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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
78/227

激闘のあと

「二回戦敗退なんてざまないわね」

「うっせー」

 穏やかな秋の空気は暑すぎず寒すぎもせず、多くの人間に快適な生活をもたらしている。そのせいか、夕暮れにもかかわらず自然と街も賑わう。繁華街は多くの若者の活気で溢れかえっていた。

 その一画に位置するとある小さな喫茶店には、三人の女子高生の姿があった。しかし、四人がけテーブルの残り一席に乱雑に置かれた鞄と辛気溢れる表情は、その華やかな周りの雰囲気にどうにもマッチしない。本来なら我々女子高生にはこの賑やかな場を彩る役割が求められるのでは、と捺は内心ため息をついた。

 捺の対面に座す、三人のうち唯一異なる制服を着た一人が、オレンジジュースの中で溶けかけた氷を気だるそうにストローでかき混ぜる。

「こちとらせっかくアンタたちを倒すために新球まで編み出したってのに、披露する機会をなくしちゃったじゃない」

 呆れたようなため息をつくのは、強豪・天神商業のエースナンバーでありながら重量打線の中核をも務める悠莉だった。つんけんした言葉だが、その裏に本心からの残念さが滲んでいるのを捺は感じ取ることができた。

「そうかい。それならそいつはどっか適当な相手に使ってくれ……」

「ちょっと。それはひどい言い草なんじゃないの? せっかくちょっとした『お疲れ様会』を提案してやってんのに」

「ウソつけ。最初『残念でした会』とか悪意丸出しなこと言ってたじゃん。こちとらいったん学校まで戻ってからここまで出てきてんだよ。いい加減疲れたっつーの」

 頬杖をついて捺の隣に座っている直子は、返事をするのがいよいよ面倒といった様子で明後日の方向を向き始めた。

 試合後のミーティングが終わって学校へと引き揚げる間際、捺と直子の二人は待ち伏せしていた悠莉にこの集会を持ち掛けられた。しかし道具の片付けを他のメンバーに任せっきりにするわけにはいかなかったため、一度学校まで戻り、また繁華街へと繰り出してきたのだ。

 最初は乗り気だった直子だが、やはり激闘のダメージは簡単には抜けないらしい。珍しく、心の底から疲れきった表情をしている。

「まあ、観戦してくれたことには礼を言うわ……それで、そっちは勝ち上がれそうなの?」

 泥沼化しそうなやり取りをよそに、捺は努めて冷静に対面の相手に尋ねた。

 不意に、悠莉の雰囲気が今にも飛びつきそうなほど剣呑なものに変わった。

「あたしたちを舐めないで欲しいわね。例えどんなブロックだろうと敵はいないわよ」

「……そう」

 驚くほどの殺気を受け、捺は内心で安心した。強気な発言を裏付けるのは、強豪校を支えているという強烈な自我と自負。この様子なら、足元を掬われることはないだろう。

「頑張ってね。次に会うのは春か、はたまた夏か……」

「……言われなくてもやってやるわよ。このチームは、あたしがしっかり投げれば負けないんだから」

 当然、と言わんばかりに悠莉は鼻を鳴らした。一瞬の間を置いて、悠莉はまたため息混じりの声を発する。

「それにしても今回は不運だったわね、まさか柳川女子と同ブロックだなんて。あそこならまあ、負けちゃうのもしょうがないと思うわ。あの怪物を攻略できるのはウチ以外にないもの……と、いうよりウチならラクショーなんだけど」

「いやいや、つい前に強敵って言ってなかったか……」

 悠莉の饒舌ぶりに直子は呆れたような顔をする。そのやり取りを横で見ながら、捺の頭にはふとあの怪物の姿がよぎっていた。

 何人をも寄せ付けない圧倒的な投球。間違いなく最高レベルの投手だった柳川女子エース、鍛治舎玲央。

 彼女は試合終了後、ベンチで肩を押さえてうずくまっていた。捺は片付けをしながらその様子をうかがっていた。確かなのは、それは明らかに異常な光景だったこと。ベンチ全体が騒然としていた異質な状況。

「大丈夫かしらね。あの人」

 不意に捺の口をついた言葉は、テーブルに沈黙をもたらした。ただごとではない状況であるということは、恐らくこの場の誰もが理解していた。



 気分が悪くなるほどの白。

 医者の目は、病室が白いのは当然だと言っているように見える。驚くほど冷たい目。その目はわたしの横で俯いたままの姉さんをチラと見る。この光景だけで、わたしは今地獄にでもいるみたいだった。

「先生……嘘でしょ……嘘、なんですよね……?」

 医者は首を縦に振らない。少しの沈黙の後、いかにも重たそうな声で呟いた。

「残念ですが、もう……」

 その声は作り物だと簡単に分かる。だってマスクからのぞく目が冷静そのものなんだから。なんでもっと必死にならない。姉さんがこんなにも辛い思いをしているのに。もしかして人間じゃないのか、こいつは。最新型のマシンか何かか。

「……もう、玲央さんの肩は、ボールを投げられません」

 なんだって。

 今、なんて言ったんだ。この医者は。

 姉さん、もう行きましょう。さっさとこんな気持ちの悪い部屋なんか出て、次の試合に向けた調整を急ぎましょう。姉さんの力を県に、そして全国にまた見せつけるんです。

 でも今、この医者は言った。その肩は、もう機能しないと。

 ーーそれは、姉さんとともに戦うことが、もうかなわない、ということ?

「あ……」

 不意に、誰かの声が聞こえる。くぐもった呻きみたいな声。

「ああ……あああああああああああああ

ああああ‼‼」

 それは直後、悲鳴のような慟哭に変わった。部屋中に響き渡るそれは驚いたことに、わたしの喉が発したものだった。

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