〜〜!!」

まだ、温かな体を抱きしめて私は叫んだ。

今、まさに体から抜け出ようとしている魂を留めるように。


こんなのって無いわ。

私もレインも何もしてない。

悪い事なんて何もしてないのに。

家族は皆忙しく、召使いたちは義務的に接してくるだけだった。

ひとりぼっちだった私の側にいてくれた唯一の存在。


神様。

私はあなたに真面目に祈った事などありませんでした。

でも、これからは絶対の信仰を捧げます。

どうか神様。

最初で最後のお願いを聞いてください。

私から幸せを奪わないで。




2つの祈りが重なった時、その場所にひかりが満ち……そして、奇跡はおきた。







「のは、良いんですが、なんで僕は人化したんしょう?」

首をかしげる黒髪に銀の瞳の青年に少女は微笑んだ。

「分からないけど、どうでもいいわ。だって、レインがここに居てくれるんですもの」

心の底から嬉しそうに笑う少女に、レインと呼ばれた青年も微笑んだ。

「そうですね。これからも変わらず側にいれるなら、後は些細な問題でしょう」


冤罪の果てに殺されかけ、挙句に守護獣としての体は改変され人となってしまい、問題はかなり山積みだが、それでも2人は微笑みあった。

なぜなら。

「ずっと一緒ね?」

「ええ。ずっと一緒です」



祈りはただひとつだけだから。


ありがとうございました。

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