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ハードシップメークス  作者: 小走煌
7 秋の大会
59/227

とんとんとはいかない

「いやー勝った勝った!こう大勝だと気分がいいね!」

直子がカラカラと笑う。他の面々も一様にリラックスムードで語らっていた。


秋の大会初戦。香椎東は捺のスリーランを皮切りに打線が大爆発。華凛や清にも一発が飛び出し、5イニングで12点。

守っては梓が危なげなく、二塁を踏ませない投球を披露。

結果、5回終了時点で12対0というスコアのためコールドゲームが成立。文字通りの圧勝で二回戦に駒を進めることとなった。

学校に戻ってミーティングをしようという捺の提案により、ナインは試合終了後すぐに学校へと帰りついた。そして荷物を片付け、部室内でミーティングを開始した。

こんな時になんて便利な場所だ、などと思いながら慧は黙って集団の中に紛れる。初戦ということもあってか、開始して暫くは「緊張した」やら「ベンチが暑い」やら他愛ない話でミーティングの時間は埋められた。

「……さて!」

その雰囲気を一変させる捺の一声。部室には一気にピリリとした緊張感が訪れた。

「とにもかくにも、まずは初戦突破。おめでとうございます」

「他人事かよー」

捺の挨拶に直子がすかさず茶々を入れる。和やかなムードが再度訪れたが、それは一瞬だけだった。

「ところで次の相手ですが……皆さん既にご存知かも知れませんが、柳川女子です」

「柳川女子……」

部室を重苦しい空気が包む。

柳川女子。

先の大会の覇者であり、福岡No.1右腕と名高い鍛治舎玲央とその妹である蘭奈の姉妹バッテリーを擁する。その圧倒的ピッチングから、今大会においても優勝候補筆頭とするメディアがほとんどだ。

「よもや二回戦でこのような強豪とぶつかることになるとは……シード校の隣を引くとは中々のクジ運ですね、捺」

「私だって引きたくて引いたんじゃないわよー」

千春の皮肉に膨れっ面で応える。

「夏の全国大会見てたけどよ、ありゃ相当なもんだぜ。ストレート、変化球、コントロール。全てが一級品ってカンジだ」

「気を引き締めないとバットにも当たんないかもしれないっすね。特に吉田サンみたいに大振りするタイプは」

「なんだとテメエ!」

「まあまあまあ……なんにしても、今日みたいに景気よく点は入らないでしょう。狙い球を絞って捨てるところは捨てていきましょう」

一触即発の豊と清を軽く宥め、重要な伝達事項を共有する。

「……うん。それに、こちらが点を与えなければチャンスはあるはずなの」

「そう!さすが文乃!私の言いたいことを分かってくれてる!」

か細い声で発言した文乃はその直後、捺の魔の手に掴まっていた。ワシワシと頭を撫で回される。

「わ、わかった……わかったから話、続けて……」

全力で振り払われた捺は、ひとつ咳払いをしてから真面目モードへ戻る。

「幸い、相手の得点力はそこまで高くないと見ているわ。例えば天神商業なんかより打撃に関してはどうしても劣る。こっちが点をやらなければどこかで付け入る隙はあるはず……つまり、次の試合は守備が大きなポイントになります」

人差し指を立てて捺は所見を述べる。それに反論する者はいなかった。

「次の相手は紛うことなき実力者。恐ろしい程の根比べになるはずだけど……宜しく頼むわね。梓」

捺が声を掛けるのはチームのエースである梓。相変わらずのポーカーフェイスで、捺の呼び掛けに対してもひとつコクリと頷くのみであった。

しかし、その瞳の奥に平常時には無い決意の炎が宿っていることを感じ取り、捺はウンと頷く。

「オーケー。ということで、次の試合までは守備練習を重点的にやっていきたいと思います」

「異議なーし!」

捺が打ち出した方針に、ナインは元気良く返事をする。

程なくして、ミーティングは終了。皆それぞれ家路に就いた。


慧は俯き、トボトボ家路を行く。

ミーティングの要点であった『次の試合は守備が大事』の意味をひたすらに考えるが、その結果どう足掻いても『絶対にエラーしてはいけない』という答えにしか辿り着かない。何度思考を繰り返してもその回答に行き着く度に、内蔵のどこかが痛くなる。

――今日の試合はたまたまボールが来なかった。でも飛んできてたらエラーしてたかも知れない。いや、きっとやった。なにせずっと動きが固かったんだ。身体中に重しでもあったみたいに。

今日の試合を振り返り、わちゃわちゃと頭を掻いてまた俯く。

大量得点のコールド勝ちというゲームにあって、慧だけは全打席三振と全く振るわなかった。故に和やかムードのミーティングでも自然と一人浮かない顔になったわけだが、それだけがこのモヤモヤの要因では無い。

試合前に聞いた、あの言葉。


あんたは目指さないの。全国。


華凛の友人でありかつては自分も同じ学校の空気を吸っていたらしい、小柄ながらどこか勝ち気そうな少女から発せられたあの言葉がいつまでも慧の頭を巡っている。

自分がいったい何故野球をやっているのか。こんな短時間でそんな難問の答えが見つかろう筈も無い。

そして、いざ試合となればそんな思考を巡らせている余裕はどこにも無い。試合に出ること、守備に就くこと、打席に立つことで訪れるプレッシャー、逃れられない大いなる緊張をどうにかしなければならないのだ。

思考が錯乱し、何が何だか分からない状態となる。慧に出来ることはただ溜め息をつくことだけだった。

「はあ……」


「……ふう」

誰もいない部室に一人入り込む。

息遣いを整えながら手にしたバットを壁に掛け、机に置いてあるトーナメント表を開く。記載されている学校名をひとつひとつ指でなぞり、大多数が過ぎたところでようやく目当ての校名を見つける。

――ちょうど逆側。

指の先にある校名は『和白』。トーナメント表を畳み、ひとつ息を吐く。

――決勝まで行かなきゃ当たらない。

僅かな時間の隙間に訪れた静寂を、自らが立ち上がる椅子の音で掻き消した。

手から離したばかりのバットを再び手に取り、グラウンドに出る。

――それならば、決勝まで行くのみ。

暗くなるのが早くなった空に浮かぶ星を、星にも劣らぬ綺麗な目を目一杯細めて睨み付ける。

――相手がどこだろうと、倒すのみ。

伊勢崎華凛は、黙々と誰もいないグラウンドで素振りを再開した。


それぞれの思いが交錯したまま。

数日後、二回戦の開始日を迎える。

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