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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
66/227

香椎東対柳川女子⑦

 二回裏。

 投球練習を終えた玲央は静かに目の前を見据える。

 視線の先には蘭奈の構えるミット。次いで感じるただならぬ気配。視線を右に移すと、気配は右打席から発せられていることが分かった。

 その正体は香椎東の四番、伊勢崎華凛。燃え盛る炎を宿した瞳と、玲央の凍てつく氷のような視線がぶつかった。会場は異様な空気に包まれる。

 華凛は打席に入る前からずっと、そしてようやくバットを構えた今も思考をフル回転させていた。

(この鍛治舎玲央というピッチャー、ストレートには相当な自信を持ってる。その威力は噂通りの本物。のんべんだらりと立っているだけではあっという間に追い込まれてしまう……)

 準備を完了させる寸前、華凛は一度打席を外し一つ二つ素振りをして間を作り直した。

(そしてフィニッシュのボール。あのボールには捺先輩でさえ対応出来なかった。あれを投げられたら打つ手が無い。だから勝負は、追い込まれる前――!)

 打席に入り直した華凛は今度こそ準備万端といった様子でゆっくりと構えに入った。今にもマウンドに飛び掛からんばかりの気迫を充満させる。対する玲央はその気配を感じ取ったか、僅かに眉をひそめる。しかしそれだけ。全く動じる素振りを見せず、第一球。

「きゃっ――!」

 華凛は反射的に飛び退いた。玲央の投じた初球は胸元を抉るボール球。ビーンボールとまではいかないものの充分に危険な球であり、また、この速さ故に打ち気を逸らす効果も抜群だった。

 間一髪でかわした華凛はゆっくり打席に戻り、一つ深呼吸をしてバットを構える。眼前にはセットポジションをとる玲央の姿。帽子の鍔に隠しながら鋭い視線を飛ばしてくる。そこから玲央は投球動作に入り、二球目を投じた。初球同様に威力充分のストレート。

 ――舐めるな。

 瞬間。美しい華凛の目が、大きく見開かれた。

 ――あれしきで踏み込めなくなる程度の覚悟で野球やってない!

 華凛は上げた左足を強く大地に踏み降ろし玲央の剛球に真っ向から対峙した。全力のスイングは、それでいて余分な力みのない流麗なスイング。

「――!」

 一瞬、玲央が驚きの表情を見せる。直後、ボールは真後ろへ飛び、バックネットへ激突し推力を失った。華凛のスイングはボールを捉え損なったものの、初回以上に威力を増した玲央のストレートに触れることに成功した。

(いける……!)

 感触は悪くない。手応えを掴んだ華凛は更なる気迫を纏い玲央を迎え撃つ。一方、玲央はあくまで淡々と次のボールを投じた。外角いっぱいの厳しいコース。

 判定はボールだった。無反応の玲央とは対照的に、華凛は一つ息を吐いた。

(今のは見えた。いける……これなら、いける――!)

 自信が確たるものに変わる一歩手前。カウントはツーボールワンストライク、所謂バッティングカウント。ここで投じられたのは、真ん中のボール。

(――甘いっ!)

 明確な捉えるイメージを持ってスイングした華凛のバットはしかし、空を切った。ストレートだと思ったボールは、その実、スライダー。真ん中からボールゾーンにまで曲がり落ちる脅威の切れ味を以て華凛のバットに空を切らせていた。追い込まれた華凛は後が無くなる。自然と顔が強張る。

 しかし、その燃える瞳は輝きを失っていなかった。

 ――捺先輩には追い込んでから使ったボールを私にはこのタイミングで使ってくれた。これは光栄なことと受け取ろう。結果追い込まれたけど、まだ終わりじゃない。どちらかに絞って待てばまだ望みはある――!

 バットを強く握り直した華凛。玲央の投球に意気消沈するチームに勢いをつける為、そしてこの試合に勝利する為、簡単には終わらないという強い決意で玲央を睨み付ける。それでもなお、玲央から動揺の色が見えることは無かった。

 第五球。

 華凛はストレートを待った。圧倒的な変化量から、スライダーをバットに当てるのは困難だと割り切った。そして今、投じられたボールは低めやや内側。

「うっ――!」

 ストレートに狙いを定めた筈の華凛はしかし、判断が出来なかった。このボールがストレートなのかスライダーなのか。一球前の残像が迷いを生じさせる。

 ――更にその刹那、信じたくない光景を華凛は目の当たりにした。

 そのボールは、ストレートともスライダーとも違う軌道を描く。どこかで目にしたような軌道。瞬間的に華凛の脳裏に浮かんだのは、天神商業エースである悠莉の得意球ツーシーム。眼前の軌道は正にツーシームのそれだった。

 しかし、理解した時にはもう遅い。華凛はスイングすら叶わず見逃し三振に倒れた。淡々とボール回しを行う守備陣を尻目に俯いてベンチに戻る。

 ――悔しい。

 しかし、華凛の心の炎は消えない。華凛はただ待つことにした。来るべき次打席、そこでのリベンジの機会を。

 ――次は、次は絶対打つ!

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