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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
63/227

香椎東対柳川女子④

直子は愕然とした。


その性分から普段はおちゃらけた態度を取ってしまいがちだが、いざ試合となれば何事も恐れず勇猛に戦う覚悟は出来ている。

そのルーツは中学時代にある。

三年間、直子は捺と共に数多の修羅場をくぐってきた。幾度となく行われた熱戦。その中で、実に様々な種類の投手と相対した。

『針の穴を通す』という表現が比喩ではない位に制球が優れた投手。

文字通り無数の変化球を操る投手。

そして途方もない快速球を投げ込んでくる投手。

いわゆる『高水準』と呼べる投手のボールをその目で見て、体感してきたという自負が直子にはあった。


しかし、今。

そんな直子の自信をこなごなに打ち砕こうとするモノがいた。直子は壊れそうになるギリギリ、際のところで辛うじて踏み止まった。

直子を襲った怪物の正体は、玲央の投じたストレート。それは未だかつて見たことの無い、体感したことの無い球だった。余りに大きい衝撃により直子の思考は停止し、やがて不気味な笑みへと変わった。

玲央のストレートに対して、直子が描いたイメージは大砲。しかし実際に大砲が砲弾を放つシーンなど見たことは一度も無い。見たことも無い物に例えることの可笑しさに思わず口元を歪めてしまったのだ。

――しかし、それも一瞬。

マウンド上の玲央を睨み付け、直子はバットを構え直した。自分でも無意識に、ひと握り短く持つ。

元来、直子はバットを短く持つということをしない。グリップエンドまで目一杯長く持ち、来たボールに対して全力で振りに行くというのが彼女のスタイルである。バットを短く持つということは彼女の中では『当てに行く』ことと同義であり、それを良しとしない信条があるのだ。

しかし、これまでの彼女の野球人生の中でどうしても分が悪い時だけ『振り遅れないように』という無意識下の意識の元、バットを短く持つことがあった。

片手で数えられるだけの回数しか行われなかったその行為が、今また無意識に実行されてしまう。それほど、直子の目に玲央は脅威として映った。

「しっ……!」

玲央の投じた二球目を、辛うじて直子はカットした。

玲央もまだ本調子では無いのか、コース自体は甘かった。それでもなおカットが精一杯。この事実に直子は身震いし、眼前の敵を再度睨み付ける。

玲央の顔には表情が無く、気合いや力感のようなものは感じられない。

しかしその佇まいから発せられるのは言い様の無い圧迫感。まるで覇気がオーラとなりその全身を纏っているように直子には感じられた。


――いやいや、イメージだってこんなのっ……!


直子はさっと首を振る。しかし玲央から発せられる無言のプレッシャーは拭えない。揺らぐ直子の戦意を刈り取らんと放たれる、勝負の三球目。

「ちっ……くしょおおおっ――!」

強大な敵に対して直子は勇敢に、真正面から立ち向かった。決死の思いで繰り出されたのは、力強くも洗練された見事なスイング。

――しかしそれは、玲央の球を捉えること叶わず虚しく空を切った。後にはただ、バッターアウトを告げる審判のコールが無慈悲に響き渡るだけ。


オール直球での三球三振。

チームの核弾頭たる直子がこれ程までに打ちのめされるという事態は、香椎東ナインにとって非常に受け入れがたい事実だった。

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