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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
67/227

香椎東対柳川女子⑧

 鬼神の如きピッチング。

 捺に続き華凛までをも圧倒した玲央は正にエンジン全開。香椎東はなす術なく打者一巡目、三回までをパーフェクトに抑えられた。

 対する梓。玲央の威圧的な投球とは対照的に、職人の如く丁寧なピッチングを見せる。コントロール重視の投球で柳川女子打線に付け入る隙を与えず、初回に浴びた一本以降はノーヒットに抑えた。

 試合は硬直状態のまま、四回表。柳川女子唯一のヒットを記録している蘭奈の第二打席を迎えた。


「とりあえず。一打席目があんな感じだったんで、今回はボールから入って外を見せ球に内角で勝負してみようと思うっす。いいっすか?」

 投球練習終了後の僅かな時間を利用した、バッテリーだけの密会。

 初球からヒッティングされた前回の反省を活かした作戦を豊は打ち明けた。しかし、梓からのリアクションは無い。豊は沈黙を肯定と取った。

「んじゃ、それで決定っすね。よろしくお願いしますよ」

 それだけ言い残し豊はマウンドを去る。

「……待って」

 油断すると聞き逃してしまいそうなか細い声。豊がハッと振り返ると、梓は思考の読めない表情で一言だけ告げた。

「内角は、危ないかも知れない」

 その言葉は豊にとって想定外だった。意見があること自体もそうだが、まさか注意喚起とは――しかし、それだけにその言葉は不気味な説得力を帯びていた。豊はしばし無言で考え込む。

「……了解っす、気をつけますよ」

 やがて豊は自分の中で考えを纏め、駆け足で持ち場へ戻る。

 かくして二人は柳川女子の打撃面における最重要人物である蘭奈と、二度目の対面を果たした。

 初球を要求する前に、豊は蘭奈の佇まいからこの打席での狙いが掴めないか観察を試みた。しかしその考えは全く読めない。

 ――こういう観察は得意なんすけど、流石に簡単には探らせてくれないっすね。さすがキャッチャー、といったところっすか……。

 あれこれ考えても仕方がない。豊は事前の打ち合わせ通り、ボール球を要求した。それもただのボール球では無い。ストライクからボールゾーンへと落ちる球。この球を以て蘭奈の反応を探る。


 ――内角は、危ないかも知れない。


 梓の言葉が脳裏をよぎる。外角低めに落としたボールに、蘭奈はピクリとも反応しない。

 豊は返球の隙に蘭奈を挙動から息遣いまで細かく観察する。しかし、それでは蘭奈の狙いを見透かすことは出来ない。

 読めない手の内。これが豊を焦りへ向かわせる。この程度の見せ球ではダメだ。もっとバッターの近くを突かないと――。

 しばしの間を置き、意を決したように豊は梓へ次の球のサインを出した。直後、マウンドで表情を変えることなど滅多に無い梓が微かに眉をひそめる。

(……確かに予定より早いけど、いかせてもらうっすよ!)

 幸い、状況はノーアウトランナー無し。この場面なら多少冒険しても大怪我は無い。そこまで考えてのサイン。

 結局、梓は首を振ることはしない。瞬時に通常時の鉄仮面に戻り、豊のミット目掛け最高のボールを投げ込んでくれた。内角低めいっぱいを突いた、ストレート。

 次の瞬間、それはある種の美しささえ伴う金属音と共に右中間へと真っ直ぐ飛んでいた。

「ライ……」

 驚愕しながらも、豊は習性に助けられ打球の処理者を決める指示を行う。それを慧に決定しようとしたギリギリの所で声を止める。直子の守備位置がライトにかなり寄っているのに気付いたからだ。

 それぞれの位置取り、守備力。これを総合すれば答えは直ぐに出た。

「センター!」

 今度こそ大声で叫ぶ。それに呼応するように直子はグングン加速した。

「うおお……りゃあああっ……!」

 走り込みながら懸命のジャンプ。しかし、打球は直子の決死の努力を嘲笑うかのようにグラブを掠め右中間に着弾した。

「中継!」

 豊はすかさず次の指示を送る。幸い直子は態勢を崩しながらも次の瞬間にはボールに追い付き、自慢の強肩で中継に入った文乃へ素早く送球した。文乃はそれを捕球し様に送球の態勢を作る。

 が、そこで手を止めた。蘭奈は既に二塁ベースを陥れていた。

 第一打席に続きヒットでの出塁。しかし今度は長打で一気に得点圏へと到達した。全力疾走したにも関わらず、蘭奈はまるで歩いて到達したかのような涼しい顔でベース上に佇む。

 豊の目は捉えていた。力みの無いしなやかなスイングが梓のストレートのキレに負けない力強さを内包して見事に打ち返した瞬間を。

 そして、二つ痛感した。一つ目は、配球に一つも二つも工夫を加えなければこの打者は抑えられないこと。

 もう一つは、捕手としての性能の差。

 豊は完全に焦らされていた。どうにか傾向を読もうとしても雲を掴むような感覚に陥る相手。そういう相手こそ丁寧な攻めが要求されるのに、読めない焦りから勝負を急いだ。相手が捕手だからと、勝手に対抗心を燃やして。

 野球っていうのは簡単じゃないっすね――豊は苦虫を噛み潰すように、またマスクを被るのだった。

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