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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
68/227

香椎東対柳川女子⑨

 ――浅はか。


 二塁ベース上、妖しい光を放つ瞳があった。


 ――その思考、わたしには手に取るように感じ取れた。この試合、もう配球読みに苦労することは無い。あなたはどうにかこちらの裏をかこうとしたのだろうけれど、ダメ。それでは、わたしに辿り着くのは無理。


 剣呑な雰囲気を漂わせるその眼差しはしかし、キャッチャーの豊ではなくピッチャーの梓へと向けられている。


 ――でも、問題はこのピッチャー。わたしが打てたのはあくまで配球を読めたからで、このピッチャーを見抜いたわけじゃない……アウトは残りふたつ。それまでに、見抜いて送る。わたしが姉さんへ直接。


 蘭奈はじっくりと梓を観察する。ねぶるようなその眼光は、マウンド上の梓をがんじがらめに縛る。本人が気付かないまま、着実に情報が吸いとられていく。


「ツーアウト、っす!」

 まるで単純作業のように二つのアウトは積み上げられた。

 香椎東バッテリーは、得点圏にランナーを背負ってからギアを上げた。梓の丁寧な投球に呼応するように、細心の注意を行き渡らせた配球を見せる豊。

 塁上からその様子を観察していた蘭奈は素直に感嘆した。クリーンアップが進塁打すら打てなかったことに悔しさを感じながらも、その冷静さと胆力には目を見張った。見事だ――純粋に、そんな感想が出た。

 気付けば、クリーンアップの後を打つ玲央さえもたちどころに追い込まれてしまっている。香椎東の面々が活気づいているのが分かる。最後のアウトを今か今かと待ちわびている。


 ーーでも、ダメ。


 瞬間、蘭奈の両眼が再び妖しく光った。

 ただ一人。この収容一万は下らないであろう、福岡でも随一の規模を誇る球場に詰め掛けた大観衆。その中でただ一人だけが蘭奈の変調に気付いた。

 蘭奈は何気ない仕草で帽子の鍔を触った。持ち上げた腕に隠れて見えない視線を、その選ばれた人間はしっかりと感じ取った。

 その正体は、今正に打席に立っている玲央。蘭奈からのサインを受け取った彼女は、バットを握る手に力を込めた。

 バッティングにおける彼女の最大の持ち味は、リーチを存分に活かした長打力。そのリーチの長さ故に内角球に対してはどうしても窮屈になるが、その一方で真ん中からやや外寄りのコースを得意としている。

 そこに、蘭奈からのサインが与えられた。蘭奈の最大の特徴は、その洞察力。『見破る』力に長けている蘭奈は、この僅かな時間で梓の癖までをも読み取ってしまったのだ。

 そこから、蘭奈は梓の次球がストレートだと判断した。その結果を、二人にしか分からない秘密のサインで玲央へと送る。

 刹那の間から、玲央を仕留めんと最後のボールが投じられた。

(……ご丁寧にも外寄りとはな!)

 あろうことか、梓の投じたストレートは玲央の得意とするコースへ吸い込まれていく。逃さないーー玲央はここぞとばかりに思い切り踏み込んだ。

「なっーー⁉」

 しかし、そのスイングの結果は二人の予期しないものだった。

 直球かと思われたボールは鋭く曲がり落ち、玲央のバットに空を切らせた。

 空振り三振。柳川女子はノーアウトで作った得点機を活かせず、三つのアウトを献上した。

(なんで、おかしい、有り得ないーー)

 蘭奈は言葉を失い塁上で立ち尽くす。

 四回表も一対〇のまま。膠着状態で試合は進んでいく。

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