香椎東対古賀坦心女子①
登場人物:古賀坦心女子
坂田・セドリック・芳子
パワーピッチングが売りの帰国子女。
一球、また一球。
投じられた球を受けるミットからは、気持ちの良い乾いた音が発せられない。代わりに思わず耳を塞ぎたくなるような不快な音を鳴らし続け、それは香椎東ナインの心臓をも刺激した。
「ありゃすげえ球だな……」
「打ち崩すのは難しそうなの……」
清、文乃が口々に驚愕の意を示す。
「一言で言うと重い球、ね」
感情の読めない表情で捺がポツリ呟いた。
「糸を引くような綺麗な球筋じゃない。鋭いキレのある球とも違う。例えるなら鉛、と言った所かしらね」
三塁側ベンチに陣取る香椎東の面々は、押し黙ってマウンド上の長身を注視する。
どこか逞しさを感じさせる少女はやがて投球練習を終え、準備万端と言わんばかりに右腕をぐるぐると回転させる。
「さあ、はじめまショー!ワタシのパワーにひれ伏すのデース!」
グラウンド全体に響き渡る大声で審判よりも先に開始を宣言した。
「なんでカタコトなのかしら……」
「どうも帰国子女らしいっすよ。坂田・セドリック・芳子。アメリカ仕込みのパワーピッチングがウリ、ってことらしいっす」
「そ、そう……またアクの強いのが来たわね……」
豊の謎の情報網を怪訝に思いながらも、華凛は目の前の相手のボール以外の部分にひとり頭を抱えた。
一回戦、香椎東対古賀坦心女子。
開会式からそのまま開始された、文字通りの第一試合。
観客も徐々に増え、グラウンド上に充満する熱気と共にいよいよ試合開始の気運が高まって来た頃。
「プレイボール!」
主審の高らかな宣言を以て遂に開始となった。
「デハ!覚悟して受けなさい、ボーイ!」
「ボーイとは失礼なっ……!」
勢いに釣られて出しそうになったバットをすんでのところで止める。
打席に立つのは香椎東の一番バッター、直子。見逃した球はボールとなり、僅かに打者有利となった。
「フフン……ワタシの豪速キューを見逃すトハ……それとも、手が出ませんでしたカ!?」
勢いそのままに二球目が放たれる。
その直後。
「なッ!」
鋭い打球が芳子の足下を抜ける。
見事なセンター前。あっという間に一塁ベースへ到達した直子は悠々とオーバーランして帰塁する。
沸き立つ三塁側ベンチ。その余韻に浸ることなく、ネクストバッターズサークルに入る捺が慣れた手つきでサインを送る。
送り先は一塁ランナーの直子と、本日二番バッターを務める千春。一目には難解な長いサインを涼しい顔で全て見届け、千春は一つ頷いて見せた。
「フフン……少しはやるようですネ……シカシ!ここからが真骨頂デース!ランナーを背負ったワタシの球はさらに力強くなりマース!」
セットポジションから、大きなモーションで投球を始める。
瞬間、一塁ランナーの直子がスタートを切った。
「コシャクな……関係ないデース!」
気配に気付いた芳子は構わず千春へ剛球を投じた。セカンドが慌てて二塁へ入る。
「……ここです!」
鋭いスイングから、狙い澄ました千春の打球が一二塁間を襲う。二塁のカバーに入ったセカンドを嘲笑うように打球はその横を抜けていった。スタートを切っていた直子はぐんぐん加速し、あっさりと三塁を陥れた。
「おおおォ…………コシャクなーーッ!」
更に沸き立つ三塁側ベンチに比例するかのようにマウンド上の芳子は白熱した。
右腕を更にぐるぐると回し、鼻息荒く次打者を睨み付ける。
初回、ノーアウト一三塁。香椎東絶好の先制機に打席に立つは、主将である捺だった。
その表情からは思考が読み取れない。対する芳子は、溢れる闘志を隠そうともせず剥き出しのまま仁王立ちする。
「エンドランなどとこざがしい手を使って……許しマセーン」
手にしたロージンを叩き付け、白球を握り締める。
「ワタシのこのパワーで!!このピンチもアッサリ片付けてクレマス!!!」
決意の咆哮から、長い足をこれまで以上に高く上げ、渾身の一球を投じた。
これまで以上に重い鉛球を。
――刹那。
芳子の背中に、また、香椎東ベンチの面々にゾクリとした悪寒が走った。
捺が見せたのは、普段の、捺本来のそれとは程遠い、力感溢れるスイング。
芳子の首を、香椎東ベンチを、冷やりとした風が過ぎたのと綺麗な金属音が耳を通り抜けたのがほぼ同時で。
それから少し間を置いて、白球がライトスタンドへ着弾する音が響いた。
「ソ……ソンナばかナ……」
一呼吸遅れて会場に沸き上がる大歓声の中、芳子は茫然と着弾点を見る。
それをよそに、捺はゆっくりとベースを一周した。
芳子の虚ろな視線が、やがてライトスタンドから捺の方へ向く。歓声鳴り止まぬ中、交差する視線に捺は告げる。
「結局のところ野球って勝てばいいんだから……パワーでねじ伏せるっていうのも、勝つための一つの手段に過ぎないのよね」
「……………………ノォォォォォォォ!!!」
芳子はその後失点を重ね、秋の県大会は香椎東のコールド勝ちという形で幕を開けた。